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「試合に出るのは、監督ではない」イビチャ・オシムが語る育成

日本代表監督を退いてなお、根強い人気を誇るイビチャ・オシム氏。今回はCOACH UNITEDのオープンを記念し、代表監督時代に通訳を担当された千田善(ちだ・ぜん)さんに、オシム氏が選手育成についてどういった信念をお持ちなのかを語っていただきました。

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 オシムさんが日本代表監督を病気で退任して7年たつが、いまだに話を聞きたいという要望がある。これは地元のボスニア(旧ユーゴスラビア)やオーストリアでも同じで、現地では「サッカー哲学者」などと呼ばれている。

 今回は育成や指導論について、オシムさんがどんなことを話していたか、振り返ってみよう。

■選手をリスペクトするとは
 もっとも印象的なものから2つあげると、指導者が選手を「リスペクト(尊敬・尊重)」するということ。それから、今はまだ成長期の子どもたちが一人前の選手になるころに何が大切かを予測・想像する「イマジネーション」が決定的に重要だということ。

 オシムさんの「リスペクト」はさまざまな場面で使われるが、トレーニングを進める上では、選手を一個の人格として考え、その個性や考えを尊重すること、ということになるだろう。

 それは、選手たちがサッカーが好きだ、楽しい、もっとうまくなりたいという気持ちにさせること。自分で向上しようと努力する手助けをしてやることだ。これは目先の勝敗より、長い目で成長を見守ろうという考えだ。

 また、試合の中で、選手たちがいかに自分で判断し、臨機応変なプレーができるようにしてあげるか。これがリスペクトのもうひとつの意味だ。

 オシムさんの口癖のひとつは、試合に出るのは選手であり、監督ではないということ。「監督の仕事の大半は、試合前のロッカールームに入る前に終わっていなければならない」と語っている。

 試合が始まれば、監督にできることは選手を交代させることぐらい。ピッチの脇から声をかけるにしても、それは練習でやったことを思い出させる程度。だいいち、プロの場合、ベンチからの声はまず聞こえない。

 指導者の仕事は、選手たちが自分たちで判断してプレーする手助けをすることなのだ。そこには選手への信頼、意思を尊重してまかせてみようという気持ち(これこそがリスペクト)がなければならないだろう。

 付け加えれば、「対戦相手をリスペクトしろ」というのは、弱い相手でもバカにするな、客観的に分析しろ、ということ。また、強い相手にたいしても「リスペクトしすぎるな」(客観的という点では同じ。怖がらず勇気を持って行けという意味もある)といって送り出した。

■イマジネーション 未来への想像力とは
 オシムさんの育成論のもうひとつのキーワードはイマジネーションだ。

 年代別日本代表やJリーグのコーチたちと話していた時に、オシムさんが強調したのはセレクションのやり方をよく考えろ、ということだった。

 それは「今現在うまいだけの選手を集めるな。5年後、10年後に伸びる選手を集めろ」ということ。目先の勝敗や成功だけにとらわれず、未来がどうなっているかを想像するのがイマジネーションだ。

 選手たち個々の資質についていえば、ボール扱いがうまいかどうかだけでなく、「知性があるかどうか」「努力する才能があるかどうか」によって、数年後に伸びるかどうかが決定的に違う。

 また選手の両親や兄弟の体格や身体能力を参考にして、将来どの程度まで身長が伸びるか、将来どの程度スピードが速くなるか、なども選抜に加味したらいい。

 その際に重要なのは、数年後の世界のサッカーのトレンドを予測することだ、とオシムさんは言う。

 現在の世界のサッカーは、スペイン・バルセロナ型のパスサッカー、ポゼッションスタイルから、ドイツのような大型でスピードのある選手が技術も備えたスタイルに切り替わりつつあるのかも知れない。

 その方向を占うのがワールドカップ。4年に一度の「国際サッカー見本市」として、向こう数年間のトレンドがあらわれる。

 この影響は数カ月遅れで日本にも波及する。Jリーグの監督たちが、ワールドカップの成果を吸収し、自分のトレーニングや試合の戦術に取り入れるのに、それだけの時間を要するということでもある。

 少年サッカー指導者も、Jリーグやヨーロッパの主要リーグとあわせて、ワールドカップの(日本戦ばかりでなく、その他の)内容に注目したいものだ。

■指導者も選手も「自分で考える」

 選手たちの能力を伸ばすトレーニングとは、どんなものなのだろうか。

 オシムさんは一貫して、対戦相手を研究し、実戦を想定した練習でなければ意味がないといってきた。反復練習はある程度必要だが、それだけでは選手たちが飽きてしまい、惰性で練習する。それでは伸びない。

 ここ数年、練習方法(メソッド)の研究が著しい。以前は、シュート練習、パス練習など技術の要素を分解した個別(分野別)トレーニングが多かった。最近では、オシム監督が採用して有名になった「多色ビブス」、タッチ数制限やフリーマンを使う応用練習、ゲーム形式でのフィジカルを意識した強度の高い練習法など、本場のヨーロッパからさまざまな工夫した練習方法が日本にも紹介されてきている。

 それらの内容は、このCOACH UNITEDや、拙著「オシムのトレーニング」(池田書店)なども参考にしてほしいが、オシムさんはマニュアルだけでは十分ではないと強調する。

 オシム どんなにたくさんの種類の練習方法を知っていても、それだけでは不十分だ。サッカーは「生き物」だから、知識だけでは足りない。チームや選手のレベル・意欲、対戦相手の特徴、天候などのコンディション、そのほかの条件におうじて、どんな練習が必要か考え、決断する能力がいちばん大切なのだ。

 選手にたいしても「状況への適応力、問題解決の応用力、チームのための責任感、そして進歩しようと努力する向上心が必要だ」とオシムさんはアドバイスする。

 つまり、指導者の側でも練習メニューを工夫する必要があるし、選手たちももっとうまくなりたいと、自分で努力する向上心をもつことが大切なのだ。

 それが「考えるサッカー」のひとつの側面でもある。

千田善(ちだ・ぜん)
民族紛争、異文化コミュニケーション、サッカーなど。新聞、雑誌、テレビ・ラジオ、各地の講演など幅広く活動。

紛争取材など, のべ10年の旧ユーゴスラビア生活後、外務省研修所、一橋大学、中央大学、放送大学などの講師を経て、イビツァ・オシム氏の日本代表監督就任にともない, 日本サッカー協会アドバイザー退任まで(2006年7月~2008年12月)専任通訳を務める。サッカー歴40年、現在もシニアリーグの現役プレーヤー。

著書:『ワールドカップの世界史』(みすず書房2006)、『なぜ戦争は終わらないか』(みすず書房2002)、『ユーゴ紛争はなぜ長期化したか』(勁草書房1999)、『ユーゴ紛争』(講談社現代新書1993)ほか。訳書:G・カステラン/A・ベルナール『スロヴェニア』(白水社・文庫クセジュ2000)、G・カステラン/G・ヴィダン『クロアチア』(白水社・文庫クセジュ2000)ほか。