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視覚と情報処理、プレーの実行を一度に鍛える「ライフキネティック」

2014年9月、一人のドイツ人コーチが来日した。彼の名前はクラウス・パブスト。ブンデスリーガの名門クラブ1.FCケルンでユースコーチや育成部長を務め、多くのブンデスリーガーを輩出した人物である。彼が指導した選手の一人に、ドイツ代表のルーカス・ポドルスキがいる。現在は自らのサッカースクールを立ち上げ、育成年代の指導に当っている。彼はアヤックス、バルセロナ、リバプール、マンチェスター・ユナイテッド、クレールフォンテーヌなどで学んだものをベースに、独自の指導法を確立。1996年の創設以降、ヨーロッパの舞台で活躍する多くのプロ選手を送り出してきたクラウス氏に、現在のワールドカップ王者であり、優れた選手を数多く輩出するドイツの育成、そして独自のトレーニングメソッドについて話を聞いた。(取材・文/鈴木智之)

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――クラウス氏のトレーニングメソッドの特徴的なものとして「ライフキネティック」があります。日本では馴染みのない言葉ですが、具体的にどのようなものでしょうか?

ライフキネティックはサッカーの部分的なトレーニングの一つで、日常生活にない動きを取り入れることで、脳に刺激を与える方法です。基本となるのはテクニックやコンビネーションなど、様々な動きです。例えばドリブルの練習を一定のリズムで行い、同じ動きを繰り返すことは、実際の試合とはかけ離れたシチュエーションです。試合の中で重要な「一瞬のひらめき、アイデア」を養うには適さないトレーニングなので、ライフキネティックの要素である「目で情報を取り入れて、頭で考えて身体を動かす」という一連の動きを取り入れます。マーカーの色やコーチの合図に合わせて進行方向を変えたり、コーチが「黄色」と言ったら、あえて違う色である「赤いマーカーの方へ動く」などのルールを設定し、視覚と情報処理、そしてプレーの実行を一度に鍛えるのがライフキネティックです。

――トレーニングを見せてもらいましたが、マーカーを置いたドリブルの練習であっても、コーチの合図で進行方向が変わり、足でボールをタッチする部位も変化していました。ほかにも最初は3対1のポゼッションから、時間が経つにつれて守備側の人数が増えていくなど、常に高い集中力と状況判断能力が求められる練習を行っている印象を受けました。

そのとおりです。選手たちは常に新しいことに挑戦したいもの。ライフキネティックの要素を入れることで、高いモチベーションでトレーニングに臨んでくれます。そして高い集中力の中で、楽しみながら学ぶことができる。これも大切なポイントです。

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――トレーニングの時間は、どの程度設けていますか?

私が考えるベストの練習時間は90分です。これは子供であっても、プロ選手であっても同じです。90分の練習の中で、20~30分はテクニックのトレーニング。30~40分がその週のテーマに沿った練習。残りの30分程度はゲーム、もしくはミニゲームを行います。重要なのは、練習のときから高いインテンシティでプレーし続けること。その観点からすると、2時間のトレーニングは長すぎます。例えば30秒間1対1をしたら、1分間は休む必要があります。体を休めて、次に高いインテンシティでプレーするには、それぐらいの休息が必要です。常にプレーし続ける状況をつくってしまうと、プレーに緩急がなくなり、スピードも失われます。なぜなら選手たちは疲れているからです。

――日本の高校年代のチームの中には、毎日3時間の練習をするところもあります。

それは日本に限ったことではありません。私がアメリカでコーチングセミナーをしたとき、あるコーチが「うちのチームの選手はコンディションがいいですよ。毎日、練習前に30分走らせていますから」と言ってきました。そこで私は5対2の練習をさせたのですが、30秒間激しくプレッシャーをかけるとすぐにバテてしまいました。そこで私はそのコーチに「あなたは何を鍛えているんですか?」と聞いたら、彼は「おかしいなあ...」と首をかしげていました。トレーニングをする上で大切なのは、プレーを見極め、それに即したトレーニングをすることです。サッカーの試合で30分間同じスピードで走ることがあるでしょうか? 私がFCバルセロナに視察に行ったとき、トレーニングは17時半からでした。30分前の17時にグラウンドに行くと、誰もいませんでした。17時半になると選手が集まり、ウォーミングアップをせずに一気に高いインテンシティでトレーニングが始まりました。そして、19時になるとすぐに撤収です。ただし、90分間の練習はものすごく高い強度で行われていました。それは、彼らが練習の役割である『試合のシミュレーションをする』という部分を理解しているからです。

――ジュニア年代を指導する際、日々のトレーニングは、どのようにして組み立てているのでしょうか?

私のアカデミーでは、今週はドリブル、次の週はパスなど、週ごとにテーマを1つ決めて、その練習ばかりします。一つのトレーニングに複数のテーマを入れると、選手たちは混乱してしまうからです。テーマを決めたのならば、目指すべきレベルに到達できるように繰り返し練習をします。例えばドリブルという大きなテーマがあるとして、その中にファーストタッチなど細かいテーマがあり、その現象が出るようなトレーニングをします。ウォーミングアップではボールタッチを行い、常に最後はゲームもしくはミニゲームで締めくくります。なぜなら選手たちは常にゲームをしたいと思っているからです。ミニゲームは1対1~4対4までで、サッカーを学ぶのに適しています。私はお父さんコーチに「どのような練習をすればいいでしょうか?」と聞かれると、「ミニゲームをしてください」と答えています。

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――実力のある選手が同年代の選手の中でミニゲームをすると、力の差があり、伸びないことはありませんか?

その場合、異なる年齢層の選手同士でプレーするのも一つの解決策になるでしょう。10歳の少年と12歳の少年が同じピッチでプレーすることは、ストリートサッカーの環境に近いかもしれません。年下の選手は年上の身体の大きな相手にどうすれば勝てるのかを考え、年上の選手は、チームメイトの小さな少年がどうすればうまくプレーできるかを考えます。その環境のなかで、ドリブルばかりではなくパスの必要性を身につけます。年下の選手はミスができない状況下で、プレーの準備や決断を学ぶでしょう。身体の小さい少年は、頭を使ってプレーしなければなりません。年長の選手は年少の選手に対する配慮も身につきます。力強くプレーをすると、相手を怪我させてしまうおそれがあるからです。その際、どうやって身を守ればいいかを学ぶことで、精神的にも成長していきます。

――今回で4回目の来日になりますが、日本の子供たちの印象はいかがでしょうか?

2008年の初来日以降、小学1年生から中学3年生まで、多くの日本の子供たちとトレーニングを行ってきました。ドイツではサッカー選手を評価する際に、4つの指標があります。それが技術、戦術、体力、メンタルです。日本の少年たちは、技術的にはとても高いものがあります。体力的にも優れていて、スピードがあり、持久力も高いです。メンタル面を見ても、サッカーに取り組む姿勢、チームに対する献身性は素晴らしいものがあります。ただ戦術面では少し足りなく、試合経験が不足している印象を受けます。ヨーロッパではテレビのサッカー中継を通じて、そのポジションで何をすべきかを学びます。状況判断やゲームインテリジェンスについては、まだまだ向上できるのではないかと思います。

――状況判断やゲームインテリジェンスについて、もう少し聞かせてください。

例えば、すばしっこくてテクニックのある選手はいつもドリブルをしようとします。彼が覚えるべきは、いつドリブルをして、いつパスをするべきかといった状況判断です。判断力を磨けば、武器であるドリブルをもっと効果的に使うことができます。ドイツ代表にフィリップ・ラームという選手がいますが、彼は決して身体の大きな選手ではありません。ですが、1対1の場面で負けることは非常に少ない。なぜなら、相手が来ない状況でドリブルを仕掛けて、相手が来たらパスをするからです。彼はボディコンタクトが生じる場面では勝てないことを知っています。非常に賢い選手であり、ドイツ代表でもバイエルンでも重要な役割を担っています。私は日々のトレーニングを通じて、効率よく技術、戦術を身につけること。そして選手たちが楽しんでサッカーをし、学ぶことが大切だと考えています。今回、日本の指導者に向けてDVDを作成しましたが、私のエッセンスが凝縮された内容になっています。一人でも多くの指導者の方に見てもらえたらと思っています。

取材協力:ファンルーツアカデミー


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