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ドイツは「ゲーゲンプレッシング」を捨てる? 伏兵はカメルーン? ブラジルW杯展望

 COACH UNITED編集部です。今回の記事では、まもなく開幕するブラジルワールドカップの展望をお届けいたします。書き手はお馴染み、ドイツ・FCアウゲンU-19監督の中野吉之伴さん(UEFA・A級ライセンス保持)です。中野さんが注目すべきチームとして挙げたのはドイツ、イタリア、カメルーン、そして日本という4チームでした。それでは、早速ご覧ください。

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<ドイツ>
 過去の大会実績と予選での調子を考えると、優勝候補の一角に入ってくるのがドイツでしょう。しかし、ドイツ国内では意外なほど多くの悲観的な見方がされています。
 
 特に論点となっているのが、FW登録が1人というメンバー構成。「クローゼがケガをしたらどうするんだ!」「守備を固められたらヘディングに強い選手を入れるのがセオリーだ!」と否定的な声ばかりが聞こえます。とはいえ、コーチングスタッフが無策でこうしたメンバー構成をしたわけではありません。

 ドイツ代表チーフ・スカウトで、代表監督ヨアヒム・レーブを戦術サポートしているウルス・ジーゲンターラーは「今日のCBはみな190センチから195センチの大型で、ほぼすべてのヘディングの競り合いに勝利する。真っ向から立ち向かうよりも、小さく、動きが素早いFWのほうが相手CBの仕事を難しくする」と分析。動き出しと状況判断が早い選手を組み合わせて、相手守備ブロックの綻びをつく戦法を基本路線としようとしています。

 またポゼッション率自体が重要ではなく、「持たされているだけでは意味がない。重要なのはボール・プログレッシオン(ボールの前進)、つまりボールキープからいかに素早く、目的を持ったパス交換でシュートまで持ち込むことができるかがカギだ」と説きます。

 さらに「ゲーゲンプレッシングは止めた方がいい。すでに、トップチームはハイプレッシャーの状況でも慌てずに対応することができるからだ。強豪国相手に闇雲にプレッシャーを掛け続けるべきではない。他の戦術的アイディアを思いつかないと」とも。その戦術的アイディアとは何か? これは今大会において、楽しみの一つになりそうですね。

<イタリア>
 私が初めて見たワールドカップは1994年アメリカ大会。この大会で大活躍したロベルト・バッジョとフランコ・バレージの両雄のプレーに惚れ込み、それ以来イタリア代表が大好きです。

 いつの時代も洗練された守備組織が軸。以前イタリアの指導者の方から「2対2での守備戦術には200のバリエーションがあり、それを育成層から徹底的に教え込まれる」と聞いたことがありました。数の多さそのものにではなく、ひとつの状況を設定し、そこから起こりうるバリエーションを徹底的に分析し、それを自分たちのベースにまで落とし込んでいることに彼らの哲学と美学を感じ、深く感銘をうけたものです。

 またイタリアの戦い方で特徴なのは、「必ずこれは通る」と確信したパスばかりを前線に送るのではない、という点です。ポーンと高く浮かせたボールだったり、相手CBが下がりながらヘディングクリアをしなければならない位置に蹴りこんだりと工夫をし、味方にも渡りにくいが相手選手も処理しづらいボールを蹴り込む。
 
 そうすることで相手のミスを誘発し、そこからボールを素早く展開してゴールを狙う。こうした駆け引きから一気に試合の主導権を握ろうとする狡猾さが彼らにはあります。

 今大会に臨むプランデッリ監督が率いるイタリア代表のサッカーは非常に攻撃的でもあり、ピルロを中心としたテンポの良いパスワークからバロテッリら攻撃陣がフィニッシュを狙います。イタリアらしい伝統のカテナチオと狡猾さと、今の代表が見せるパスサッカーが高次元で融合したら、タイトル獲得も可能かもしれません。

<カメルーン>
 指導者一人の力で急激に選手それぞれの力が爆発的に上がることはありません。しかし単純な個人戦力の足し算がチーム力になるわけではないサッカーというスポーツにおいて、優れた監督の与える刺激が数々の相互作用を生み出し、チーム力が予想以上に跳ね上がることはありうる話です。
 
 カメルーン代表で指揮をとるのは、日本でもお馴染みのドイツ人監督フォルカー・フィンケ。準備期間ではグループリーグと同じ間隔で親善試合を3試合組み、合宿を通してチーム作りを熟成させてきました。ドイツ代表との親善試合では組織された守備からスピードと個人技を生かしたカウンターが何度も見られ、上々の仕上がりであることを示していました。

 忘れてはならないのはやはりサムエル・エトー。前線で見せる相手守備との駆け引きは円熟の極みにあります。体を張ってキープし、味方選手の攻め上がりを引き出すだけではなく、鋭く詰め寄ろうとする相手の裏をとって単独でスペースに抜け出す動きも秀逸です。
 
 またエリア内での洞察力にも優れたものがあります。私の敬愛するデットマール・クラマーさんは優れたストライカーの条件として「自分の周りで人が動いているときはじっと息をひそめ、周りの動きが落ち着いた瞬間に動き出す感覚だ」と説明しましたが、まさにそれができる選手です。

 W杯ボーナス額をめぐりブラジル行きの飛行機への搭乗を拒否するなど相変わらずのゴタゴタぶりはありますが、熟練の大黒柱と老獪な指導者の存在がカメルーンを光り輝かせてくれるのでは?とひそかに期待しています。

<日本>
 個人的には今大会で可能な限り自分たち主導でゲームをコントロールするサッカーにチャレンジして欲しいと願っています。守りを固めて1-0で勝つサッカーではなく、また乱打戦に持ち込み4-3で勝つサッカーでもない。試合の流れを大事にしながら決定機を逃さずに1-0を2-0にして勝ち切るサッカーを目指せるだけのポテンシャルが現代表にはあると思います。
 
 守備力は、守備的な選手の個人能力とその選手が占める比率で決まるわけでもありません。その逆もまたしかり。チーム全体が迷わず、ためらわずにプレーできるまで自分たちのサッカーを信じ、理解し、トライすることで、組織としての攻撃力と守備力はいくらでも向上します。一番のお手本がなでしこジャパンでしょう。

 BDFL(ドイツプロサッカーコーチ協会)元会長ホルスト・ツィングラフは2011年女子W杯で優勝した日本女子代表を「日本は身体的な不利を素晴らしい技術、徹底された戦術、パーフェクトなタイミングでのパス交換とスペースへの動き出し、チームとしての戦い方で補い、観衆を熱狂させた。優勝するにふさわしいチームだった」と絶賛し、「最後まであきらめないことの大切さを改めて教えられた」と語っていました。
 
 実際に「最後まであきらめない」とは具体的にどういうことでしょうか。「あきらめるな!」と声をかけ続けることだけではなく、闇雲にロングボールを蹴り続けることでもありません。試合終了の笛が鳴るその瞬間まで、自分達のサッカーを信じ、それにトライし続けることです。なでしこはそれをやり遂げて、世界を驚かせました。チャレンジの先にこそ輝かしい未来が待っている。日本代表の躍進を期待しています。

 
中野吉之伴(なかの・きちのすけ)
秋田県出身。1977年7月27日生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA-Aレベル)。SCフライブルクU15チームでの研修を経て、元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU16監督、翌年にはU16/U18総監督を務める。2013/14シーズンはドイツU19・3部リーグ所属FCアウゲンでヘッドコーチ、練習全般の指揮を執る。底辺層に至るまで充実したドイツサッカー環境を、どう日本の現場に還元すべきかをテーマにしている。


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