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青森山田高校・黒田剛監督の哲学『やりたくないことをやらせる』後編

青森山田高校サッカー部を全国トップレベルまでに押し上げた黒田剛監督。「やりたくないことをやらせる」という自身の理念に対し、選手たちは『自分たちのやりたいサッカー』を貫きたいという欲求を持っていた。彼らを突き放す形で敢えて指示を与えなかった監督。選手たちはその意図を痛感することとなった。(取材・文・写真/安藤隆人)

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■静観して、自分たちに答えを出させる

「やりたくないことをやらせる」。黒田監督のこの考えとは裏腹に、選手たちは「自分たちのサッカーを貫きたい」という欲求、姿勢しか見せなかった。これに対して監督は高円宮杯プレミアリーグのある試合で、何も指示を出さずに選手たちを突き放し、自分たちのやりたいようにやらせた。結果は1-0でリードするも、終盤に2点を奪われての逆転負け。この敗戦が選手たちを目覚めさせた。

「自分たちがいかに甘かったか、嫌というほど味わわされた。自分たちのやりたいサッカーで勝つためには、球際で絶対負けないとか、奪われたら何が何でも奪い返すという強い気持ちが必要だと感じた」(主将・小笠原学)。自分たちの要求を通すためには、望まないこともやらなければならない。これに気づくか気づかないかによって、選手個人だけではなく、戦術、チーム全体のレベルの向上に大きな影響を及ぼすことになる。

やりたくないことをやるといっても、それが必要とされるものでなければ意味がない。青森山田にとって必要なことであり、彼らが気づき出した答え、それは『リカバリー』だった。「奪われた後のリカバリー。これを徹底してやらないと、簡単にカウンターを受けてしまうし、2次、3次といった厚みのある攻撃ができない」(小笠原)

この試合以降、彼らは選手間のミーティングでこの課題について議論し、奪われたボールに対して、ボールに近いポジションの選手がすぐに反応して素早く寄せ、周りもそれに連動してサポートして奪い返す。さらには、ボールを奪い返してすぐに相手のビハインドを突けるように動き出しを意識するなど、自分たちのプレーを分析して、具体的なプレーとして練習にフィードバックしていった。静観していた黒田監督の期待に応えるように、選手たちは自分たちで考え、「やりたくないこと」をやることで成長へとつなげた。

「チームの目標として、しっかりとつなぐサッカーというのがある。でも、ただつなげば良いのではなく、そのつなぐサッカーで相手を崩したり、点を取って勝たないといけない。そこから逆算したとき、僕らに足りないのは攻守の切り替えの早さと厳しさ。これは以前からやらなければいけないとは分かっていたけど、『義務』にはなっていなかった。あの敗戦から、僕らは攻守の切り替えを早くする、球際に厳しく行くことを、『義務』にしました。やるべきことと意識したことで、練習から凄くシビアにやれるようになったし、ボールロストした選手が足を止めたら、みんなでガツンと言うようになりました」(小笠原)

主将の自信に満ちた言葉が示すように、チームは見違えるほどに成長した。ミスをしてもそこからのリカバリーのスピードとタイトさが格段に増し、奪われてもすぐに奪い返して、2次、3次攻撃につなげられるようになった。生まれ変わったチームは、インターハイではベスト4まで進み、プレミアリーグイーストでは後期開始から4勝2分けと負けなし。選手権予選でも安定した戦いを見せ、決勝では八戸学院野辺地西を相手に6?0の快勝。18連覇という金字塔を打ち立てた。

■間違いをへし折ることの繰り返し

「大事なのは、選手たちが人の話を聞ける耳を持っているか、自分たちでチームをつくり上げようという意欲を持っているかだと思います。そういう気概を持った選手たちに対し、私たち指導者が彼らに『なるほどな』と思わせることを言って、それが響けば姿勢となって表れてくると思います。今のサッカーにおいて、守備をしなくても勝てるとは誰も思っていません。逆に今のサッカーだからこそ、ボールを取られたら人数がいるうちに取り返す。1回取られてもう1回組み立て直すよりも、高い位置で奪い返して2次攻撃をする方が彼らも合理的だと分かっている。分かっていることをいかに自分たちのこととして響かせるかが大事なのです。一番怖いのは『やれている』という誤解です。やれているようでやれていないということを彼らに悟らせないといけない」(黒田監督)

選手たちがこの重要性に気がついたことで、練習の質もこれまでにも増して向上し、試合に対する選手たちの分析力、意欲も変わってきた。黒田監督はこう続ける。

「ポゼッションサッカーをやりたいと言いながら、実際に自分たちが気持ちよくボールを回せているときに、『それ何? サッカーなの、何がしたいの?』と問い掛ける。パスを回せているのではなく、パスを回させられていることだってある。大事なのはゴールを奪うこと。最終目標はゴールなので、ゴールから逆算したときに、バイタルエリアをなぞるようにパスばかり回しては意味がない。どこかで前方にパワーを持って進入することが必要になる。それを常に狙って、駄目ならやり直す。チャンスどころを見逃さずに、単なるボゼッションではなくて、積極的なビルドアップをしていかないといけない。多分彼らは中央でのボール回しには相当自信を持っていると思います。ただ、それが果たしてゴールにつながるかどうかの答えは、まだ分かっていないと思う。これは今の育成の中だけではなく、日本代表も含めてただボールをつなぐだけではなくて、どう理解して、どうチャレンジしていくかを徹底してやっていかないと、勘違いした選手が増えていくと思います」。

選手の『気づく力』を試合を通じて促し、気づいたらより実践に生きるアプローチをしていく。青森山田が強豪であり続ける所以が垣間見えた。

「チームづくりも生き物で、1試合目が良かったからと言って2試合目が良いとは限らない。調子が良いときにできたことが当たり前になって、できると勘違いすることが一番怖い。勘違いをへし折ることの繰り返しだと思います。指導者はこうした面に日々、目を光らせながら修正していくことが大事だと思います」。