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川澄奈穂美を育んだ川澄家の『教えない指導法』とは!?

※サカイク転載記事(2014年6月24日掲載)※

2011年7月17日。なでしこジャパンは、ドイツ女子ワールドカップで初優勝を飾りました。表彰台の上で、優勝トロフィーを高々と掲げるなでしこ選手たちは、ゴールドシャワーのような紙ふぶきを全身に浴びていました。その同じ時間、神奈川県大和市。市主催のパブリックビューイング会場で、1人の男性が喜びを爆発させ絶叫しました。「世界一のオヤジになったぞ!!!」。テレビでも新聞でも繰り返し紹介されたこの男性こそ、川澄奈穂美の父、守弘さんでした。いまでも、あの瞬間の感動を隠しきれない様子です。体育教師の資格を持ちながら、あえて教員にならなかったという守弘さんは、本人の表現でいう『教えない指導法』で娘の才能を育てたといいます。"世界一のオヤジ"は、どうやって世界一の娘を育てたのでしょうか。(取材・文/上野直彦 写真/金子悟)

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■「自分で考える」「考えを行動に移す」「自分から進んで解決する」が大事

「ぼくの教育法というのは『教えない指導法』と表現しています。分かりやすくいえば子どもの自由にやらせる、最低限の注意だけを与えて親はあれこれ口を出さない。これを徹底的にやって、子どもの『自主性』を高めるんです」

川澄選手が学生の頃は、毎年のように家族でスキーに出かけていました。娘を初めてゲレンデに連れて行ったとき、守弘さんはケガをしないためのポイントだけを注意すると、目の前で一度滑って見せます。あとは「やってごらん」と告げるだけ。娘が転倒しようと、とんでもない方向に滑ってしまおうと見守るだけです。この「教えない指導法」でスキーを習得した川澄選手は、後にスキー検定1級を取得しています。ちなみに、「体幹の強さ、バランスの良さは、スキーのおかげでもあるのでは」とは、守弘さんの分析でもあります。

サッカーもまったく同じです。「サッカーでも『最初はインサイドキックから』といいますが、わたしはまずボールを与えて、とにかく自由に遊ばせました」。

それでも、小学校2年で地元の少女チーム「林間SCレモンズ」に入団したころには、ボールコントロールや蹴り方などを身につけていたといいます。誰かに指摘や注意されることなく感覚的に身についた技術は、自由で溌剌とした現在の彼女のプレーにつながっています。

■小学生時代、監督に選手交代の指示を出していた川澄

この指導法によって、川澄自身には小学生の頃から、「自分で考える」「考えを行動に移す」「自分から進んで解決する」という習慣が自然と培われていきました。

林間SCレモンズの加藤貞行代表は、小学6年生当時の川澄をこう振り返ってくれました。
「小学生のサッカー大会では、保護者や指導者たちは大会運営に追われて忙しいんです。そんなとき、うちのチームは『ナホ(川澄)、頼んだぞ』と彼女に伝えて、私は大会の運営側へ。ナホは対戦相手をじっくり観察して、先発メンバーやフォーメーション、戦術までを決めてくれました。そのように、子どもたちだけで勝ってしまった試合もあるんですよ。また、試合中に監督に向かって選手交代の指示を出したこともあったぐらいです(笑)」

先ほどのスキーの話では、こういうおまけエピソードもあります。スキーの準備における荷物のパッキングは大人でも面倒な作業です。それを、川澄選手と3つ年上の姉には、小学校の段階で、すべてひとりで準備できたそうです。誰からも指示されないのに。

「たとえば『明後日スキーに行くぞ!』と事前に言っておきます。そうするとナホも姉も、ぼくから言われる前に、用具も着替えも全部自分で準備していました。手がかからなかったですね」。

守弘さんは当時を懐かしそうに話してくれました。

また、これは余談ですが、家庭内では姉妹が当番で小学校に上がる前から、クリーニング屋に洗濯物を届けたりゴミ出しをしていたといいます。小学校に上がってからは、お風呂の掃除当番を割り当てられ、高校までその習慣を続けていたそうです。そして守弘さんは、当番を終えた川澄に必ず「ありがとう」の一言を忘れませんでした。

■「スポーツ」と「体育」の違いとは

守弘さんは、こうも言っています。

「サッカーだけではなく、いまはすべての面で親や教師が口を出し過ぎているように思います。それで子どもたちが幸せになればいいのですが......」

マニュアル主義、詰め込み式、指導者が言うことを聞かせる...それは、スポーツ本来のあり方からも、教育という観点からもかけ離れていると守弘さんは考えています。いまの世の中の風潮について、とても心配があるようです。

守弘さんが大学卒業後に体育教師に進まなかったのには理由がありました。家庭の事情もあったのですが、学校体育があまり好きではなかったからです。

「『体育』の授業というものに、あまり馴染めませんでした。たとえば海外のサッカークラブなら、下部組織の若手がトップチームの選手のプレーを直に見られる環境が整っています。そして、週末にはクラブの試合を町中の人が集まって応援する。これは素晴らしいスポーツ環境だと思います。極論かもしれませんが、日本にはまだスポーツを楽しむという文化が根付いていないような気がしています。だから、娘たちにはまずスポーツを楽しんでほしかった」

スポーツと体育。近いようでその差は大きいかもしれません。「教えない指導法」には、守弘さんなりのバックボーンや哲学があったのです。そこには、スポーツを心から楽しむという精神が根底にあるように感じられます。

いずれにしても、川澄家の『教えない指導法』は、子どもの自主性を育てるために大いに役立っていることは、川澄選手本人の活躍が証明しているでしょう。

■何より一番大事なことは「感謝する心」をいつも持つこと

その他に、娘さんにアドバイスしたことは他になかったのでしょうか。

「ないんですよ、それが。人に説教するのが大嫌いなので(笑)。ただ、ひとつあるとするなら...、高校のときU-19日本代表に選ばれて、初めての代表合宿に行くときでした。『日本代表に選ばれたら、遠征や合宿が何度かあるはず。それにかかるお金のごく一部に、サッカーをしている小さな子どもたちが払った登録料からも使われてる。だから、サッカーをするときはいつも感謝してプレーするように』って。それぐらいですね」と、守弘さんは照れながら話す。

じつは川澄選手、このエピソードをいまでもしっかり覚えていました。彼女はこう話しています。

「あの日、父親に言われてからサッカーだけでなく毎日感謝の気持ちを持っています。自分は、どんな状況になってもすごくポジティブでいられる性格だと思いますが、きっと『感謝する気持ち』がベースなんだと思います」。

移籍先のアメリカでも、日本代表でも活躍を続け、異彩を放ちつづける川澄奈穂美。その深い部分には、親と娘の深い絆があるようです。

■バースデーゴール! 父親がもらった最高のプレゼント

最後に川澄親子を語る上で面白いエピソードがあります。

川澄選手は大学卒業後にINAC神戸へ。これも彼女がひとりで兵庫に練習見学に行って、ひとりで決めてきたことでした。ただ、父親としては、長い間神奈川で育った娘が関西に行くことに不安がないわけではありません。しかし、入団から2ヶ月後の6月、アウェイのマリーゼ戦(場所は福島のJヴィレッジ)で、父親は思わぬプレゼントを受け取ることになります。

その日、試合開始前から降り続いていた雨は一向に止む気配もなく、終始雨に打たれるピッチコンディションでした。後半25分、投入された川澄選手は悪条件の中にも関わらず、たった3分後にゴールを決めます! それは、自身のなでしこリーグ初ゴールでした。そして、この日は偶然にも父親の誕生日でした。

「あれは、でき過ぎでしたね(笑)。試合も2―5の圧勝でしたし。最高のバースデープレゼントでしたよ、正直泣けましたね...」

偶然とはいえ、こういう形で父親の誕生日のお祝いをするのが、いかにも川澄選手らしい。目には見えませんが、親と子の絆の深さを感じさせるエピソードです。

来年はいよいよカナダで女子ワールドカップが開催されます。

日本サッカーの歴史で初めて"連覇"をかけた戦いが始まります。おのずと川澄選手の活躍に注目が集まりますが、守弘さんのスタンスは前回のW杯前から一切変わっていません。
「とにかくサッカーを楽しんでほしい。うちはいつも娘にすべて任せてます」。

今日も川澄選手はアメリカのピッチをところ狭しと駆け回り活躍を続けています。来年のカナダでも、サッカー少女がワクワクするようなプレーを見せてくれるでしょう。ただ、これから彼女のプレーを見るとき、その背景には親の存在があることを知っていてもらいたいです。

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