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生徒全員を「下の名前」で呼ぶ声かけ――トラウムトレーニング(つくば)の場合

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「ボールを自由に操作する、身体を自由に操作する、それで相手を自由に操作できる」「相手が動いているということは、その逆を取れるということ。動きが速くなれば、急に方向を変える事は難しくなる、つまりこちらが逆を取りやすくなる」......前回の記事で紹介した、トラウムトレーニング・つくば校の練習風景での一コマだ。

 http://www.kazamayahiro8.jp/tratre/index.html

 ここでは、内藤清志(ないとう・きよし)監督の声かけの内容に焦点を当てたい。通常クラス(小学生)と中高部クラスにおいて、際立ったのは内藤監督の声かけの内容だ。
 
 「自分に期待しろ!」「繋がれー!」「自分を入れろ!」「背中を取れ! そいつの背中を取らないと、受けたらそいつを相手にするぞ!」「技術のスピードを落とすな」「頭のスピードだ」「止まって考えるな!」「水が漏れてるぞ!」「ボールが転がる間は相手も動けるんだぞ」......。
 
 新鮮なフレーズが並ぶ。そして、それらのすべては、トラウムトレーニングを受講している選手たちが毎回繰り返して教えこまれていることだ。
 
 例えば「繋がれ」は、パスコースに顔を出せということ。「自分を入れろ」は、パスを出した後もボールに関わり続けろということ。「背中を取れ」は、そのまま相手の背後を取る動き。「技術のスピード」はトラップミスやゆるいパスなど、ボールを扱う際にかかる時間に飛ぶフレーズ、などなど。選手たちは、いま自分が何のミスをしたのか、何を直せば良いのか、瞬時に理解できる仕組みになっている。
 
 ただ、もちろんそれらのフレーズが先にあるわけではない。根底に、トラウムトレーニングが突き詰めてきたシンプルな原則があるからこそ、フレーズがシンプルになっているのだ。内藤監督は、その原則をこのように表現する。

「ボールを思い通りに扱えること、それが唯一絶対の基準。例えるなら、料理を食べるときに箸を自由に使えることと一緒です。箸を自由に扱えれば、料理を自由に楽しめますよね」

 この基準は、トレーニングのすべてに貫かれている。ドリブルのドリル練習にしても、背後に相手を背負っての1対1でもそう。最初のボールタッチが成功しなければ、次のプレーすべてに影響が出る。ゆえに、内藤監督は「ボールを暴れさせたら、出したいところに出せない」「ボールに遊ばれるな、ボールを従わせろ」といった表現で、その重要性を様々な角度から指摘し続ける。
 
 また、その工夫の一つとして、内藤監督は計180人ほど在籍する生徒達の名前をすべて記憶し、生徒に対して「下の名前」で指摘している。言われた側は、個別に把握されている喜びとともに、「見られている」という緊張感を覚えるだろう。湘南ベルマーレの曹 貴裁監督は「指導者は眼が全て」と表現したが(参照)、こうした名前を呼ぶ声かけはまさに「眼」が行き届いていることを感じさせる。
 
 しかし繰り返すが、このような工夫や独特のフレーズを用いることはあくまで補助的なもの。根底に「どのようなサッカーをしたいか」「どのようなサッカーを素晴らしいと思っているか」という哲学が無ければ、こうした工夫やフレーズが実を結ぶこともまたないだろう。トラウムトレーニングの方法論はそう簡単にコピーはできないものであり、また、優れたトレーニングとはそういうものなのかもしれない。

取材協力/トラウムトレーニング
現・川崎フロンターレ監督の風間八宏氏が代表を務めるサッカースクール。同氏が提唱する世界に通じる"本物の技術"を習得することを目的とし、内藤清志総監督のもと5歳~18歳までの選手を育成している。また、トラウムとはドイツ語で"夢"を意味し、自らに期待し自分で"夢"を生み出すトレーニングのことを指している。