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選手が自信を持ってプレーできないのは"戦術的な情報の引き出し"が少ないから

今、欧州サッカーの最前線では、サッカーというゲームを理解し分析するための枠組みや概念、ピッチの上でチームを組織し動かすための論理やボキャブラリー、そしてトレーニングが、リアルタイムで大きくアップデートされている。

この記事では、「モダンサッカーの教科書 イタリア新世代コーチが教える未来のサッカー」の著者であるレナート・バルディと、同僚エミリオ・デ・レオを交えて欧州の最先端で実践されている統合型トレーニングとは何なのか?について3回に渡り解説していく。

最終回となる今回は、プレーに悪影響を与える「ネガティブな感情のコントロール」をどうトレーニングするかについてイタリアでの事例をもとに紹介する。(文:片野道郎、写真:新井賢一)

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感情の起伏は疑似的に作り出せる

片野――――― 認知と判断のプロセスには、そうした経験値としての情報量に加えて、感情の起伏も影響しますよね。最近パウロ・ソウザやモンテッラなど監督の口から「感情のコントロール」という言葉を聞くことが多くなりました。試合がもたらすプレッシャーやストレス、感情の起伏を練習の中で再現するのは難しいと思いますが、この側面をどのようにトレーニングできるのでしょうか。

デ・レオ――― 試合の状況、プレッシャーやストレスを練習の中で再現することは、難しいというよりも不可能です。ただ、認知や判断に影響を及ぼすような感情の起伏は、ノーマルではないような状況を設定することで疑似的に作り出すことができます。先週もミステル(ミハイロビッチ)は、ミニゲームの途中で1-0で勝っているチームに対して理由もなく、「ここからこのチームは0-1で負けていることにする」と一方的に宣言しました。

そういう理不尽な扱いをすることによって感情を刺激して不安定な状態を作り出すわけです。理由もなく1人、時には2人の選手に退場を命じて数的不利の状況を作り出すこともあります。数的不利に関しては、我われは戦術的な観点からそのような状況になった時どのように振る舞うべきかというインプットは与えています。

問題はそうした状況に実際に置かれた時、不安や怖れといったネガティブな感情に妨げられることなく、戦術的に正しい判断を遅れずに下してプレーできるか、プレーの精度を保てるかといったところです。

認知・判断のベースとなる情報の引き出しを豊かにする

バルディ――― 結局のところは、動揺することなく落ち着いて、自信を持ってプレーを続けられるかという話になるわけですが、それにはいくつかの側面があります。例えば、数的不利、あるいは単に相手にリードされるといった困難に陥った時にも、チームの結束が固く、互いに助け合ってこの状況を乗り越えていこうというポジティブな意識をコレクティブなレベルで共有していれば、そうしたネガティブな感情にとらわれることなくプレーできます。

もちろん、技術的、戦術的にそうした状況について経験値としての情報を持っていれば、それが自信や安心、落ち着きに繋がる。我われの仕事は、今まで見てきたような日々の積み重ねを通じて、選手により多くの経験値をインプットし、認知と判断のベースとなる情報の引き出しを豊かにすることに尽きると考えています。

デ・レオ――― 例えば、我われの最もベーシックなプレー原則は、常にボールを支配し主導権を握って積極的に戦うというものです。しかし相手と状況によってはそれができず、相手に主導権を握られて守勢に追い込まれることもあります。その時に、〝あってはならない状況に追い込まれた〟と考えてはならない。それは試合の中で起こり得る状況の1つでしかありません。

我われは1週間の中で、前に出て敵陣の高い位置からプレッシングを行うというプレー原則をトレーニングしています。しかしそれができない状況になった時にも、低い位置に布陣してそこからアグレッシブなプレッシングを行う、ボールを奪ったら前方のスペースを効果的に使ってロングカウンターを仕掛けるといった対応が取れるよう、オプションとしてのプレー原則を用意し、チームに浸透させておく必要があります。

これも、レナートが今言っていた情報の引き出しを豊かにするということの一環です。それが感情レベルにおいても、そうした状況への準備を整えることに繋がる。そこから先は、選手個々人のパーソナリティに属する領域だと思います。戦術的なトレーニングがカバーできるのは、起こり得るあらゆる状況に対しての準備を整えることを通して、ネガティブな感情を引き起こす不測の事態を減らすというところまででしょう。

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※レナート・バルディと片野道郎の共著「モダンサッカーの教科書 イタリア新世代コーチが教える未来のサッカー

レナート・バルディ(Renato Baldi)
1978 年生まれ、イタリア・カンパーニア州カーバ・デ・ティレーニ出身。地元のアマチュアクラブで育成コーチとしてキャリアをスタートし、セリエB のランチャーノ、バレーゼでカルミネ・ガウティエーリ監督のスタッフとして戦術分析を担当。ミハイロビッチがサンプドリア監督に就任した際にスタッフに加わり、ミラン、そしてトリノにも帯同。チームのパフォーマンスと対戦相手の分析を担った。

エミリオ・デ・レオ(Emilio De Leo)
南イタリア・カンパーニア州サレルノに近いカーバ・デ・ティレーニ生まれ。地元のアマチュアクラブや当時3部のカベーゼ、ノチェリーノで育成コーチとして指導にあたり(06‐07シーズンにはカベーゼのU‐17を率いてセリエCのスクデットを獲得)、その傍ら独学で戦術研究を進める。2009年からマンチェスター・シティの外部スタッフとして戦術分析を担当。ミハイロビッチがイタリアでは珍しい戦術的ピリオダイゼーションを採り入れたコーチングメソッドを高く評価し、2012年のセルビア代表監督就任と同時に助監督に抜擢した。以来サンプドリア、ミラン、トリノとミハイロビッチの頭脳として行動をともにしている。