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"選手主体"と勘違いさせればサッカーは自然と上手くなる?

前回、創部からわずか6年で昨年冬に行われた全日本高校女子サッカー選手権で3位となった京都精華女子高校サッカー部の“サッカーが好きになる企み“を紹介しましたが、今回は後編。“サッカーが上手くなる企み”について、紹介します。
 
※サカイクより転載※
 
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■“選手主体”と勘違いさせる越智流の企み

筆者が精華女子サッカー部と出会ったのは今年の夏。高校総体出場をかけた大一番の日ノ本学園との試合でした。必至に戦う選手以上に目を惹いたのが越智健一郎監督の立ち振る舞い。指示を出すのではなく踊ったり、はしゃいだり誰よりも楽しそうな姿が印象的でした。ハーフタイムも選手たち自らが感じた事をミーティングするだけ。それでも、敗れこそしたものの、前年度の全国王者、日ノ本をPK戦まで追い詰めました。
 
試合後、一人の選手に話を聞くと「このチームの70%は選手で、監督の力は30%」と話すように、越智監督は何もしてないように見えます。ですが、越智監督は「80%が監督で、20%が選手。上手く騙されている」とニンマリと返し、主将も前途の言葉に「最初は監督が何もしないんで、私たちが頑張らなきゃと思っていたんですけど、3年になって、“あの監督はやるな”って気づきました。狙い通りに動かされていたんですよ」と続けたように、一見、いい加減に見える裏には緻密な企みが隠されていました。
 
選手たちが自分たちでやっているように思わせながら、自然とサッカーが上手くなるための道筋を立てる。現在の指導法のベースとなったのが、以前指導していたキッズ世代での指導。
 
「キッズ世代は集中力が持たない事が分かった。普通に話していると15秒持たないと思っているので、教える際は言葉の抑揚をつけると、30分でも1時間でも持続してくれる。年代に応じて、細かな部分は変えていくけど、精華女子でも『越智監督がサッカーを教えてくれた』ではなく、『越智監督と一緒に遊んだ。サッカーを楽しんだ』という感覚を大事にしている」と越智監督は話します。
 
そして、「言い方は悪いけど、犬とか猫に餌を蒔くと、蒔いた方に食いついていく。自分の行かせたい方向、大会の目標やサッカーのスタイルなどを決めると、皆の興味のあるイベントや、言葉を投げてあげる。そうすれば、皆がそこを目指して行くから、チームが一つになる」と続けます。
 
何ヶ月後に“○○が出来るようになりたい”と目標を立てると、言葉にして鍛えるのではなく、彼女たちが自然にそう思えたり、育つように練習や日常の仕掛けを考えて、実行するのが越智監督の“サッカーが上手くなる”企みなのです。
 
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■目標を定め、実行するための計画作りが重要

具体例の一つが取材日に行われた練習でもありました。翌日が試合のため、越智監督は調整を兼ねて、ミニゲームをしようとしていましたが、選手たちに敢えて、「何がしたい?」と問いかけていました。選手たちの答えは皆揃って「ゲーム!」。読者の皆さんも経験があるかと思いますが、子どもたちを含め、サッカー選手はみんなゲームがやりたいもの。それを分かった上で、一度、質問を挟む事で、「私たちの意見を取り入れてくれた」、「自分たちが練習メニューを考えている」と勘違いしてくれることを狙っているのです。
 
「明日も下鴨神社に皆でお参りに行くんですけど、『行くぞ!』と無理やり連れていくのではなく、彼女たち自らが行きたいと思わせる事が大事だと思っています。下鴨神社にはJFAの八咫烏とモデルとなった御祭神があり、御手洗川という湧き水が流れているんで、『足を清めると勝利の神様だし、いいんじゃない?』と話を振ってあげる。ただの必勝祈願では彼女たちは乗らないけど、楽しみを提案してあげると興味を持ってくれる。自分が一歩先を歩いて、様々な物事を感じて、面白そうな物は選手たちに“ポン”と種を蒔いてあげる」と説明します。
 
練習メニューも同じです。越智監督は精華女子とともに、男子のU-15チーム、ラランジャ京都の指導に当たっているために、毎日つきっきりで練習を見ることは出来ません。選手たちはリフティングとミニゲームをこなすだけですが、自然と技術が上がる企みを忍ばせているのです。例えば、大きさは3号球ですが、重さは5号球という特殊なボールを使うことで、試合になると、「重さは同じでも、普段よりボールが大きいので、ミートしやすい」(越智監督)感覚を作ってあげる。ミニゲームではビブスを用意せずに、それぞれの練習着で行う。様々な色が飛び交い、誰が味方か敵か分からない状態に慣れさすことで、見る力を養うとともに、「試合になれば2色しかないから、分かりやすい」(越智監督)感覚を作っています。選手たちには、これらの意図は詳しく説明していませんが、数か月、数年先の目標に向けて、大事な感覚を身に付けさせるための企みとして練習を行っているのです。
 
「判断しろとか、見ろと言っても、訳も分かってない子に言っても出来ない。判断する材料を種とか餌として、与えてあげて、感覚として覚えさせると、プレースピードが早くなる。皆がやっているのが小論文だとすれば、精華女子のサッカーはマークシート方式なんです。深く悩まずに答えを導き出せる。正解を導く喜びに気づいてくれると、選手たちの向上心もまた上がっていきます」
 
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■モチベーションを上げるためのイベント計画

そして、最後にもう一つ大切にしているのは、試合前には必ず、遊びを入れる事。大事な試合の前になると必ず、観光やバーベキューなど遊びのイベントを入れているのも精華女子の特徴の一つです。昔は、保護者から、「試合の前に遊びを入れるなんて」と御叱りを受けることもあったと言いますが、越智監督は「控え部員のモチベーションは必ず落ちますが、試合に挑むためには応援の力も必要になる。サッカー以外の違う楽しみを提供してあげて、気持ちをリフレッシュしてあげる。要は論点のすり替えを行う事が大事だと思っています」と説明します。選手の上達とともに、チームとしての一体感を作ったことが成績の上昇にも繋がっていたのです。
 
「僕はC級ライセンスも持っていない。ブラックジャックです」。
越智監督はそう笑うように、正統派ではない異端な監督ですが、指導に役立つだけでなく、子育てを行う上でのヒントがたくさん隠されている気がしました。
 
 
京都精華女子高校サッカー部
2002年に附属中学のサッカー部が設立。高校は2006年に創部し、「美しく勝つ」をモットーに技術と判断力を日々、磨き関西を代表する強豪として注目を集めている。3年ぶり2度目の出場を果たした昨年の全日本高校女子サッカー選手権では3位に輝いた。