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ミスをした選手は誰の顔を見るか?ネガティブな感情は選手の成長にとって悪影響しかない

選手の競技力向上と人間としての内面の成長を促す「ダブル・ゴール・コーチング」を推進するポジティブ・コーチング・アライアンス(PCA)のセミナーを紹介する連載の第二回は、PCAの基本概念であるELMツリーのサイクルを実践するための具体的な方法、選手のみならず指導者、保護者、スポーツ関わるすべての人が心に留めておきたい「ROOTS」についてレポートする。(取材・文:大塚一樹 写真:COACH UNITED編集部)

第1回でもお伝えしたように、日本のスポーツ指導の発展を目指す「特定非営利活動法人スポーツコーチング・イニシアチブ」により行われたPCA日本初のセミナーの最終日は、指導者を対象にしたセッションとなった。参加者のほとんどが現場で選手に日常的に接している指導者ということもあり、ワークショップでのディスカッション、発表や質疑応答もより切実なものになった。

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■失敗するたびうつむく選手にどうアプローチするか?

いくつか行われたワークの中で、選手のネガティブな行動についての問いがあった。

ジェスはミスをする度にうつむいてしまう。
その結果、次に起きていることに注意が行かない。
あなたがコーチならどうしますか?

参加者からは、
「失敗することにビクビクしていると思うので、失敗が悪いことではないと伝える必要がある」
などの意見が発表されたが、今回のセミナーの講師を務めるトニー・アッサーロ氏は、「ミスや失敗をしたときにそこから立ち直る儀式をあらかじめ決めておく」
というという方法を提案した。

PCAでは、選手のミスをただ容認するのではなく、受け止めた上でそれを受け流し、克服したことを周囲に表明することで次のプレーへの適切な準備ができるように指導している。

「ミスをした選手は真っ先に誰の顔を見ますか?まずは私の顔を見ます。つまりコーチ。それから応援に来ているパパやママの顔を見るんです。こうしたことが起きないように、選手にはあらかじめミスをしたときの儀式を伝えておきます。ジェスチャーでも言葉でも何でもいいのですが、その行動をしたら、間違いを受け入れて流しましたという合図なんです」

行動に移すことで、選手は気持ちの切り替えができると同時に、コーチやチームメイトにも「今のはミスだとわかっている」という意思表示と、「もう切り替えたよ」という決意表明ができるという。

「選手や保護者には、コーチがどんな価値観を持って指導に当たっているかを日頃から伝えておくことが大切」
トニー氏は、こうした儀式を通じて、ELMツリーの「M」Mistake are OKをチーム全体に伝えることができるという。

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■助言やアドバイスはEタンクを満たしてから

PCAのコーチが選手への指導、助言を与える際の前提となっているのが、Eタンクを満たすということだ。EタンクのEはEmotional、コーチの立場で選手を見ていると、ついついネガティブな感情をぶつけてしまうことがある。しかし、これらは選手の成長にとって一切寄与しないばかりか、悪影響を与えるだけだと言い切る。

「批判や欠点の指摘、当てこすり、皮肉、無視は選手のためになるどころか後ろ向きな感情しか生みません。選手は指導者のことをよく見ているので表情やボディランゲージにもネガティブな感情が出ていないか注意が必要です」

トニー氏は、選手を前向きに改善、成長させたければ、感情のタンクをポジティブな声掛けで満たしてあげることが効果的だと言う。

「ネガティブな指摘で奮い立たせても長続きはしません。ポジティブな声掛けはEタンクを満たすことにつながり、その後の行動につながります」

その際に気を付けたいのが、「嘘のない言葉でポジティブな声掛けをすること」だ。トニー氏によれば、ほめれば何でもいいというわけではなく、良かったところをより的確に、具体的にほめることがEタンクを満たすことにつながる。行動や実際のプレーに対していいところを挙げたり、感謝したりすることが、選手の自主的なやる気を引き出す方法になる。

逆に選手に問題行動があった場合やチームにうまくなじんでいない場合は、無理に言い聞かせるのではなく、彼らの意見を求める質問を投げかけるのが有効だという。

選手とのコミュニケーションは

See+Say+見つけて口に出す
Say+See+口に出して見つける

の2パターンがある。いいところを見つけて話す、口に出すことでさらにいいところが見つかる。この二つを習慣づけることで相乗効果が生まれ、選手は前向きに伸びていくようになるという。

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■スポーツにかかわるすべての人に知ってもらいたい「ROOTS」
最後に紹介したいのが、PCAが選手だけでなく、すべてのコーチ、すべてのお父さん、お母さん、スポーツにかかわる人に知ってもらいたいとしている最も基本的な5つの要素だ。

頭文字をとって「ROOTS」と呼ばれるこの考え方は文字通りスポーツの「根っこ」にあるべき根本的な原則と言える。

R:Rules(ルール)
O:Opponents(対戦相手)
O:Official(レフェリー)
T:Teammates(チームメイト)
S:Self(自分自身)

ROOTSの基本的概念は、スポーツや試合に敬意を払うこと。Rはその試合を構成するルールを尊重し、自ら守ることを徹底することを表している。これはプレーをする選手だけでなく、コーチ、見守る保護者も同じこと。

次に一つ目のOは対戦相手を尊重すること。試合は対戦相手がいないと成立しない。同じように二つ目のO、レフェリーがいなくても成立しない。だからこそ、スポーツにかかわるすべての人は対戦相手とレフェリーを尊重し、リスペクトしなければいけない。そしてTeammates。一緒にプレーするチームメイトを信頼し、尊敬する。

最後にSelf、つまり自分自身が、ROOTSの概念を踏まえてどうあるべきか、どう振舞うべきかを考える。選手やコーチ、保護者一人一人がこういう意識をもって試合やスポーツに臨めば、選手も環境も変わる。ダブルゴールを一緒に目指せるというのがPCAの最も大切な考え方だ。

PCAによる日本初開催のセミナーは、PCAの徹底したポジティブなアプローチと、そのノウハウ、実績に裏打ちされた「ダブルゴールを目指す意義と意味」を知る上で貴重な機会となった。

アメリカと日本のスポーツ文化の違いもあり、この考え方を現場にどう落とし込むか試行錯誤したいという参加者の感想もあったが、スポーツを通じて競技力向上だけでなく人間的成長を促すという考え方は、これからのスポーツ、子どもたちの未来を考えるうえでとても重要なものだろう。こうした機会を通じて、日本にもポジティブなコーチの同盟、つながり(アライアンス)が広がっていくはずだ。


【取材協力】
特定非営利活動法人スポーツコーチング・イニシアチブ

指導者・保護者に対して、学ぶ機会を創出することで、日本におけるスポーツ教育をより良いものに変容させることを目指す。PCAワークショップなどを通し、「ダブル・ゴール・コーチング」の普及活動を行う。