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問題は追及しない! 北欧発『リチーミング』に学ぶチーム強化

 一人ひとりの個性を活かした上で、チームの成長につなげたい。

 チームスポーツであるサッカーでは、ピッチに立っている11人だけでなく、チーム全員が有機的に機能し、それぞれの役割を果たしてくれることが理想でしょう。
 
 チームをうまく機能させるためにはどうしたらいいか? こうした命題は、大人の社会でも長年取り組まれている世代を問わない共通の課題です。チームビルディングは、いまや社会における必須のスキルと言えます。

「リチーミング」(Reteaming)をご存じでしょうか?

 1980年代、北欧の国フィンランドは、隣接する大国、後に崩壊することになる旧ソ連の混乱により、経済が大きく冷え込んでいました。失業率二桁が常態化し、自殺者が急増しました。こうした社会的背景から生まれたのが、精神科医ベン・ファーマン氏と社会心理学者のタパニ・アポラ氏が共同で開発したチーム再生プログラム「リチーミング」です。

 90年代以降、急激に国力を上げ、自殺者も半減したフィンランドの再生を担った「リチーミング」は、現在では世界21ヵ国の企業研修で採用され、ノキアやマイクロソフト、ING、シーメンスなどの世界的企業でも活用されています。

 今日は、リチーミングコーチを養成する国内唯一の認定機関であるランスタッド株式会社EAP総研の川西由美子所長に、サッカーのチームビルディングにも応用できるリチーミングのノウハウを教えていただきましょう。

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■逆境をチャンスに変える いまある人材でチームを育てる「Reteaming(リ・チーミング)」

 リチーミングは、再びを意味する「Re」とチームを構築する「Teaming」を組み合わせた造語です。心理学をベースにストレスケアマネージメントの専門家として企業研修やビジネスコーチング、アスリートサポートを行っていた私は、従来のアプローチでは、1対1のカウンセリングでの成果が全体の成果につながらないこと、管理職研修で手応えを得ても一時的な効果に留まってしまうことに課題を感じていました。

 そんなときに出会ったのが、教育大国、IT大国として知られるフィンランド生まれのリチーミングでした。

 精神科医であるベン先生と社会心理学者であるタパニ先生が荒廃していたフィンランドを救うために取り組んだ、国家プロジェクトとも言えるリチーミングは、問題を突き詰めていく「問題志向」ではなく、「ありたい自分」に向かって明日からの一歩を決めていく「解決志向」を用いたチーム再構築のプログラムです。
 
 構成員が良くなれば組織も良くなる。サッカーの場合を考えれば、子どもたち一人ひとりの目標や成長に目を向けることでチームも同じように成長し、いい組織が構築できる。リチーミングはこれをフィンランドという国全体をひとつのチームとして捉えて、成功の導いたのです。構成員は国民全員。旧ソ連の崩壊、ユーロへの移行で混乱を極めた国の機能を次々とリチームし、いまでは世界から注目を集めるような"豊かな国"へと再生する一翼を担ったのです。

■いまある人材を活用する成長型のプログラム
 企業ではいつの時代も人材難が叫ばれています。結果が出ないのは人材のせい、自分が成長できないのは企業のせい。サッカーチームでも、コーチの側では良い選手がいない、選手が小粒、選手の側ではコーチが悪い、練習環境が悪いと言い合っているケースも多いのではないでしょうか。こうした悪循環をストップするためには、いまいる人材、環境で成果を出すしかありません。
 
 リチーミングは人材を入れ替えることが物理的に不可能な「国民」という大きな対象に対して結果を出してきたプログラムです。「ソ連が悪い」「ロシアが悪い」と言ってみても国の状況は良くなりません。チームに漂う嫌な空気、悪いサイクルを止めるには、人のせいにしても仕方がないのです。

■問題を追及せず、ありたい自分を思い描く解決志向
 日本では企業や組織の業績アップに徹底的に問題の原因を追及する「問題志向」が主流でした。問題志向の考え方はものづくりの現場では効果を発揮することが多いため、長らく目標達成の方法として用いられてきました。しかし、こうしたアプローチでは問題を追及するあまり連鎖的にそれまで現出していなかった新たな問題が生まれてきて、人を責めるようになり、お手上げ状態になることが多いのです。
 
 サッカーのプレーでも同じことが言えるかもしれません。

「なぜできないんだ?」「なぜ勝てないんだ?」と「なぜ?」を増やしても、問題は解決しません。解決志向のリチーミングでは「なぜ?」を「こうだったらいいな」という理想像に変換することからはじめます。

「ドリブルがうまくできない原因」や「パスがつながらない原因」を追求するのではなく、どういう風に現状を変えたいか、最終的にはどういうサッカーがしたいかをチームで共有出来るように選手一人ひとりを変えていくイメージです。

 解決志向については「サカイク」でもフィンランド式キッズスキルをご紹介していますが、リチーミングにも12のステップがあり、順を追って踏んでいけば結果を見出せるようになっています。

■心あるコーチが一人ひとりに寄り添ってチームを強化
 目標を決め、そのための手順や戦略、人材を配したはずなのに結果が出ないことは多くの組織でも頻発していることです。

 こうした組織に足りないのは、チームとしての機能です。上から押しつけられた目標や方法論は自分の目標ではなく、チームへの帰属意識も持てません。従来のアプローチに欠けているのは「一人ひとりに心がある」という単純な事実を見落としていることから生まれています。心に寄り添って解決へと導いていく。このことは精神科医として豊富な臨床経験を持つベン先生が特に注力した点です。ベン先生はチームを再構築する際にも「心ある人間がこのプログラムを実施すれば必ず成功します」といつも言っておられます。

 ここまでリチーミングの概要についてお話を進めてきました。このプログラムは世界中の企業で採用されていますが、チームスポーツの現場でも効果を発揮します。私自身、個人競技の側面が強い陸上競技にあって、独特な存在感を放つ駅伝競技において、名門・旭化成チームにリチーミングを導入し、成果を挙げた実例を持っています。
 
人間は心が動けば行動が変わります。チームの全員が未来に目を向け、前向きに歩むことのできるリチーミングプログラムは、将来ある子どもたちにとってもとても役立つプログラムです。

 では、どのようにして進めたらチームが再生し、強くなっていくのでしょう? 次回はリチーミングに用意された12のステップをご紹介します。


川西由美子(かわにし・ゆみこ)
リチーミングコーチ、キッズスキルアンバサダー。リチーミングコーチを養成する日本で唯一のトレーニング機関であるランスタッド株式会社EAP総研の所長を務める。多くのリチーミングコーチを育成し、日本での普及に努める。自身も数多くのアスリート、企業所属のスポーツチームをサポートした経験を持つ。