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選手をあずかる指導者のための「脳震盪」対処講座

8月、『指導者のための緊急対応講座~脳震盪の基礎知識とその対応~』と題された指導者向けセミナーが行なわれました。登壇者は、ドイツの「スポーツリハ=ベルリン」でブンデスリーガやナショナルアスリートの治療・リハビリ・トレーニング指導に携るなど、現場経験豊富な理学療法士の岡田瞳さんと、ラグビー・アメリカンフットボールでの選手経験を活かし、スポーツ選手の脳震盪の啓発活動を行なう熊崎昌さん。今回はサッカー指導の現場でも起こりうるケースの対処法について詳しくご紹介します。(取材・文/大塚一樹 写真/Jon Candy

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■あなたは"あの現場"で選手を止められますか?

「現実的にはどうでしょう? 現場で自信を持って、適切な対応ができるでしょうか?」

この言葉は、近年スポーツ界で話題になることが増えた脳震盪関連問題を振り返り、実際の例を取りあげて検証しながら、理学療法士の岡田瞳さんが受講者に問いかけたものです。

「国際舞台で起こった問題やそのときの対応について、『なぜ続行させたのか?』『私があの場にいたら止められた』という意見をたくさん耳にしました。たしかに救急処置として非の打ちどころのない適切な対応がなされていたのかと問えば、疑問が生じる部分も多々あります。しかし報道で目にした事実やそこで得た少ない情報以外にも、実際の現場にはさまざまな事情があり、その場にいた人間にしか分からない現実があります。」

岡田さんは、救急処置そのもの以外にも、緊急時に備えてさまざまな状況をシミュレーションした上で準備をしなければならないと発言を続けます。

「大舞台になればなるほど、どんな状況であってもプレーを続行したいと思う選手は少なくないでしょう。そういったことも踏まえて、日頃から選手への教育やスタッフへの情報共有はしっかりと行なうべきです。また、スポーツ現場をより安全なものとするために、大会運営に関わるすべての人間が、適切かつ迅速な対応ができるように準備をしなければなりません。たとえば、一刻を争う事態であっても競技規則、大会規則、審判の判断などによりチームスタッフがすぐに駆けつけられないこともあります。選手やスタッフの間で共通の認識がなければ、プレー続行・中断の判断に正しい意見が反映されないこともあります。現場に関わるすべての人間が、こういった問題に対して改めて考えなければならないと思います」

岡田さんは今回の講演が「指導者のための」と銘打たれている理由、現場での実際の対応が重要なことを説明して、脳震盪の正しい知識とその対応を講演者の熊崎昌さんにバトンタッチしました。

■現場対応で注意したい「脳震盪にまつわる誤解」

熊崎さんがまず提示したのは、「脳震盪にまつわる誤解」というシートでした。

・頭を打ったから脳震盪
・脳震盪はラグビーだけの問題
・ヘディングも危ないらしい
・意識があるから大丈夫
・とりあえず1日休めば大丈夫
・脳震盪になると将来は...
・防具で予防できる

これらはすべて、大なり小なり誤解されて伝わり、スポーツ現場での脳震盪への対応を誤らせているというのです。

脳震盪とは、「脳への直接的、または間接的な外的衝撃によってもたらされる、一時的な脳機能障害」のことです。脳震盪が厄介なのは、MRIやCTスキャンなどの画像診断では問題が見られず、意識消失や健忘が起きないケースもあるため、見分けるのがとても難しいというところです。

「医務心得、つまりきちんとした知識がない人間が見分けるのが難しいと思ってください」と前置きしつつ、熊崎さんは豊富なデータをもとに、ラグビーやアメフトの現場だけでなく、サッカーやその他のスポーツでも脳震盪の報告例が増えている現状を示します。

「アメリカなどでは脳震盪への理解が進み、これまでは見過ごされていた例も脳震盪として報告されるようになりました。その結果、発生件数が増えているのです」

日本のサッカーの現場でも、こうした"隠れ脳震盪"がたくさんあるはずです。頭を直接打たなくても「脳が揺れる」ような衝撃が加われば発生するのが脳震盪です。頭を打った際に意識を確かめ、記憶のあるなしを確認するくらいのことは現場でもやっていると思いますが、それでは判断できない脳震盪もあるのです。

一昔前の医学界の常識では、脳震盪にグレード付けをしていました。軽度な脳震盪をグレード1とし、それより重度なものをグレード2と分けて、それぞれの対処を変えていました。しかし、脳震盪には軽度も重度もないということがわかり、グレード分けの考え方はなくなったそうです。熊崎さんは「軽度も重度もないので、脳震盪が起きたらただちに競技への参加を中止すべき」と強調します。

世の中に流布する誤解のすべては紹介できませんが、例として先述した内容について駆け足で説明していきましょう。

「脳震盪はラグビーだけの問題」
頭と頭をぶつける機会、身体接触が頻繁なラグビーで起きやすいことは間違いありませんが、サッカーでもボールのあるなしに関わらず脳震盪は起きています。

「ヘディングも危ないらしい」
ヘディングについてはさまざまな研究結果がありますが、最新の研究ではヘディングで脳に障害というデータはないそうです。しかし、子どもたちがヘディング技術を身に付けないまま、身体のサイズに合わないボールをヘディングした場合には注意が必要とのことでした。

「意識があるから大丈夫」
意識消失を伴うケースはわずか10%で、頭痛、集中力の欠如、めまい、吐き気、疲労感、それ以外の症状も併せて考える必要があるそうです。

「とりあえず1日休めば大丈夫」
休養時間については、各症状が一度に回復するわけではないので、すべての機能が回復されると言われる10日を目安に様子を見た方がいいとのこと。

「脳震盪になると将来は...」
後遺症との因果関係は明らかになっていないそうですが、早期復帰による再受傷などでさらに重い症状を引き起こすことも。

「防具で予防できる」
防具(ヘッドギアやマウスガード)で脳震盪を防ぐことができるという明確な証拠はない。

■指導者必携! 脳震盪判定のためのツール

脳震盪についての基本的な知識を身に付けたところで、講演の冒頭で岡田さんから示された「では現場はどう対応するか?」という問題が生じます。熊崎さんは、「すでに示されている国際的な診断基準を手がかりにしてほしい」と、IRB、FIFAなども採用しているSCAT2(Sport Concussion Assessment Tool 2)や、その簡易版であるポケットSCAT2を紹介しました。

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SCAT2は10歳以上の選手に用いることのできる、脳震盪を受傷した選手への評価基準です。自覚症状だけでなく、認知や平衡機能を総合的に評価することで脳震盪の有無を客観的にチェックできます。平常時に評価を行ない、選手が身体接触を起こした際のデータと比較することで、さらに評価が正確になります。ポケットSCAT2はその簡易版で、試合中や即時判断が必要な場合に使用するものです。

「実際の脳震盪評価にあたっては、意識消失や健忘を聞き取っただけで自己判断をし、脳震盪を見過ごしているケースも少なくありません。SCAT2を用いることで、高度な専門知識を持たない人であってもある程度の評価を行なえます。評価の仕方によってブレが出ることもあるので、平常時にこうしたデータを採る練習をしておきましょう」

SCAT2ポケットSCAT2の詳細は、日本ラグビー協会のサイトからダウンロードが可能です。現場の指導者のみなさんはぜひこれを活用し、脳震盪の対応、準備をしておきましょう。

「それでも選手が絶対に出る! まだやる!と言ったらどうするんですか?」。

現場をよく知るお二人だからこその会話ですが、講演終盤、岡田さんが熊崎さんにこんな質問をしました。「難しい質問ですねえ」。研究だけでなく現場で研鑽を積んできたからこそ、熊崎さんも簡単には答えられません。

「プロはまた違う判断があるのかもしれません。それでも、止めなければいけない場面は必ずありますね」

育成の現場では言わずもがな。成長段階の彼らに、自分の身体以上に大切なものなどあるはずもありません。正しい知識と判断で脳震盪を事前に防ぎ、起きてしまった場合にはまず試合から離し、十分な休養を取ることを徹底する。多くの人が頭部へのダメージには慎重になるにもかかわらず、判断をミスリードする誤解が広まっている脳震盪を理解して、正しい対処方法を学びましょう。


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熊崎昌(くまざき・あきら)
早稲田大学スポーツ科学部,同大学院スポーツ科学研究科にてアスレティックトレーニングやスポーツ医学を専攻。大学院卒業後は、国内において大学・社会人ラグビーチーム、高校・大学アメリカンフットボールチーム、高校・大学サッカーチームなどさまざまな年代のスポーツ競技にてアスレティックトレーナーとして活動しながら、複数の専門学校において講師を歴任。またトレーナーとしての経験だけでなく、自身のラグビー・アメリカンフットボールにおける選手経験を活かし、講演・セミナーにおいて脳震盪の啓蒙活動を行なっている。現在は、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士課程に在籍しており、スポーツ選手における脳震盪をテーマに研究も行なっている。

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岡田瞳(おかだ・ひとみ)
筑波大学在学中にスポーツ医学を専攻し、アスレティックトレーニングの基礎を学ぶ。卒業後は単身ドイツに渡り、現地で理学療法士免許を取得。その後アスリートのコンディショニングに特化したスポーツクリニック「スポーツリハ=ベルリン」にてブンデスリーガやナショナルアスリートの治療、リハビリ、トレーニング指導に携り、同時にさまざまなブンデスリーガクラブの専属フィジオとしても活動。2012年、約7年半のドイツ生活に終止符を打ち、2012年FIFA U-20女子W杯をきっかけに帰国、FIFAメディカルスタッフの一員として活動。2013年春、厚生労働省より特例認定を受け、日本でも理学療法士免許を付与される。現在は株式会社アレナトーレに所属し、医療法人社団SEASONS 自由が丘整形外科非常勤、パーソナルトレーナー、通訳、各種講習会講師などとして国内外で幅広く活動中。

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