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なぜ、ザッケローニは前線を8人選出したのか? コーチ視点から代表選考を読み解く

 ついに発表された、ブラジルワールドカップに臨む日本代表23選手。そのラインナップは、ほぼ順当ながら少しのサプライズを含むものだった。
 
 特に、ザッケローニの代表下では12年のアイスランド戦に招集されただけの大久保嘉人の選出はサプライズだった。また。激戦区のボランチにおいて23人枠に入った青山敏弘、長身FW豊田陽平やハーフナー・マイクらの落選(豊田は予備登録メンバーに選出されてはいる)は、ザッケローニの意思を明確に示すものと言えた。ではその意思、狙いはいったいどこにあるのか?
 
 試合分析ブログ「サッカーの面白い分析を心がけますZ」で大きな支持を集めるサッカーコーチ・らいかーると氏に、コーチ視点から見たザッケローニの狙いを分析していただいた。

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 ブラジルワールドカップに向けたメンバーの発表は、我々に少々の驚きと幾分の安心をもたらした。川島、西川、権田、吉田、今野、森重、伊野波、内田、長友、酒井宏樹、酒井高徳、長谷部、遠藤、山口、青山、岡崎、本田、香川、大久保、清武、齋藤、柿谷、大迫。日本は、以上の23名でブラジルワールドカップに臨むこととなった。この選出メンバーから、ザッケローニの頭のなかを考えていきたい。

■足元に定評のある守備陣が揃った理由

 
 『大切なことは、繰り返し我々の前に姿をあらわす』。その言葉の通りに、ザッケローニは大切な言葉を記者会見で何度も繰り返している。その内容は下記の通りだ。

 チームとしては積極的にボールに関わり、仕掛けて主導権を握り、オフ・ザ・ボールでのプレーを多く出すことで、勇気を持ったプレーをするべきだと考えている。

 世界とアジアでは、サッカーのレベルが違う。よって「アジア仕様」「ワールドカップ仕様」という言葉がアジアには存在する。その差異にもっとも苦しんでいるのがオーストラリアだ。そのフィジカルを活かしたサッカーによって、アジアでは強さを見せている。しかし、ワールドカップでは芳しくない結果と内容が続いている。

 日本も例外ではない。南アフリカワールドカップでは直前の変容によって、結果を残すことには成功した。だが、今までのワールドカップを思い出してみると、その差異に苦しんできた歴史が日本にもあるといっても過言ではないだろう。

 2010年の変容の中心点は、自陣に撤退して相手の攻撃を跳ね返すことにあった。足元の能力よりも、相手の攻撃を跳ね返すことを長所とするDFが必要となる戦い方だ。また、いざとなったら5バックに変化できるように、MF兼DFの選手がいれば、直前の変容も可能となる。

 しかし、ザッケローニの覚悟は砕けない。以上のような選手を選出せずに、攻撃に長所を持つDFとMFを中心に選出することで、本大会でも自分たちがボールを持って主導権を握るサッカーをすることを考えている。

■前線に8人を選出した理由

 世界のサッカー界では選手の大型化の流れがある。その理由は背の低い選手がいれば、その位置から空中戦を仕掛けられて突破点を作られてしまうからだ。ただし、空中戦を仕掛けるには、流れの中でボールを支配する必要がある。キーパーが手でボールを持ってから蹴る、またはゴールキックなどの場合は、空中戦に向けた準備をする時間が守備側に与えられる。マッチアップ相手の変更、空中戦後の予測ポジショニングの調整が可能なので、空中戦を狙われたとしても、容易に危機的状況にはならない。

 問題は相手がボールを支配している状況のときだ。攻撃をいつ開始するかを決める決定権を相手が得られれば、日本のDFの高さ不足は危機的現象となって現れるだろう。その状況に日本ができることは2つだ。背の高い選手を連れてくるか、相手からボールを奪い返すか。ザッケローニの選択は、言うまでもなく後者である。

 相手からボールを奪い返すにはどうしたらいいか。

 ボールを保持していない時は、積極的に前線から連動して相手を追いかけ回す。相手に攻撃を仕掛けるタイミングを自由に決めさせることのないように、ボールを持っている選手にプレッシングをかけ続ける。相手がGKまでボールを下げれば成功といえるだろう。
 
 理想的なのは相手陣地でボールを奪い、スピードにのった攻撃を仕掛けることだ。引いた相手を崩すことは難しい。この戦い方で問題が出てくるのは、前線の選手の運動量過多だ。彼らが少しでもサボれば、前線のプレッシングに連動しているDFとGKの間に生まれたスペースを相手に利用されてしまう。

 つまり、大切になってくることは運動量過多になる彼らのコンディション維持にある。むろん、ワールドカップが始まる前のコンディション調整がうまくいくことは大前提だ。その上で、前線の選手たちのコンディションを維持するには休息を与えるしかない。
 
 そのために、ザッケローニはSH、トップ下、CFのポジションに8人の選手を選出した。ガス欠覚悟で彼らが走り回る姿がピッチに現れるだろう。日本の弱点である空中戦の機会損失のため、さらに、日本の長所を発揮するために、前線からのプレッシングは行われる。

 ボールを保持しているときは、ときにはゴールを目指さないことも重要になってくる。相手に攻撃機会を与えないためには、相手にボールを与えないことが大切だ。もちろん、自陣でのミスは失点に直結するだろう。そのリスクを最小限にするために、ミスをしない確率の高いDFが選出されている。

■青山敏弘はなぜ選出されたのか?

 ボールを保持しているだけでは、得点を奪うことができない。この点で、遠藤の代役に青山を選出したことは非常に興味深い。遠藤に比べると、青山は一撃必殺のパスを持っている。その必殺技によって、クラブでは佐藤寿人のゴールを何度も演出している。東アジア選手権においても、この佐藤寿人との関係性を彷彿とさせる場面を柿谷とのコンビネーションで作ることに成功している。

 遠藤のプレーから本田、香川にボールが入ることで、日本の攻撃はスピードを上げていく。しかし、相手が慣れてくれば、その攻撃に変化をつける必要がある。遠藤という選手は、その攻撃に変化を加えられる選手だが、青山の長所も見逃せないだろう。日本の攻撃に相手が慣れてきたときに、柿谷と青山がピッチに同時にたてば、相手に的を絞らせない攻撃をすることができるようになる。

 この位置に守備的な選手を選出することで、相手のカウンター対策、攻守の切り替えに備えることもできた。つまり、ボールを保持することを攻撃のためのみに使い、その仕掛けた回数の数だけ発生する被カウンターに対するリスク・マネージメントを考慮した選出だ。しかし、ザッケローニの覚悟は砕けない。遠藤と青山を選出することで、出来る限り主導権を握った戦い方をするという、断固たる決意を示している。

 しばらく代表から遠ざかっていた大久保嘉人の存在も大きい。本田と香川が中盤の構成に参加することが、日本代表の試合で頻繁に起きる現象として挙げられる。彼らが中盤の位置まで下りることによって、相手の守備の基準点をずらし、ボールを前進させることがこのプレーの狙いだ。

 もちろん、その位置にいる選手たちだけでボールを前進させることが理想だ。本田や香川がポジションを下げれば、彼らがゴール前でのプレーに集中できなくなってしまう。しかし、大久保も同じタスクをこなせる選手だ。大久保がこのタスクをこなしてくれれば、本田と香川にゴール前での攻撃に集中することができるようになる。さらに、本田と香川、大久保が代わる代わる中盤を助けるようになれば、相手の守備の基準点はますます狂っていくだろう。

■長身CFの不在理由

 相手の身体とぶつかり合うような単純なフィジカル勝負、身体のぶつかり合いで、日常のように世界と戦えるかというと、簡単な話ではない。だったら、フィジカルコンタクトを避ければいい。相手を背負わないポジショニングで、ボールを呼び込めばいいのだ。

 例えば、香川は相手を背負うのが得意な選手ではない。昨シーズンに行なわれたCLのレアル・マドリー戦では、セルヒオ・ラモスにフィジカルで潰されるシーンが何度も見られた。ただし、相手を背負わずにボールを受けるポジショニングと、わずかなスペースでも前を向くことができる技術を装備しているので、香川は世界と戦うことができている。

 相手を背負わないようにするためには、何が必要になってくるか。ボールを呼び込むための予備動作を、個人で行うのは言うまでもない。しかし、相手の守備の枚数や基準点をずらせないことには、レアル・マドリー戦の香川のように相手に捕まってしまうことが多くなってしまう。そのため、相手の守備の状況に応じ、オフ・ザ・ボールの動きによって、自分たちの形を変化させる必要がある。

 そういったフィジカルバトルで世界とやりあえる選手はいない、とザッケローニは考えたのだろう。長身CFがいなければ、DFからのハイボールを蹴りこむ形は見られなくなる。せめて相手からファウルをもらうことができれば、そのプレーに価値も生まれる。しかし、該当者がいない。

 DFからのロングボールがなければ、相手のプレッシングと真っ向からの正面対決となる。そのときに青山か遠藤がピッチにいなければ、この局面はまったく勝負にならないだろう。深さを作るという意味で、GKにビルドアップ能力を求めることも考えられる。そのときは、川島と西川の序列がひっくり返るかもしれない。
 
 セットプレーの守備において、長身系CFは相手との競り合いや、ニアを埋める貴重な人員となる。しかし、長身系CFはいない。それならば、相手にセットプレーの機会を与えなければいい。そのためにはボールを握り、主導権をもって攻撃を仕掛け続ける必要がある。

 また、試合の終盤に相手がボールをひたすらに放り込んできた時はどうすればいいか。そのときは森重、酒井宏樹の出番である。本人は嫌がるだろうが、本田圭佑も同じ仕事ができるだろう。あまり想像したくないが、日本がパワープレーを仕掛けるときは、吉田が最前線に上がっていけば良い。

■これは我々の試合だ

 多くの記者会見で、ザッケローニは何度もコンディションに言及してきた。コンディションが良ければ、このチームはどんな強豪を相手にしても自分たちのスタイルで渡り合えると。自分たちのスタイルを実現するためのメンバーを、ザッケローニはまっとうに選出したと言える。あらゆる状況に対応できるように、様々なタイプの選手を選出することも考えられたが、ザッケローニは自分の言葉に殉じた格好となった。いわゆる背水の陣である。

 あとは我々の心が砕けないことを祈る。
 
らいかーると
あるアマチュアチームの監督。試合分析に特化したブログ
「サッカーの面白い分析を心がけます」が多くの支持を集め、
ファンのみならずサッカーコーチにも多くのファンを持つ。
 
Twitter:@qwertyuiiopasd
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