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【全文掲載】課せられた"大リーグボール養成ギプス" ドルトムントに学ぶ「正しいミスの生かし方」(了)

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※本稿は、『サッカーはミスが9割』(著者・北健一郎、ガイドワークス刊/サッカー小僧新書EX001)第3章 ドルトムントの育成に学ぶ「正しいミスの生かし方」を全文転載し、一部をWEB用に再編集したものです。


■縦方向への組み立て

 ここではレポートにて解説されていたドルトムントの組み立てパターンの一例を紹介しよう。
 
 まずは、センターバックの選手がボールを持っている場合の組み立てパターン。
 
 最終ラインでセンターバックがボールを持ったときの選択肢は主に2つある。一つがドリブルで運んでいくこと、もう一つはボランチの選手へのパス。どちらにしても、センターバックは縦にボールを進めなければいけない。
 
 パスを受けたボランチはターンして前方にドリブルする。ただし、ボランチが後ろからプレッシャーを受けている場合は、サポートに付いているセンターバックにワンタッチで落としてもいい。
 
 ボランチが前を向いてボールを持った場合は複数の選択肢の中からベストなものをチョイスしなければいけない。前方のMFにパスを入れる、センターフォワードへのスルーパス、あるいはウイングへの斜めのパス......。
 
 大事なのはボールを持った選手に対して、縦方向のパスコースをたくさん用意しておくこと。センターフォワードしか動き出していなければ、相手にそこだけを抑えられ止められてしまう。だが、ドルトムントはボールよりも前の選手が"同時多発的"にアクションを起こすので相手としても絞りきれない。
 
 もう一つはサイドバックが起点となる組み立てパターンだ。

 サイドバックのポジショニングはすでに紹介したように、サイドラインまで張り出すのではなく5メートルほど中寄りにとるのがセオリー。こうすることでサイドバックは中へも前へも外へも動くことができる。
 
 サイドバックは前方にスペースがあればドリブルで運んでいくこと。そこから、中盤の高い位置をとったMFへ低いパスを付ける。そのMFがタイミングよく前を向ければ、そこからドリブル、センターフォワードへのスルーパス、前方のMFが動き出したところへのパスなどを狙える。

 パスの出しどころがなかったとしても安易にボールを下げてはいけない。そのときは、前方のスペースにパスを出してウイングを走らせたり、左サイドバックにサイドチェンジのパスを出したり、あるいはセンターフォワードへ浮き球のロングボールを入れたりして状況を変える。

 サイドバックの選手がバックパスや横パスをすることで、相手はディフェンスラインを押し上げてくる。そうなると、ドルトムントの選手は狭いスペースでプレッシャーを受けながらボールをコントロールしなければいけなくなる。

 ドリブルやパスを縦方向に仕掛けていけば、相手としては自陣方向に下がらざるを得なくなる。前にボールを運んでいくことによって相手を押し込んでいくことこそが、ドルトムントの「縦方向へのゲームの組み立て」の最大のメリットだ。


■トレーニングは試合から導き出す

 ドルトムントU-19のトレーニングメニューはどのようにして決められているのか? ヒュバラ氏が明かす。
 
「我々のトレーニングは、その大部分が試合を通じて得た知識が元になっている」

 ドルトムントでは試合の分析作業にかなり力を入れている。まず、試合中はアシスタントコーチが気づいたことをメモし、どんなミスがあったのかといったポイントを洗い出しておく。しかし、これはほんの序の口に過ぎない。
 
「ミスの分析とトレーニングのプランニングに最も役立つのはビデオ分析だ」とヒュバラ氏は言う。

 ドルトムントの育成における"影のキーマン"がビデオ分析班である。的確な位置から撮られた試合映像こそが、ドルトムントのトレーニングメニューを決めるための材料になる。
 
 録画した試合映像の中から、最も重要だと思われるシーンをいくつかのキーワードに沿って抜き出していく。キーワードは「ボールを持った選手との距離間」、「ボールロストした瞬間の動き」、「中央を使った攻撃」などドルトムントのサッカーで重要な要素となるものだ。
 
 これだけでは終わらない。そこからコーチ陣が各カテゴリーの映像をチェックしながら、次の試合に向けて何を強化・改善していくのかが話し合われる。このような何段階もの過程を経て、具体的に選手たちの前でビデオを見せながら説明する。ビデオ分析によるミーティングは、戦術ボードを使った説明よりも明らかに効果があるという。
 
 もちろん、全てのチームの監督やコーチが、このような形で試合後の修正をできるかというと、そうではないだろう。カメラを準備したり、撮影するスタッフを連れてきたりすることも必要になるし、かなりの時間もかかる。それでも、ヒュバラ氏は「一度は試してみる価値がある」と断言する。
 
「どんな監督、コーチでも試合中に起きた現象全てを認識し、把握できるわけではない。チームに起きたミスを修正しようと説明したとき、選手から『監督、そのときはそういう状況ではなかったですよ』と"再修正"されたことがある監督もいることでしょう。そして、その選手の発言が当たっていることも、ままあるものです」

 監督やコーチは自分たちが思っているよりも、客観的に試合を把握できていないことがある。試合中は「あそこがダメだった」と感じたところが、ビデオを見ていくと別のところに要因があったと気づくことも少なくない。
 
 ビデオ分析をするときのポイントは、短く、要点を絞ること。選手たちが集中していられる時間は長くはない。1試合の映像をまるまる流したとしても、選手たちに与えるインパクトは弱まってしまう。
 
 お弁当に例えるとわかりやすい。あれもこれも入っているからといって幕の内弁当を食べるよりも、「これがどうしても食べたい」というハンバーグ弁当のほうが、後になったときに印象に残っているもの。
 
 例えば、ボールを失った後のプレッシングが遅くなったシーンがあったとしたら、そこにぎゅっとポイントを絞ってミーティングをする。それによって、選手たちには「次はボールを失った後のプレスを速くしよう」という意識付けがされる。
 
 ドルトムントのトレーニングは監督やコーチの頭の中から生み出されたものではなく、実際に起こった試合の状況から導き出されたものなのだ。

 グラウンドをゾーンごとに区切る

 目まぐるしく動き回りながら、常にアグレッシブにプレーし続ける――。ドルトムントのサッカーを見ていて、「どうすれば、あれほどの躍動感が生まれるのか?」と思っている人は少なくないだろう。
 
 その秘密の一端がドルトムントU-19で実際に行われている特殊なゲームにある。名付けて「ゾーン縛りゲーム」。グラウンドを仮想ラインで横もしくは縦に区切って、その中で細かい"ルール制限"を設ける。いくつかルール制限の例を紹介しよう。

【ルール1】ボールを持った選手はドリブルもしくはグラウンダーのパスで必ず1つ前のゾーンに侵入する。

 センターバックの選手がドリブルで前に運んでいく、中盤の選手が前線の選手にしっかりと精度の高いパスを出すといった縦方向へのプレーを狙わせるのが目的。

【ルール2】攻撃側は2つ以上のゾーンを飛ばしてパスを出す。
 ボールを持った選手がロングボールで敵陣深い位置へボールを入れる。パスを出す側はもちろんだが、受け手となる側もしっかりと動き出さなければいけない。

【ルール3】1つのゾーン内でボールを受けられる選手の人数を決める。
 同じエリア内でボールをつなぐことによって、時間がかかってボールが前に運びづらくなる。ボールを持っていない選手は他のゾーンに素早く動いてボールをもらう準備をする。

【ルール4】あるゾーンでは制限なしのプレーができ、他のゾーンではダイレクト、あるいはタッチ数が制限される。

 最終ライン近くの「ゾーン1」ではタッチ数をフリーにして、相手ゴール近くの「ゾーン4」や「ゾーン5」ではワンタッチもしくはツータッチ以内でボールをつなぎ素早く攻めにいく。

【ルール5】アシストのパスを出すゾーンを制限する。
 アシストのパスを強化させたい場合、高い位置の「ゾーン4」ならショートパスでの崩し、低い位置の「ゾーン2」ならロングパスを狙う。また、グラウンドを縦に区切り、サイドのゾーンからしかアシストのパスを出せないというルールを設けて、サイドからの崩しをトレーニングさせるというパターンもある。

 こうしたルールを2チームのうち、片方のチームだけに与えることもある。ヒュバラ氏によれば、「グラウンドをゾーンに区切っておくと、戦術的にほぼ全てのことに対応したトレーニングができる」という。

 ドルトムントでは同じルールでのゲームを延々と何十分もすることはない。数分~10分ごとにルール変更を行いながら、"体"だけでなく"頭"も疲れるようにさせている。トレーニング中の選手に課せられる様々なルール制限は、「巨人の星」で星飛雄馬がつけさせられた"大リーグボール養成ギプス"のようなものだろう。

 だが、実際の試合では彼らを押さえつけるものはない。解放された選手たちがピッチ上で最高の輝きを放つのは当然なのかもしれない。

<この項、了>

北健一郎(きた・けんいちろう)
1982年7月6日生まれ、北海道旭川市出身。日本ジャーナリスト専門学校卒業後、放送作家事務所を経てフリーライターに。2005年から2009年まで『ストライカーDX』編集部に在籍し、2009年3月より独立。現在はサッカー、フットサルを中心に活動中。主な著書に「なぜボランチはムダなパスを出すのか?」「サッカーはミスが9割」(ガイドワークス)などがある。