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理想は「学校」。社会で活躍できる人間的な基盤を作る/大宮アルディージャの育成方法

近年、各年代の主要な大会において、確かな実力を示すクラブがある。それが大宮アルディージャだ。2013年にJr.ユースチームが「JFAプレミアカップ」で優勝すると、2015年に行なわれた「日本クラブユースサッカー選手権」でユースチームが準優勝。一番下の年代にあたるジュニアチームも各大会で足跡を残しており、サッカーどころ埼玉に居を構えるクラブは全国的な強豪へと成長を続けている。そこでCOACH UNITED ACADEMYでは、その大宮アルディージャと共にキャリアを積み重ねてきた現トップチーム監督の渋谷洋樹氏に、「クラブチームの育成方法」をテーマに自身の考え方を語ってもらった。(取材・文/鈴木智之)

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■クラブの発展に欠かせない育成の柱

大宮アルディージャのアカデミーが誕生したのは1999年。Jリーグ参入をきっかけに、まずはプロのすぐ下のカテゴリーであるユースが立ち上がった。当時の監督を務めたのが、現トップチーム監督の渋谷洋樹氏。当時の埼玉県は高体連に武南高校や浦和東高校、クラブチームでは浦和レッズの存在が際立っていた。渋谷氏は「高体連のチームや浦和レッズさんがあったので、その中でも大宮に来てくれる選手でチームを構成しました」と振り返る。

当時の大宮ユースは立ち上がったばかりであり、地域の有力な選手のファーストチョイスはまだ高体連の名門校や他のJクラブユースだった。そのため、大宮ユースに所属する選手の中には、ボールを正確に「止めて」「蹴る」動作がスムーズにできない選手もいた。そこで、渋谷氏はごく初歩的なことから指導を始めた。このときヒントをくれたのが、当時のトップチーム監督だったピム・ファーベーク氏だ。

ある日、渋谷氏がユースの選手を指導していたときのこと。ピム監督がある選手のキックフォームの写真を手に近寄ってきた。写っていたのはフリスト・ストイチコフ。W杯アメリカ大会の得点王であり、FCバルセロナや柏レイソルでも活躍したキックの名手である。ピム監督は渋谷氏に写真を見せながらこう言ったという。「いいか、キックのときは足をコントールすること。とくに、片足立ちをしっかりするんだ」。

ピム監督は日々、海外のトップレベルの試合をクラブハウスで見ていた。ユース監督の渋谷氏も同席し、一緒に試合を見ながら「ストップ、ここを見ろ」という声がするとリモコンの一時停止ボタンを押し、ピム監督の解説に聞き入った。「いま、どこにスペースがある? そこにパスを通すために、ファーストタッチのボールはどこに置く? オープンの場所にボールを止めることで、より良い判断ができるんだ」

クラブチームのメリットのひとつに、「異なる年代が交流しやすい」というものがある。世代間の"飛び級"や、ユースの有望選手がトップチームの練習に参加することがそれに当たる。それは選手だけでなく、指導者も同様だ。渋谷氏とピム監督は指導する世代の垣根を越えて、交流を深めていった。

大宮ユース誕生から3年後、渋谷氏は全国大会出場というひとつの成果を手にする。そして、2002年にはJr.ユースの初代監督に就任することになった。そこでは、ユースを指導した経験が活きた。

「2002年にJr.ユースの監督になり、ユースでやっていた練習と同じことをしました。そうすることで、ユースに行ったときには新しいことを身に付けることができます。ベースとなるのはボールを『止めて』『蹴る』部分です。そのレベルをいかに高めるかが大切だと思っています」

2007年、大宮のアカデミーにジュニアのカテゴリーが創設された。これでジュニア、Jr.ユース、ユースと3つのカテゴリーが揃ったことになる。ジュニアからトップチームまで、目指す道筋ができたことの重要性を、渋谷氏は次のように説明する。

「ジュニア、Jr.ユース、ユースができて、人間教育やサッカーのトレーニングにおける柱ができました。それがクラブの発展につながっていると思います。いまは、私がいた頃にユースでやっていた練習をJr.ユースでやり、Jr.ユースでやっていた練習をジュニアでやっています。そうした取り組みの成果として、2016年はユースから4名がトップに昇格しました。金澤慎や渡部大輔など、私がユース監督時代に関わった選手もトップにいます。いまはトップとユースで同じ練習をしているので、トップの練習に参加しても迷いませんし、どうプレーすればいいかをわかっているのが強みですね」

■クラブチームのベストな形態は「学校」

大宮アルディージャ・アカデミーの礎を作り、現在はトップチームの監督を務める渋谷氏にとって、理想のクラブチームのあり方とはどのようなものだろうか。

「クラブチームのベストな形態は『学校』だと思います。まず人間としての教育がきちんとできて、その上で練習ができる。そして食事、睡眠までしっかりとれる環境です。教育、練習、食事、睡眠は、子どもが成長していくために必要なことです。現状のクラブチームでは、学校が終わった後の17~18時頃から練習すると、食事を摂る時間も遅くなり、結果として睡眠時間が短くなってしまう場合があります。その点、大宮のアカデミーでは練習後に食事をすぐに摂ることができますし、ユースはグラウンドの近くに寮があるので移動の時間もかからず、練習後に勉強をしたりゆっくりと休むこともできます。グラウンドの中だけでなく、環境面も含めて育成だと思っています」

そして、その中で選ばれた選手、競争を勝ち抜いた選手が、晴れてトップチームの一員になることができる。渋谷氏いわく「トップチームの場合、技術。戦術的に高いだけでなく、戦う姿勢を持った選手が試合に出ています」。

アカデミーの中で、プロになれるのはほんの数名、一握りの選手である。しかも、プロになることがゴールではなく、スタートラインに立ったにすぎない。それはユースからプロになれなかった選手も同じこと。すべての選手がユースを卒業した先に、新たな道へと進む。新たなステージで、社会に出て活躍するための人間的な基盤を作ること。それも広い目で見た『育成』にほかならない。

渋谷氏はこの他にも、様々な面から育成について重要な考えを語ってくれた。その内容に興味をお持ちの方は、ぜひCOACH UNITED ACADEMYのセミナー本編をご覧いただければと思う。

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渋谷洋樹(しぶや・ひろき)
1966年11月30日生まれ。北海道出身。室蘭大谷高卒業後、古河電工→PJMフューチャーズ→NTT関東サッカー部でプレー。引退後、NTT関東のコーチとして指導歴をスタートし、1999年から大宮アルディージャのユースコーチ・監督を歴任、2002年にはJr.ユース監督も務めた。2004年からトップチームに昇格して長らくコーチを務めた後、2010~2013年にはヴァンフォーレ甲府のトップチームコーチとして異なるクラブを経験。2014年から大宮トップチームコーチに復帰し、シーズン途中の8月には監督に就任した。クラブはJ2に降格したものの引き続きチームを任され、2015年シーズンのJ2リーグを制して1年でのJ1復帰を決めた。

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