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「ボール奪取」は、南米に学べ

「ボール奪取がうまいチーム」を問われたら、多くの人が思い浮かべるのが南米のチームだろう。それほどまでに、南米でプレーをする選手のボールカット術は鮮やかだ。強靱なフィジカルを備えた選手が、強力なタックルと執拗なアプローチでボールを奪取する──。瞬きをするほんのわずかな時間で攻守が逆転してしまうほどの、迫力あるプレーだ。しかしなぜ彼らは「奪取力」に長けているのだろうか。南米パラグアイでのプレー経験を持つ筆者が、体験を踏まえて紹介する。(文・隈崎大樹 写真・Agencia de Noticias ANDES

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■ポイントは「腕とお尻の使い方」

私がパラグアイでプレーしていたときのこと。一試合を終えると足と同じくらい、時には足以上に「腕」が疲労してパンパンになることがあった。「足を使うスポーツ」であるのに、だ。しかもユニフォームを脱ぐと、上半身は相手選手がつけたひっかき傷や打撲痕で真っ赤になっていた。滞在して数ヶ月経つと、日本でのウェイトトレーニングと同じメニューをしていたにも関わらず、「肩」と「腕」の筋量が劇的にボリュームアップしていたのを覚えている。

つまりどういうことか──中南米の選手は、ボールキープや奪取時に必ず「腕」を使ってプレーをしているということだ。その点が明らかに日本とは違う。彼らからボールを奪うためには「腕を上手に使わなければならない」ということを、向うに渡ってすぐに教えられた。

南米各国のリーグ戦の試合を観る機会があれば、DFの腕の使い方をぜひ観て欲しい。彼らはボールを奪うために、腕で奪取の突破口を開き、自分の体を守りながら果敢にFWと競り合っている。
 
例えば、ドリブルをしているFWにDFがショルダーチャージを仕掛けるとき、DFは一度軽く相手に当たりドリブルの速度を落とさせる。次の瞬間DFは腕を飛行機の翼のように広げ、相手とボールの間にスルッと進入する。あとは入れた体を盾にして、奪ったボールをしっかりと保持する。私もボールをキープしていたときに、この方法でボールを取られた記憶がある。ガードしていてもスルッと体を入れてくる。最初に感じた驚きは今でも忘れられない。日本人とプレーをするときには経験したことのない感覚だった。

腕はボールを奪取するだけでなく、自分を守るためにも使う。激しく相手にプレッシャーを与えようとすると、反対に相手の体に当たりケガを負うリスクが高まる。これは特にヘディングをするときに考えて欲しいことだ。指導者は子どもに「腕を使うのはバランスをとり、体のバネを上手に利用するためだよ」と説明することが多いだろう。しかし「相手のひじから首(頭)を守るためだよ」と伝えたことはあるだろうか。 
 
私がボカ・ジュニアーズのコーチの通訳をしているとき、彼らは「首(頭)を守るために腕を使え」と指導する。確かに南米での空中戦は、首(頭)を守らずヘディングで競り合うことは致命傷になる危険性がある。私が試合中、ルーズボールを奪うためにジャンプヘッドをしようとした瞬間、私の首が「ゴリッ!」と鈍い音をして一瞬目の前が暗くなった。まるでテレビを消したときのように真っ暗になったので「もうダメかな・・・」と選手生命の終わりまで覚悟したぐらいだ。幸い大事には至らなかったが、その出来事を境に「ヘディングをするときは自分の首(頭)を守るために、もっと意識して腕を使おう」と自身に言い聞かせたものだ。

日本において、「腕」がキーワードとして指導される場面は、キックフォームやへディングのトレーニングでよく見られる。奪取に関わるトレーニングでは、相手との距離感をつかむために腕を伸ばして確認しようというくらいだろうか。もちろんそれ以外で指導しているチームもあるだろう。しかし、ジュニアの試合を観ていると「なぜあそこで腕を使わないんだろう」と上手に腕を使えていないシチュエーションをよく見かける。「日本の子どもたちはヘディングが苦手」と言い切ってしまうと語弊があるが、アグレッシブにヘディングにチャレンジできない原因の一つとして、生命に直結する首(頭)を守るというプレーができないからではないかと考えられる。

そして次に「お尻」の使い方。この部分を使っての「当てる」「座る」といったテクニックは、ぜひ真似してもらいたい。

体の重心移動で重要な部分となる骨盤。動作がはじまる大切な部位である。その骨盤についている臀部(でんぶ)を相手に預けることによってボディーバランスを失わせ、ボール奪取のチャンスをつくる。これが「当てる」というテクニック。これはJリーグの試合でも上手な選手がいるので、観察して欲しい。

さらに南米では「座る」というテクニックで見事にボールを奪う選手がたくさんいる。先ほどの「当てる」テクニックのあとに続けて行うもので、例えばFWがドリブルで突破しようとしたときに「当てる」テクニックでバランスを崩させ、その後自分のお尻を相手の太ももに乗せてしまうというもの。もちろんそのまま座り続けたらファウルになってしまうので、自分の重心を一瞬だけ相手の太ももに預ける。そうするとFWは走っていた方向とは反対へ、DFは元々FWが走っていた方向へと力がかかる。

日本の指導者は「体を使って」とよく子どもへ伝えるのだが、ただその動作のやり方だけでなく「どの部分を使えば上手にできるか?」「その後はどうなるのか?」を問い掛けながら、トレーニングや試合をさせることが大切だ。

■指導者は「あらゆるシチュエーションの1対1」を用意する

奪取力を身に付けるトレーニングは、1対1がベーシックだろう。

その中で指導者は試合で起こるあらゆるシチュエーションを想定し、1対1をオーガナイズする必要がある。スペースの広さ、FWとDFのポジショニング、スタート時のFWはオン・ザ・ボールとオフ・ザ・ボールのどちらか――。オーガナイズのバリエーションは無数に存在する。

南米ではフィジカルトレーニングの要素も混ざった1対1をよく目にした。南米のチームには大概フィジカルコーチがおり、ストレングス・アジリティ・タフネスなど、バランスよく選手の体をつくっていく。1対1には、そのコーチのフィールドで行うメニューと監督のボールトレーニングとを組み合わせたものがある。例えば、ポールをジグザグに走ったあとの1対1や、ゴム紐でつくられたハードルをジャンプしてくぐってからの1対1など、実際の試合の中で起きるシチュエーションを想定してオーガナイズされていた。ジュニアの選手でもこういったトレーニングを数多く経験していることもあり、体を上手に使ってボールを奪っていた。「考えてボールを取りにいっているな、上手く体を使えているな」と子どもたちのプレーに感心することもあった。

日本の子どもたちも、南米の選手のような奪取を身に付けるのは可能だろう。それには指導者が、子どもたちがあらゆる局面でも「こうすれば取れるはずだ」とアイディアを出してアグレッシブにチャレンジできるようにすることを目的としなければならない。その目的がぶれなければ、指導者は既存にあるトレーニングメニューにとらわれる必要はない。

「こんなシチュエーションを、こういうオーガナイズで現象が起こせないだろうか?」とイメージしたものをどんどんトライさせてみて欲しい。そしてどんなシチュエーションの1対1でも共通して意識して欲しいところは、前述の「腕」と「お尻」を使うこと。指導者は単に「腕を使え」「お尻で押せ」と方法を伝えるのではなく「腕を使うときと使わないときでは、何が違うかな?」「お尻をどのタイミングで当てればいいのかな?」など、子どもたちが自分の体の使い方について意識するための問い掛けを何度も繰り返すことが大切になってくる。そうすることで子どもたちは「こういうシチュエーションのときは、こうやって体を使って奪いにいけばいいんだ」というようにコツをつかんでくるだろう。
 
こういったトレーニングを繰り返して、南米人に負けない奪取力を身に付けてもらいたい。