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[書評] Jの新人

※本記事は、ブログ『22番の蹴球ファカルティ』様の同名タイトル記事の転載となります※


日本サッカーの行く末と可能性を考えさせられる重要な問題提起。

本書のタイトルは『Jの新人 Jリーグ新加入170選手の価値 2014』と新人にフォーカスを当てたものとなっており、内容も新人を中心に話が進んでいく。しかし、本書の真髄は新人の紹介にあらず。新人やアンダー世代の動向から日本サッカーかくあるべきかを皆で考えようという大きな問題提起本である。

論点は大きく2つある。

1つ目は、U17やU19のようなアンダー世代の日本代表は何を目標とすべきかという話。もちろん勝利に越したことはないが、仮にフル代表におけるW杯の上位進出や常勝軍団化が大上段の目的であるならば、アンダー世代はそれに準じたモジュールとして機能すべきであるとも言える。この話題は本書における1章から4章までに含まれている。

2つ目は、クラブとしての選手の「採用」、逆に言えば各新人Jリーガー個人としての「就職」はどのような設計で行われることが双方にとってポジティブな結果をもたらすのかという話。この手の話題は常に合成の誤謬が存在し、その割りを食うのは弱者である多くの新人であるケースが多い。新人送り出す側の指導者こそ読んでもらいたい内容である。この話題は本書の5章から8章までに含まれている。

■フル代表とアンダー世代の代表の関係を模索する

2013年のU17W杯の日本代表の極端なポゼッション志向を記憶の方も多いだろう。本書もまずはこの通称「96ジャパン」の検証から始まる。

96ジャパンはグループリーグを3戦全勝で勝ちあがり、R16のスウェーデン戦に1-2で敗れ大会を去った。このチームの特徴は「U17スペイン代表よりも"バルサっぽい"」と評されるようなポゼッションへのこだわりにある。本書にもこのような記述がある。

「ボール保持を重視するサッカー」と一口に言ってもいろいろあるわけだが、96ジャパンが2011年のチーム活動時に想定したコンセプトは「2人のセンターバックと8人のボランチ」(吉武博文監督)という異端の発想だった。(P.14-15から引用)

試合の映像を見た方はご存知だと思うが、敗れたスウェーデン戦も含め、ボール支配率ではどの試合も相手を圧倒。96ジャパンのポゼッションのコンセプトは確実に成功していた。プレミアリーグのスウォンジーを見ても分かるが、適性のある選手を選択すれば世界的に有名な選手がいなくてもポゼッションできるチーム作りは可能であり、それが日本人でも実現できることは証明されたといって差し支えないだろう。

一方で当然、割を食う選手も存在する。

必然、"このサッカーだから選ばれない選手"というのが相当数出てくる。

すでに述べたように、ボランチタイプの選手を並べることでポゼッションに特化したのが96ジャパンだった。となれば、ボランチ適性のない選手の居場所はどこにあるのか。

シンプルに言ってしまえば、「ない」。(P.31から引用)

典型的なセンターフォワード、縦に速い選手、運動量に自信のあるサイドバックなど、それぞれ人に負けない「長所」を持った選手たちは「適性」がないという理由で96ジャパンから漏れている。


さて、ここで考えたいのが、アンダー世代の代表とはかくあるべきか、という話である。

ここ3大会連続でU20ワールドカップへの出場を逃していることもあり、2014年10月に開催されるU19アジア選手権で4位以内を確保してU20ワールドカップへの切符を手にできるかがサッカー界では非常に注目されている。

この背景には「この世代で世界を経験することが後の成長やフル代表におけるワールドカップでの上位進出に欠かせない」という文脈が含意されている。

当然この文脈は先のU17世代でも同様だろう。であれば、果たして吉武監督の「2人のセンターバックと8人のボランチ」というチームコンセプトは正しかったのだろうかという疑問が浮かび上がる。日本の弱点とされるセンターフォワードタイプの選手を意図的にチーム構成から外しているのである。経験もへったくれもない。確かにU17は見ているものを楽しませるサッカーでR16まで進んだ。一定の評価も得た。では、その結果としてフル代表の強化につながっていくのだろうか。

各自が自分の意見を持って論じたいテーマである。本書にはその材料が多数転がっている。

■新人獲得におけるクラブの事情、新人の事情

高卒でJクラブに入団し、4年以内にポジションを獲得している選手はそう多くない。そのような背景から、大学で経験を積んでからJリーグ入りというルートを選ぶ選手が増えている。

しかし現実はなかなかに厳しい。

資金力のあるクラブにとってほとんどの大卒ルーキーは、安く使えるバックアッパーという位置付けだ。それが現実である。スカウトはそれぞれの選手に甘い言葉もかけて誘うわけだが、実態としてあるのは大卒ルーキーの出場実績が端的に示しているように、"即戦力のバックアッパー"というポジションである。(P.109から引用)

浦和や鹿島などブランドのあるクラブから自分がスカウトされたら嬉しいに決まっている。また、試合に出られなくともJリーグを代表するクラブで練習を積むことで成長できるというのもあながち間違いではない。

しかしやはり選手は試合に出てナンボ、だろう。主に資金的な問題でサテライトリーグがなくなった今、控え選手は実戦経験を積む場を確保しにくい。そこでJリーグとしても、「育成型期限付き移籍」として18歳~23歳の選手はカテゴリーが下のリーグへの移籍は移籍期限外でも認めたり、J3を発足させて実戦経験を積む場を増やしたりと環境を整い始めている。

「高卒ルーキーが試合に出られない問題」への解答は結局のところシンプルで、「試合に出られるチームへ移ればいい」ということでしかない。(P.167から引用)

とあるように、J2だろうがJ3だろうが、新人選手はまずは自分が数年後に試合に出られるかどうかをクラブ選択の観点のひとつに置いてほしい。横浜FMから愛媛に期限付きで移籍し、愛媛で活躍して五輪代表選出→横浜FMでもレギュラー獲得→ブラジルW杯メンバー入り、という先例が示す通り、試合に出ることが何より重要なのだから。

この他に、クラブ側が必要に応じて即戦力を獲得するための考え方などが紹介されており非常に興味深い。サッカーではなくても一般的な企業などの採用活動においても参考になりそうだ。

■他に類を見ない利益度外視の良書

正直言って、一般的には売れない類の書籍であると思う。タイトルもストレートでマーケティングっぽさはない。

著者の川端暁彦氏は2014年5月にローンチしたJ論の編集長であり、このJ論という特異なメディアもまたビジネスの要素よりも本質的なメディアのあり方の追求を目指したサイトのようである。マネタイズが先行しがちなメディアの世界にバサバサと斬りかかっていく姿は応援したくなる。

本書もそのような一貫した姿勢から生み出された一冊であり、新人という切り口から日本サッカーの未来地図を模索する野心的且つ本質を突く良書である。



※ブログ『22番の蹴球ファカルティ』様の同名タイトル記事より転載※

鈴木洋平(すずきようへい)
1979年9月10日生まれ、神奈川県横浜市出身。早稲田大学政治経済学部卒。採用や育成を手がける人事コンサルタントを本業としながら、背番号22番をつけてサッカーやフットサルに興じる。ワールドカップは98年より連続現地観戦。趣味はラーメンの食べ歩きで年間200杯食べる。ブログ:サッカー書籍の書評ブログ「22番の蹴球ファカルティ