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ドイツA級ライセンス指導者が教える『選手の成長につながる試合分析』後編

サッカーは経験を積み重ねてうまくなるスポーツ。経験を生かさなければ、成長にはつながりません。試合で見えた改題をいかに練習へフィードバックし、選手のステップアップにつなげられるかが大切となります。ここではドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)を持つ中野吉之伴氏が、同国の試合分析法を伝授します。(取材・文/中野吉之伴 photo by Tom Markham

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■ミスを考える

前回はドイツの現場における試合分析の基本的な考え方をお話させていただきました。今回はより具体的なところに踏み込んでみたいと思います。

試合や練習内容を分析し、そこから得た情報は生かすには、サッカーのメカニズムを知ることが大切です。サッカーの試合では攻撃と守備に明確な線を引くことはできません。ボールを奪い返した瞬間に攻守が入れ替わり、その場の判断に乱れが生じると、そのまま決定的なピンチとなってしまいます。相反する二つのアクションが絶えず背中合わせに存在している。サッカーにおいて攻撃だけのことを考えたり、守備のことを考えるわけにはいきません。

こうしたサッカーのメカニズムを図で表すと以下のようになります。
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このメカニズムを理解し、それぞれにおける行動の基礎原理を身につけるところからサッカーはスタートするといっても過言ではないでしょう。どこをスタートにサッカーを見るかでアプローチは変わってきますが、今回は「ボールを失う」場面を起点に考えてみようと思います。

自分からミスをしようと思う選手は一人もいません。しかし試合ではいろいろな要素が絡んできます。リオネル・メッシ、クリスティアーノ・ロナウドといったスーパースターでもミスはしてしまうもの。ミスとはいつでも誰にでも起こりえることだという認識を持つことはとても大事になります。その上でボールを失った状況を分析し、なぜミスをしてしまったのかという原因を探ることで練習にフィードバックする適切な情報を得ることができるのです。

 さて、ボールロストの原因としては以下の4つを挙げることができます。

A:技術的なミス
・ボールコントロール・トラップ・パス・シュートにおける基本的な技術ミス
・ボールコントロール・トラップ・パスを実現するためのコーディネーション能力の欠如
・味方選手・相手選手・ボールへの間合いを認知する視野・空間把握能力の欠如
・プレーヤー同士のコミニュケーション不足

B:判断力によるミス
・検討(どんな選択肢があるか)
・決断(どの選択肢を選ぶか)
・実戦(どのタイミングでプレーするか)

C:プレッシャーによる心的ストレス
・相手選手
・時間的(早くプレーをしないと!)
・外的(観客、指導者など)
・状況(順位表、試合経過)

D:偶発的な事象
・こぼれ球など
 
技術的ミスを改善するためには、その課題に意識的に取り組むことが重要になります。練習の質が問われるとも言えるでしょう。間違った認識による練習はクオリティを落とす要因になります。技術力アップには繰り返し練習することが何より大切ですが、「選手のポジションを動かさない」「決まりきったパターン練習」「相手選手のいない状況下での練習」だけでは試合にいかされることはありません。

例えばシュート精度や頻度アップをテーマにするならば、シュートシーンが頻繁に見られるようにペナルティエリア二つ分ほどのフィールドに2つのゴールを置いたり、中盤でのビルドアップをテーマにするならば、両サイドをワイドにしたフィールドに4つのミニゴールを置くなど、試合で起こりそうな状況を簡略化したミニゲーム形式が推奨されています。ゲーム形式を多く取り入れることで、空間把握能力やコミニュケーション能力も高めることができるでしょう。

また技術的なミスはコーディネーション能力の欠如からも起こりえます。細かいステップやリズム感のあるステップを繰り返すコーディネーション系のトレーニングを技術練習と組み合わせたりすることで複合的な面からのレベルアップが期待できます。

そして統計によるとボールを失う原因の50%は戦術的なゲーム理解の欠如、視野の狭さ、判断力のまずさが原因だといいます。ボール保持者がフリーの選手がいるのにドリブルで突っかけてしまう、パスを受ける前にフリーの選手を見つけてない、あるいはパスの受け手がスペースに走りこむのが速すぎる、相手選手を動かしてスペースを作る動きができていない、などいろいろです。

特に相手選手にプレッシャーをかけられるとその選手への意識が高まり、視野が狭まってしまう。数的不利の状況になるとますますスペースを認知することが難しくなる。これはプレッシャーによるストレスが判断力を狂わせるからです。それでも状況に応じた正しい判断をするためには、戦術理解を深めて、選択肢を増やし、その中から最適な決断を最良のタイミングでできるようになることが重要になります。練習で試合に近い状況を作りだし、問題解決のヒントを指導者が与え、それをもとに選手が自発的に答えを探し出す。それをミーティングで確認したり、練習の合間にコミニュケーションを取りながら、チーム共同のビジョンを描けるようになることが大事なのだと考えられています。

■大きくなっている分析分野の価値

最後に分析エキスパートのことばをご紹介したいと思います。1.FCケルンのスカウティングラボ部長ボリス・ノッツォンは10年W杯時にデンマーク代表、14年W杯ではカメルーン代表のスカウティング・分析を担当。そんなノッツォンが今年マンハイムで開催された国際コーチ会議で試合分析についての講演を行いました。

「分析分野の価値は大きくなっている。分析会社が増えているという事実がそのことを物語っている。では分析とは何だろうか。大事なのは難しくとらえすぎないこと。分析することを優先して選手の負担になるようでは本末転倒でしかない」

最近では分析データは非常に細部まで収集・記録することができる。プロクラブだけではなく、普通のアマチュアクラブでも試合や練習をビデオ撮影し、映像を利用して選手にフィードバックするのも普通になってきています。フランクフルト監督のトーマス・シャーフは「そうした情報を選手も求めている。監督からの一方通行ではなく、選手同士がコミニュケーションを取りながらイメージをつくり上げる一助になることが望まれる」と話していました。
 
しかし細かすぎる指示は選手を混乱させる要因にもなります。一度に幾つものことを処理することはできません。今、何に取り組むべきなのかを見定め、そこに焦点を当てて改善を図るのがとても大切なことなのです。

最新の技術も詳細な情報も、扱う人間が使いこなせるかどうかにかかっています。カメルーン代表監督で、かつて浦和レッドダイヤモンズで監督をしていたことでも知られるフォルカー・フィンケはノッツォンと一緒に講演の舞台に立ち、「データと経験はどちらが正しいのか。数字で見られるものと数字では分からないものの違いはどこにあるのか。どちらかではない。そこから繋ぎ合わせ、紡ぎ出していかなければならないのだ」と語っていたことが、今印象的に思い返されます。情報は記録され、知恵は継承される。そしてどちらも人とともに成長していくものです。
  

中野吉之伴
秋田県出身。1977年7月27日生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA-Aレベル)。SCフライブルクU15チームでの研修を経て、元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU16監督、翌年にはU16/U18総監督を務める。2013/14シーズンはドイツU19・3部リーグ所属FCアウゲンでヘッドコーチ、練習全般の指揮を執る。底辺層に至るまで充実したドイツサッカー環境を、どう日本の現場に還元すべきかをテーマにしている。



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