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「ベトナムのレベルが低いという印象はない」三浦俊也(ベトナム代表監督)×幸野健一対談(前編)

 COACH UNITED編集部です。アーセナルサッカースクール市川代表・幸野健一さんが毎回ゲストを迎えてお送りする対談シリーズ『幸野健一のフットボール研鑽(けんさん)』、今回のゲストはベトナム代表監督・三浦俊也さんです。
  
 大宮、札幌、神戸、甲府などのJクラブを歴任した三浦さんが、新天地として選択したのはベトナムでした。取材が行われたのは、その就任が発表され慌ただしく準備を整えておられる最中のこと。三浦さんが、ベトナムを選んだ思いとはどういったものがあったのでしょうか? 早速ご覧ください。(取材・文 鈴木智之 写真 COACH UNITED編集部)

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幸野健一(以下、幸野) ベトナム代表監督就任が決まり、数日後には日本を離れる中、お時間を頂きありがとうございます。ベトナム代表監督に就任することになった経緯はどのようなものだったのでしょうか?

三浦俊也(以下、三浦) 日本サッカー協会から、『ベトナムサッカー協会が新しい監督を探している』という情報が寄せられました。契約自体に日本サッカー協会が関わっているわけではないのですが、入り口はそのような形です。ベトナム代表チームは、以前まではドイツ、ポルトガル、ブラジル等の監督を招聘していたのですが、今回は日本人監督に来てもらいたいと。アジア各国に行くとよくわかるのですが、日本に対するリスペクトが非常に強いんですね。日本のサッカーはすごいブランドなんです。何人か候補の方がいたようですが、最終的に私を選んだというのが経緯です。

幸野 これまでに、日本人指導者がフィリピン、ラオス、マカオなどで代表監督を経験していて、ステップとしてはすばらしいものだと思います。三浦さんの中で、日本以外の国で指導者としてやってみたい気持ちはあったのですか?

三浦 それはありましたね。Jリーグではコーチを2シーズン、監督を11シーズンやりましたが、日本国内のマーケットを見るとJ1でいえば監督のイスは18しかないわけで、その中に外国人監督が数名います。その枠を取り合うのもひとつのやり方ではありますが、個人的にはマーケットを広げなければいけないと感じていました。海外で指導をしたい気持ちを持っていたので、英語の勉強は続けていましたし。サッカーはグローバルなスポーツなので、チャンスがあれば海外で指導をしてみたいと思っていました。

幸野 アジアに目を向けると、岡田武史さんが2013年まで中国・杭州緑城で監督をし、加藤好男さんはタイ代表のGKコーチを務めています。日本のサッカーが世界基準になる上で何が大切かと考えると、選手だけでなく、指導者も海外に出ていく必要があると思っています。いきなりヨーロッパに行くのはハードルが高くても、アジアに出て実績を上げてステップアップしていく。三浦さんはその先駆けだと思うので期待していますし、がんばってほしいと思います。ベトナムではフル代表だけでなく、五輪代表も兼務されるのですか?

三浦 そうですね。ベトナム代表にとっての大きな大会は、11月から12月にかけて行われるSUZUKI CUPです。これはASEANの中で一位を決める大会なのですが、彼らにとってのワールドカップのような位置づけです。もうひとつが、SEA ゲームというU-23のASEANの大会です。ベトナム代表の実力的には、まだワールドカップやオリンピックに出るのは難しいので、この2つの大会がメインになります。私に課せられた最初の役割は、今年のSUZUKI CUPで結果を残すこと。国民が熱狂する大会のようなので、いまから楽しみです。

幸野 中東にあるガルフカップなど、日本には馴染みがなくとも熱狂的な盛り上がりを見せる大会はありますよね。私はアジア各国にサッカーの視察に行っていますが、タイのリーグも想像を絶するぐらい激しく、熱狂的です。ベトナムといえばレ・コン・ビン選手が有名ですね。

三浦 2008年にベトナムがASEANでナンバーワンになったときに大活躍したのがレ・コン・ビンで、日本の関係者から「この選手はいいんじゃないか」と評価されて、コンサドーレ札幌が獲得した選手です。(編集部注:2014年にベトナムへ帰国)

幸野 サッカー的にも社会的にも日本はベトナムよりも進んでいるわけで、日本人の基準で組織や選手を見てしまうと、レベルの差はあると思います。そこに適応するのは骨の折れる作業になると思いますが、どんなイメージを持っていますか?

三浦 代表チームのレベルの話をすると、2年前に神戸で日本とベトナムが試合をしました。1対0で日本が勝ったのですが、それほどクオリティが低いという印象はありません。Vリーグ(ベトナムの国内リーグ)の強豪は、外国人選手が中心になっています。ベトナムに帰化させているので彼らを代表にも呼べるのですが、政策として彼らは選ばないことになっています。そのあたりは日本とは違うので、慣れていかなければと思っています。

幸野 代表監督への風当たりも強いんですかね?

三浦 それは相当だと思います。就任会見のときに、メディアから「プレッシャーを感じないか?」という質問が出ました。色々な話を総合すると、各方面から相当な圧力がかかるんじゃないかと思っています。勝てば英雄、負ければ賊軍。日本もそうですが、アジアではまだまだ代表チームのプライオリティが高いですから。国内リーグよりも代表チームの方が注目されますよね。

幸野 東南アジアのサッカーファンは、自国のリーグよりもイングランドのプレミアリーグに熱狂しています。とくにタイなどはプレミアリーグに対する憧れが強くて。ベトナムもそうじゃないですか?

三浦 そうだと思います。契約交渉でベトナムに行ったときにホテルに泊まっていたのですが、ドイツ、イタリア、オーストラリアなど各国のサッカーが見られて、これはいいなと思いました。テレビをつけたら、サンフレッチェ広島がオーストラリアのクラブと対戦しているACLの試合が放送されていましたから。

幸野 ACLの話が出たからうかがいますが、Jリーグ勢はベスト16で敗退してしまいました。JリーグのクラブがACLで勝てなくなってきた原因をどう見ていますか?

三浦 日本サッカーのレベルが上がっているのは間違いないのですが、Jリーグのレベルが少しずつ下がってきているのが、大きな原因ではないでしょうか。

それには3つ理由があって、ひとつは多くの日本代表選手が海外でプレーしていること。2つ目は外国人選手の質。ACLで上位に来るクラブには、日本でプレーする外国籍選手よりもクオリティの高い選手が多くいます。日本には中東や中国の一部のクラブほど、高いサラリーを提示できる資金力がないことが影響していると思います。3つ目がチーム数の増加です。J1が18、J2が22チームあります。これによって戦力が分散していますよね。

ACLに関して言うと、クラブにとってのインセンティブが少ないのも問題です。試合をするたびに、クラブは赤字になるんですね。ACLとリーグ戦を勝とうと思ったら2チーム分の戦力が必要で、20人の優れたフィールドプレーヤーを揃えなくてはなりません。その分、費用がかかるのですが、回収できないんですね。昨年、サンフレッチェ広島はACLではなくJリーグのタイトルを狙いに行きましたが、選手層を考えると両方を獲りに行ったら、どちらもだめだったかもしれません。それは賢明な選択だと思います。

<後編へ続く>