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スペイン指導者の視座から読み解くJFA「2015日本代表強化指針」前編

4月末、JFA技術委員会より「2015 日本代表強化指針」が発表された。霜田正浩技術委員長はメディア向けのブリーフィングの中で、『原点回帰』『Japan's Way』『世界基準へ』という3つの柱を示した上で詳しい説明を行なっている。すでにJFAの公式サイトで一般公開されている報告資料はすべての指導者にご一読いただくとして、ここでは内容を概観した上で、こうした強化指針をグラスルーツの指導現場でどう受け止めるべきかについて考えてみたい。(取材・文/小澤一郎 写真/E.N.K

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■スペインに「強化指針」の受発信はあるのか

『原点回帰』については、「ゴールに向かう意識」「ボールの奪い合いの攻防で勝つ」「ペナルティエリア内の質の向上」という3要素が挙げられ、霜田技術委員長からは「点を取る、点を取らせないというサッカーの本質に立ち返ることが一番の目的」という説明があった。ボールの奪い合いの攻防の要素を意味する新しい用語として「Duel(デュエル)」が使われ、1対1におけるボールの奪い合い、攻防の重要性が述べられた。

『Japan's Way』においては、「スピード&テクニックで勝負する」「コレクティブに闘う」「運動量/走力で圧倒する」という3要素を挙げ、ザッケローニ、アギーレという代表監督の時代から踏襲されてきた「日本人のストロングポイントを活かす」サッカーが強調されている。そして最後の『世界基準へ』の柱では、「課題の克服」と題して「フィジカルの更なる向上」「戦術的柔軟性」「勝者のメンタリティ獲得」という3要素が挙げられ、ここでも前述のDuelを使いつつ「Duelでの勝負強さ、簡単に倒れない球際の部分」が強調された。

今回、これらの強化指針の読み解き方について協力を仰いだのは、現在スペインのバレンシアで指導者として活動し、スペインサッカー協会公認中級ライセンス(レベル2)を保有する尾崎剛士氏だ。あえて海外で活動する日本人指導者に話を聞いた理由は、「そもそも海外のサッカー協会はこうした類の発信をしているのか?」「そもそも海外の指導者は協会から何かを発信してもらいたいと考えているのか?」ということを知るためだ。

その疑問に尾崎氏は開口一番「スペインではどちらもないですね」と答えてくれた。

「州の協会レベルではあるかもしれませんが、基本的にスペインでは指導者がコーチングスクールでサッカーを学び、『サッカーとはこういうものである』という原理原則とサッカーの幅について学びます。その中からプレーモデルを選択し、トレーニングするのは指導者自身であるという考えが強いですから、たとえばいまの日本で『縦に早い攻撃』『カウンターサッカー』が強調されているとしても、スペインの指導者は『それはサッカーの一部でしかない』という受け取り方をすると思います。なぜなら、スペインのコーチングスクールでは、『縦に早い攻撃』を含む攻撃の4タイプと、カウンターの2タイプの計6タイプをレベル1の授業で学んでおり、それを自身のチームの選手・対戦相手・ピッチ条件等に合わせて使い分けているからです。前述のとおり、攻撃には全部で6タイプありますので、いまはその中の1つのことを言っていますよ、それ以外に5つのタイプがあり、それを状況により使い分ける必要がありますよ、というふうに全体を示した上で話をしないと、全体像を知らない指導者はその一部を『全て』と捉えてしまう危険性があります」

■代表チームが変わろうと育成は変わらない

実際、「自分たちのサッカー」がひとり歩きした2014年のブラジルW杯以降、日本ではその揺り戻しのように、「縦に早い攻撃」「球際」「ハードワーク」といった今回の強化指針に通ずる内容が強調されるようになった。またブラジルW杯後の日本代表監督にアギーレ、ハリルホジッチが就いたことにより、こうしたフレーズのメディア露出も増えている。そして筆者が取材をしていても、日本の育成年代ではすでに揺り戻しの傾向や現象が出始めている印象を受ける。ポゼッションに偏り過ぎだった育成環境下で、異なるサッカーが出てきた点はポジティブに受け止めたいが、今後は急速に逆方向へと針が振れていくことで、代わりに見失うものも出てくるのではないかと危惧している。

一方、スペインは前回王者として臨んだブラジルW杯で日本以上のショッキングな敗退を喫し、その少し前にはクラブレベルでグアルディオラ監督が率いたFCバルセロナがひとつのサイクルを終えた。しかし尾崎氏が活動するスペインの育成年代では、トップレベルで起こっている結果やトレンドに左右されないサッカーや指導が根付いているのだという。

「スペインの育成は全然変わっていません。自分たちのできることをリーグの中でやっていくというスタンス。そういう意味ではすごく現実的です。たとえば、表現として『アトレティコ・マドリードのように走れ』といった言い方をする指導者もいますが、トップレベルで選択されているサッカーがチームのプレーモデルになるかというと、それはまた別の話です。むしろスペインのグラスルーツの指導者たちは、監督である自分が選手を分析し、チームのプレーモデルを作り、プレーモデルや戦術原則に合わせてトレーニングを行ない、チームに落としこんでいこうとします」

だからこそスペインでは、「サッカー協会はどう考えているんだ?」「スペインサッカーの方向性を示して欲しい」といった話自体が出てこないのだという。それよりも指導者間では、「自分のチームがどうなのか、自分たちはこういう目的でサッカーをやっていて、こういうトレーニングをやっている」という論点で会話されている。そうしたスペインの指導現場について尾崎氏は、「要するにスペインの指導者は、自分が率いる選手、クラブ、グラウンドといった環境を元にトレーニングを、そしてチームを作っていく。だから自分のチームや所属しているリーグ以外のことはさほど興味がないし、それゆえ目の前のチームと指導に集中できているわけです」と説明する。

次回の後編では、尾崎氏に今回の強化指針の内容を見た率直な感想や、スペインの指導者がトレンドや情報に左右されない理由などについて詳しく聞いていく。

スペイン指導者の視座から読み解くJFA「2015日本代表強化指針」後編>>

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尾崎剛士(おさき・つよし)
1983年4月3日生まれ。愛媛県出身。筑波大学蹴球部所属時代から少年サッカー指導者としての活動をスタート。選手を引退後は大学院に進学、その後大手企業に就職し、サッカーの現場から2年離れるも、2010年から町田高ヶ坂SCにて指導を再開。脱サラ後の2011年秋にバレンシアに渡り、地元の名門街クラブのひとつアルボラヤUDで第2監督として指導を始める。2014-2015シーズンはU-18の第2監督とU-10の監督を兼任した。スペインサッカー協会公認中級ライセンス(レベル2)保有。