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【全文掲載】ミスは許されねばならない。ドルトムントに学ぶ「正しいミスの生かし方」(2)

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※本稿は、『サッカーはミスが9割』(著者・北健一郎、ガイドワークス刊/サッカー小僧新書EX001)第3章 ドルトムントの育成に学ぶ「正しいミスの生かし方」を全文転載し、一部をWEB用に再編集したものです。


■ミスは許されなければいけない

 ドルトムントのコンセプトである"縦方向のサッカー"をするために必要不可欠なものは何だろうか? ロイスのようなスピード? フンメルスのようなパワー? シャヒンのようなテクニック?
 
 どれも大事であることに間違いはない。だが実は、ここに挙げた中に正解はない。
 
「最も大事なのは"勇気"だ」

 ヒュバラ氏は言う。ドルトムントの縦に速いサッカーはミスと隣り合わせだ。ゴールに向かっていくパスは横パスを成功させるよりもはるかに難易度が高い。また、積極的にドリブルで仕掛けていけばボールを失うこともある。
 
 高いレベルの選手が集まったトップチームでさえもミスがたくさん出るのだから、育成年代でこのようなサッカーをすればミスが増えるのは当たり前だ。だからこそ、「ミスの取り扱い方」には注意が必要だとヒュバラ氏は強調する。
 
「例えば、監督がタッチライン上で選手のミスに対して批判的に怒鳴り散らすようなら、選手は速い攻撃に必要な勇気を失ってしまい、リスクをとれなくなってしまうだろう」

 ちょっとイメージしてみてほしい。

 ボールを持った選手が前を向く。前方にはFWの選手がいてパスを要求している。自分の横にはフリーの味方選手がいる。つまり、選択肢は縦パスor横パス。縦パスは通ればチャンスだが、相手に奪われてミスになる可能性がある。横パスを出せばチャンスにはならなくても少なくともミスにはならない。
 
 この場面でドルトムントの監督やコーチが褒めるのはどちらのプレーだろうか?

①縦パスを出したけどカットされてしまった

②横パスを出してちゃんと味方につながった

 もちろん正解は①。ドルトムントのサッカーではコースが空いていれば、まず縦方向にボールを運んでいくのがコンセプトだ。だから縦パスにチャレンジしたことは、結果的にミスになったとしても"良いプレー"になるのだ。
 
 ②はパスがつながっているのでミスには見えないかもしれない。しかし、リスクをとらずに安全な選択肢をとったことで攻撃のスピードは遅くなる。ドルトムントのコンセプトにおいては、ミスをしないために出した横パスのほうこそが"ミス"なのである。
 
 ドルトムントの育成組織ではミスを「成長のための産物」としてとらえている。そのような育成方針があるからこそ、あれほどまでに大胆なサッカーができるのだ。


■攻撃的だけど守備を疎かにしない

 ドルトムントほど、センターフォワードが守備で汗をかくチームはないだろう。
 
 例えば、ドルトムントのトップチームのFWレバンドフスキ。彼は世界屈指の得点力を持つ選手だ。大柄な体ながら柔軟なテクニックを併せ持ち、左右両足、頭からゴールを叩き出す。普通のチームであれば"王様"として守備を免除されてもおかしくない存在だが、相手ボールになった瞬間、レバンドフスキは誰よりも"献身的なDF"へと変身する。
 
 ドルトムントのセンターフォワードにとってディフェンスは重要な役割だ。ドルトムントは攻撃的なサッカーを標榜するチームだが、決して守備を疎かにしているわけではない。
 
 育成組織から浸透しているドルトムントのディフェンスのメカニズムをヒュバラ氏が明かす。
 
「攻めるためには、まずボールを自分たちのモノにしなくてはならない。したがって、我々は相手陣内にボールがある時点で、すでにプレスをかけ始める。このとき、プレスをかける合図を出すのは、一般的なボランチやセンターバックではなく、センターフォワードだ。プレスをかけるとき、センターバックは4、50メートルぐらい離れていることもある。FWがボールを追っているとき、ボールを奪えるかどうかの判断が最も正確にできるのは、FW自身だ」

 センターフォワードがプレスのシグナルを出す――。
 
 今はボールを奪いに行くべきか、それとも一旦下がってからディフェンスしたほうがいいのか。普通のチームでそれを決めるのはボランチやセンターバックといった守備的な選手の役割だ。「後ろの声は神の声」という言葉もあるように、全体を見られるポジションの選手が周りを動かすのは一般的な方法だ。だが、ドルトムントではその決定権をFWが持っている。
 
 ドルトムントの場合は前線からのプレスが生命線だ。ゼロコンマ数秒の遅れで、ボールを奪えるか奪えないかは変わってくる。そんな状況で優先されるべきは全体のバランスよりも、プレスに行く選手の感覚だ。

 仕事に例えるとわかりやすい。何か問題が発生したとき、いちいち上司にうかがいを立てないと決められない組織と、いちばん事情をわかっている現場の人間に決定権が与えられ、その場でのジャッジが許されている組織とでは仕事のスピーディーさが比べ物にならない。ドルトムントでは"現場の人間"の考えを尊重する風通しの良さが重視されている。

■最大の武器「ゲーゲンプレッシング」

 ドルトムントの名前を一躍有名にしたのが、ボールを失った瞬間に前線から猛烈にプレスをかけてボールを奪い取る、「ゲーゲンプレッシング」という守備方法だ。「ゲーゲン」とは「反対」の意味を持っており、例えば反時計回りの「反」も「ゲーゲン」が使われる。

 そもそも、この守り方が「反対」と呼ばれるのは、ドイツで一般的に用いられているディフェンスの方法と順番が「反対」だからだ。ドイツではセンターバックの選手からマークの優先順位を決めるのが一般的だ。センターバックが相手のセンターフォワードをマークしたら、次はボランチがトップ下の選手のマークに付くといった具合に。
 
 まずは後ろの守備ブロックをしっかりと作って、それからプレスをかけていく。これが普通だと考えられているので、前線の選手が優先順位を決めてプレスをかけていくやり方は普通の逆=つまり「ゲーゲン(反対)」と呼ばれるのだ。
 
 この守備戦術は2008年にクロップが監督に就任してからチームに持ち込まれた。当然、下部組織でもゲーゲンプレッシングは"必修科目"となっている。ヒュバラ氏はレポートでも「ゲーゲンプレッシング」という単語を用いて説明している。
 
「自分たちのボールロスト時のオーガナイズはとても重要だ。ドルトムントではボールに最も近い選手がすぐさまゲーゲンプレッシングを仕掛け、ボールを奪うことを試みる。そうすることで、相手のカウンターを防ぎ、自分たちがボールを持っている時間を増やし、相手にとって難しくさせることができる」

 ドルトムントの選手たちはボールを失った瞬間に、まるで盗まれた財布を泥棒から取り返すかのごとく猛烈に相手を追いかけ回すため、プレッシャーをかけられた相手は顔を上げることすら困難になる。つまり、技術的にも判断的にもミスをしやすい状況を作り出すというわけだ。相手の最終ラインでボールを奪い返せば、ゴールまでの距離が近いうえに、守るのはGKしかいない。ピンチから一転して最高のチャンスへと早変わりするのだ。
 
「我々にこのようなプレッシングができるのは、自分たちで優先順位の順序を決められるからだ。もちろん、試合中、ずっと前からプレスをかけるわけではないが、試合開始から点差が近いうちは、極力プレスをかけるようにしている」

 ヒュバラ氏のレポートにもあるように、ドルトムントのゲーゲンプレッシングの肝は"ボールに近い選手に守備の決定権が与えられていること"にある。つまり、ドルトムントにDFリーダーは存在しない。ある意味"全員がDFリーダー"といっても過言ではないだろう。
 
「センターフォワードがボールにプレスをかけている間、他の選手たちはユニットとして空いているスペースを埋めておかなければならない。もしもプレスがうまくかからなかったとしても、後ろには十分な選手がカバーにいる。このとき、センターフォワードは後ろの選手の指示によって次の動きに移ることができる」

 ドルトムントのゲーゲンプレッシングはボールに群がるように寄せていく印象が強い。しかし、ボールに突っ込んでいくだけではプレスをかわされた瞬間に一気に突破されてしまう。これは保険なしで車に乗って大事故を起こすようなもの。
 
 プレスのミスがあったときに、どのように動くべきか。そうした対処法を育成年代からしっかりと教えていることが、ドルトムントの世界最高のプレッシングにつながっている。

<(3)へ続く>

北健一郎(きた・けんいちろう)
1982年7月6日生まれ、北海道旭川市出身。日本ジャーナリスト専門学校卒業後、放送作家事務所を経てフリーライターに。2005年から2009年まで『ストライカーDX』編集部に在籍し、2009年3月より独立。現在はサッカー、フットサルを中心に活動中。主な著書に「なぜボランチはムダなパスを出すのか?」「サッカーはミスが9割」(ガイドワークス)などがある。