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変えられないものを変えようとするな!中西哲生×幸野健一(後編)

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幸野健一(以下、幸野) 最近、出版された中西さんの「日本代表がW 杯で優勝する日(朝日新書)」の中で、『フットボール・インテリジェンス』という言葉が出てきます。選手が自主的にプレーすること、自ら考える事、戦術的な引き出しを持つこと、相手に合わせてプレーを変えることなど思考の部分で相手を上回ることが必要で、『フットボール・インテリジェンス』を極限まで高めることがW杯の優勝につながると。

中西哲生(以下、中西) その通りです。

幸野 フットボール・インテリジェンスを高めるために、育成年代の指導者が選手に対してどのような働きかけをすればいいのでしょうか?

中西 選手に質問をすることですね。たとえば、試合であるプレーが成功したとします。そこで、なぜ成功したのかを、根掘り葉掘り聞いてあげることです。「なぜあのプレーがうまくいったの?」「なぜ今日は良いプレーができたんだろう?」「昨日、何食べたの?」「今日は何時に起きたの?」......。

 日常生活のことも含めて、質問に答える形で成功した瞬間からさかのぼり、「なぜ、成功したのか」を言葉にすることで気づかせると良いと思います。人間はなぜ失敗をするかというと、その理由の一つとして挙げられるのは、不安です。自信がなかったり「大丈夫かなぁ」と思っていると失敗します。成功したときのことを振り返って、成功の論理を積み重ねていくと、不安は減りますよね。そうすると、ミスも減っていきます。

幸野 私も息子が小学生の頃は、プレーについての質問をよくしていました。そこではネガティブな言葉を使わずに、良かった部分、成功した部分を褒めるようにしていました。そうすることで、サッカーが好きになり、もっとうまくなりたいという気持ちになっていってくれたのではないかと思います。

中西 成功体験を子供自身に話させることは大切ですよね。指導者や保護者、周りにいる大人が「なぜうまくいったのか」を突き詰めるための質問をしていくことで、子ども自身に論理的に考える癖をつけさせます。対話をすることで簡単に消化させず、具体化させるというか。

幸野 たとえば「あの場面は、なぜ右サイドの選手にパスを出したの?」と聞くと、はじめのうちは大人の顔を見て、相手の中にある答えを探ろうとします。そこで、「思ったことを言ってごらん」とうながすと、「誰々がスペースに走り込むのが見えたから、スルーパスになると思って」と、自分の中でイメージをするようになる。

中西 「動いている味方にボールを出せば、相手の守備を崩すことができる」ということがわかるので、次からは常に動いている選手を探すようになります。サッカーでは、もっとも速く動いていて、もっとも遠いところ、つまり相手ゴールに近いところにいる選手にボールを出すのが一つの理想です。走っている選手にボールを合わせることができたら、他の選手はついていけないわけですから。

 そこで「なんで、いまのパスがシュートにつながったかわかる?」と。そこで対話があって「ボールを受ける選手が走っていたからだよね。しかも君が足下じゃなくてスペースに出したから、走っていた選手はスピードを落とさずボールに追いついて、シュートまでいけたから入ったんだよ」と。そこで、スピードに乗っている選手には、スピードを落とさせないようなパスを出した方がいいとわかる。

幸野 会話をしていくなかで、なにがいいプレーかを考えるようになりますよね。すると、次からそのプレーを狙ってやってみようとなる。

中西 論理立てて会話をしていくことは大切だと思います。育成年代の指導に関しては、ストイコビッチが『自分のクリエイティビティを消さなかった指導者に感謝したい』と言っていたことが印象に残っています。

 彼は子供の頃、身体が小さかったのでパワーがありませんでした。でも、どこに出せばチャンスになるか、パスコースは見えていたんです。たとえば、Aの位置にいる選手にパスを出せば100%通る。Bの位置にいる選手は80%の確率で通る。Cの位置にいる選手に届く確率は50%だけど、通ればゴールになる。そこでストイコビッチは、迷わずCの選手にパスを出すのですが、通らないこともあるわけです。

 でも、コーチは怒らなかった。何を言ったかというと、「見ているところは良いから、そこに通すための技術を身につけなさい」と。「パワーはそのうちついてくるから、心配するな」と言ってくれたそうです。決して「なぜそこに出すんだ! フリーの味方に出せ!」とは怒らなかった。ストイコビッチが持つクリエイティビティを尊重したんです。僕も子どもたちを指導することはありますが、どこを見ているかを常に気にしています。パスは通らなかったけど、そこに出す技術がないのか、それともパワーがないのか。もしかしたら、勇気がなかったのかもしれない。そこを見極めて、適切な言葉をかけてあげたいと思っています。

幸野 そこを見極めるのが、指導者の仕事ですよね。選手のチャレンジを奨励するという。

中西 僕はある高校の指導もしているのですが、6回目の練習のときに初めて叱ったことがありました。普段から、僕は選手に「ミスしてもいいから絶対にトライしよう」と言っているのに、ミスを恐れてまったくチャンレンジしなかった。指導者である僕が「失敗してもいいからやってみよう」と言っているのに、選手たちはトライしない。それで、強く指摘しました。

 サッカーだけでなく人生もそうですけど、やってみることが大切で、最初からできることなんてほとんどない。「失敗するのは全然悪いことではなくて、トライしないことが一番ダメなんじゃないの?」と。長友選手も大儀見選手も今の状況にまったく満足せず、日々トライし続けています。それにはもちろん、ミスも伴います。ただ、だからこそ未来がある。選手がトライできる環境を作るのは、指導者や周りの大人だと思います。あとは言い訳しないこと。レフェリーに文句を言う選手は絶対に成長しません。日本代表のトップレベルの選手は、強くレフェリーにクレームをつけません。

幸野 自分の力で変えられないものに意識を向けてもしょうがない。

中西 そうです。変えられないものを変えようとしないこと。いくら理不尽な判定があっても、レフェリーが退場になることはありません。変えられないものを変えようとすると、怒りと焦りしか生まれない。結果的にネガティブな感情を抱くことになるので、プレーのクオリティがどんどん下がります。長友にも話しています。変えられないものを変えようとするなと。レフェリーに文句を言う人は、自分がうまくいかない言い訳を探しているだけです。

 言い訳を探す子どもにするのか、親もコーチも含めて、レフェリーに文句を言わず、自分ができることをするのか。変わらないものを嘆くのではなく、大事なのは自分が変わることです。日本はずる賢いマリーシアを使わず、正々堂々とフェアプレーで優勝する。選手たちもそう言っていますし、それが日本のスタイルになってほしいと思っています。

幸野 日本がW杯で優勝するために、選手だけでなくサッカーを取り巻くすべてのもの、指導者、サポーター、メディア、保護者などが変わっていくことが必要だと思います。これからもぜひ発信していきましょう。ありがとうございました。

中西 ありがとうございました。次回は、さらに深い話を(笑)。

<この項、了>

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●幸野健一(こうの・けんいち)
1961年9月25日生まれ。中大杉並高校、中央大学卒。10歳よりサッカーを始め、17歳のときにイングランドにサッカー留学。以後、東京都リーグなどで40年以上にわたり年間50試合、通算2000試合以上プレーし続けている。息子の志有人はFC東京所属。育成を中心にサッカーに関わる課題解決をはかるサッカー・コンサルタントとしての活動をしながら、2014年4月より千葉県市川市にてアーセナルサッカースクール市川を設立、代表に就任。