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問題点はひとまず棚上げせよ! チームを強くする12のステップ

 フィンランド発、強いチームを作るメソッド、リチーミング。紹介してくれるのは、前回に引き続き、リチーミングコーチを養成する国内唯一の認定機関であるランスタッド株式会社EAP総研の川西由美子所長です。
 
 精神科医と社会心理学者がいわば"国策"として取り組んだプロジェクトであるリチーミングの特徴は、効果が一貫していて、誰にでも受け入れられ、結果がきちんと目に見えることです。それを実現するのが今日紹介する12のステップです。変化、改善、発展を望むあらゆるグループ、組織、チームに有効なスキルが、段階的に実践できるリチーミング。早速、具体的な方法論を教えていただきましょう。

<<問題は追及しない! 北欧発『リチーミング』に学ぶチーム強化

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■問題は何か? ではなく「どうなりたいのか?」
<リチーミングの12のステップ>
1. 理想像を描く
2. ゴールを決める(理想像に近づくために具体的なゴールを設定)
3. サポーターを得る
4. ゴール達成のメリットを探る
5. すでにできていることを見つける(ゴール達成のためにすでに努力していること)
6. 今後どんな成長が見られるかを想像する
7. 想定される困難な部分を見つけ事前に心の準備をする
8. 自信をつける
9. 第一歩としてやることを周囲に公言する
10. 成長の記録をつける
11. 想定される失敗の準備をする
12. 成功を祝いサポーターに感謝する

 リチーミングは上でご紹介した12のステップに沿って進めていきます。このステップには前回ご紹介したリチーミングの重要な要素である「問題の原因を追及するのではなく、希望や成長に焦点を当てる」解決志向のエッセンスが散りばめられています。

 解決志向の復習の意味も込めて、カウンセリングの実例をご紹介しましょう。

 1970年代のアメリカ、世界的な反戦運動を巻き起こしたベトナム戦争は終結しましたが、戦後、アメリカ社会はベトナムの後遺症に悩まされることになります。様々な影響が伝えられていますが、中でも深刻だったのが帰還兵の戦闘ストレス反応が引き金となって起きた家庭崩壊の問題です。アルコールや麻薬に依存し、暴力を振るう父親、怯えながら暮らす母と子どもたち。こうした状況に精神科医たちはカウンセリングを行ってきました。

 どうして暴力を振るうのか? なぜお酒をやめられないのか?
 
 従来の問題の原因を追及するやり方では、理由はわかっても衝動や行動を止めることはできませんでした。そこで登場したのが解決志向のカウンセリングです。
 
 問題を深追いしない解決志向では、まずアルコールと家族の問題を切り離すことからはじめます。具体的には父親、母親、そして子どもに対して別々にアプローチを行い「どうなりたいか?」という質問をしたのです。
 
 家族の共通の思いは「みんなが仲良くすること」でした。

 アルコールと麻薬に溺れている父親も実は「子どもの前で母親を殴りたくない」「アルコールや薬で子どもを苦しめたくない」と思っていました。妻に対しても「できればベトナム戦争以前の関係に戻りたい」という感情を持っていたのです。
 
 家族をチームとして捉えた場合、諸々の問題をひとまず棚上げすれば、目標は明確に一致することがわかったのです。ここから「仲良くする家族」という理想像に向けて具体的な行動が始まります。

「では、その目標に近づくためにあなたは明日から何をしますか?」

 家族全員が自分のできる範囲で目標のためになることをはじめます。挨拶をする、家族で一緒にご飯を食べる、家族間のルールを作る......。どんな小さなことでも、一緒に歩み出すことが大切です。こうして細かい努力を家族全員で続け、父親はアルコールと麻薬を克服し、家族は笑顔を取り戻しました。


■サッカーチームにも移行できるリチーミングのグループワーク

 リチーミングはこうした解決志向をチーム全員で実践していくためのプログラムです。実際のリチーミングではチームとして共通の意識を持っていくことが重要なので、先の家族の例の介入方法は個別のカウンセリングでしたが、サッカーチームの場合はグループワークが有効です。リチーミングのメソッドはサッカーのチームにもそのまま応用していただけるでしょう。

 手順としては、こうです。

 4~6人のグループを4,5チーム作り、みんなで話し合います。6人以上だと意見をまとめるのに時間がかかりすぎ、個人が責任を持ちづらい状況になります。多くても6人、少人数ずつ、コーチが目を行き届かせられるだけのグループを作りましょう。

 この少人数のグループ作りも工夫が必要です。同世代、改善させたい共通の問題を抱えているなど、共通点のあるグループを作ったり、あえて違う課題を持ったグループを作ったり。サッカーではポジション別に分けてみるのもいいかもしれませんね。コーチが決めるこのグループ分けがチームワーク作りの基礎になります。

 話し合う内容は現場で起きている問題点についてです。ここで重要なことは、共通の目標を探るためのディスカッションであることです。問題点の洗い出しが批判や非難、議論につながらないように注意してください。

 問題点から理想像を見出し、ゴールを決めていくのですが、ここでは時間を短く区切ってチームごとに発表をしてもらうようにしましょう。発表をすることでチームの競争心を引き出され、リチーミング自体にダイナミズムが生まれます。時間を短く区切るのは、チームワークがないと短い時間で意見をまとめたり、何かを生み出すことが難しいことに気づいてもらう意味もあります。

 12のステップとともに重要なのがリチーミングの際に自分の考えを書き出すワークシートの存在です。専用のシートは公開できないのですが、自分の考える課題、相手の言ったことをメモする、この二つを実践するだけで話し合いは深まります。

■直接的な問題解決では成果が出ない 解決志向が目指す本当の理想像

 ある企業の研修では、経営陣からは営業成績が上がらないという問題を提示されていたのですが、実際に現場の社員で行ったリチーミングのグループワークでは「挨拶ができない」「トイレが汚い」という課題が挙がってきました。こうした課題から「お客様をお迎えする準備ができている明るい営業所」という理想像が浮かび上がってきました。
 
 遠回りなようですが、これまで社員間の挨拶がまばらだった職場で、笑顔で挨拶する習慣が生まれ、支店長自らトイレ掃除をしてお客様を迎える準備をするようになったことで、この営業所の営業成績はいままでとは比べものにならないほど上がったそうです。

 営業成績が上がらなかったのは「景気のせい」でも「立地のせい」でも、ましてや「社員の能力のせい」でもなかったのです。リチーミングは、「できない人はいない。まだ習得しない人がいるだけ」という基本コンセプトに立って作られています。どんな環境のチームでも、諦める必要がないことがこのプログラムの強みです。
 
 子どもたちのサッカーでも現象として現れている「勝てないこと」「ゴールが決まらないこと」が問題なのではなくて、実は選手同士で話をしていない、コミュニケーションがとれていない、練習の意識がバラバラなどの行き違いが結果に表れているだけかもしれません。その結果目指すべきは勝利ではなく「みんなで話し合いながら楽しくサッカーをすること」だったということも十分に考えられるのです。
 
 リチーミングを導入したチームを見ていると「楽しく」チームのために貢献することこそが組織として結果を出す近道なのだと実感させられます。

■他人を理解する心から生まれるチームワーク

 リチーミングプログラムは理想像を描き、ゴールを決めて日々実践したあと、数ヵ月のインターバルをおいて2回目のグループワークを行います。決めたことが実践されているのか? こうした確認作業をすることで、立てた目標の妥当性、理想像の方向を自己査定できるようにプログラムは進みます。

 数ヵ月後の研修で、なかなか実践ができなかったグループがいました。そのグループの目標を見てみると、ひとつの目標の中に5つの要素が入っていました。みんなで実践する目標やルールは、できるだけすぐに浮かんでくるフレーズが有効です。グループのディスカッションに耳を傾けてみると、5つの要素というのは5人それぞれの意見でした。みんなが自分の話した要素しか覚えておらず、他の人の意見を盛り込んだ目標を言える人は皆無。Aさんは自分が出した要素に対してしか努力せず、Bさんも自分の思いだけで動く。これでは、チームの目標自体が曖昧になってしまいます。

 こうした事例は日本の企業にありがちな、他人任せ、自分勝手な文化を助長するケースでしょう。私が彼らにお勧めしたのが、チームの誰かがブツブツつぶやくことをみんなで書き取るトレーニングです。まとまっていなくてもいいので、思ったことをつぶやいてもらう。このつぶやきを全員で拾うことで、その人に興味を持ち、意見を理解しようという心が生まれてくるのです。

 最初のグループワークでも、こうした時間をとったり、あえて難しい質問を出したりして「足踏み」を意図的に作り出すことが重要です。小さい失敗や成功を繰り返して得た成果は、チームの全員の共通の体験になり、連帯感や個々の責任感を高めます。こうすることで、すべてのチーム構成員がそれぞれの役割を見つけ、当事者意識を持って取り組むようになるのです。

 子どもたちはもっと素直かもしれません。誰かが決めた目標や理想像では心を動かしませんが、自分たちで決めた目標のためなら自発的な努力を始めるのではないでしょうか。
 
 コーチはそれを見守り導いてあげるファシリテーター役です。リチーミングをうまく活用して目先の勝利や、心の動かないお題目のような目標ではなく「明日からはじめられる小さな、しかし大切な一歩」を踏み出してみませんか?

 今回はリチーミングの概要と簡単内容についてお話ししました。より具体的な方法やチームへの導入方法、リチーミング、キッズスキルなどのフィンランド式の人材育成について学びたい方は、既に発売されている書籍やセミナー、今後展開されるオンラインセミナーでお目にかかれればと思います。


川西由美子(かわにし・ゆみこ)
リチーミングコーチ、キッズスキルアンバサダー。リチーミングコーチを養成する日本で唯一のトレーニング機関であるランスタッド株式会社EAP総研の所長を務める。多くのリチーミングコーチを育成し、日本での普及に努める。自身も数多くのアスリート、企業所属のスポーツチームをサポートした経験を持つ。