02.06.2014
Jリーグはミシャ・サッカーをどう攻略したか? 数的優位を巡る考察
面、線、点、スペース、角度......サッカーは様々な顔をもったスポーツです。<数>もまたその顔のひとつ。このコラムでは、サッカーの様々な顔のうち、日本サッカーを語る上でしばしば話題に上る『数的優位』について、実際の試合を分析することを通じて考えてみたいと思います。
■数的優位をめぐる攻防:2013年J1第20節 名古屋対浦和
現在のJ1において『数的優位』の代表的な存在といえば、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督(以下ミシャ監督)の率いる浦和レッズが挙げられるでしょう。数的優位の形成による攻撃の極端な例として、ミシャ監督のサッカーは特異な存在です。このサッカーと競い合うことで、日本のサッカーは戦術的に多様化しました。
では、相手チームがどう対応したのか? その内容を見ていくことで、『数的優位』というサッカーにおける相克がいかなる意味を持つものか、洞察を深めていく契機になるのではないかと考えています。ここでは、2013年のJ1でもその相克が最も如実に展開された試合のひとつとして、第20節の名古屋対浦和を題材に考えてみたいと思います。
■4バックのDFライン対5枚のアタッカー
まず、ミシャ式ラインアタックの基本構造を確認しましょう。ミシャサッカーでは、攻撃の最終局面で数的優位を恒常的に確保するため、5枚のアタッカーを4バックに当て込みます。内訳はCF+2シャドー+左右のWB。数的優位が最初から成立している状況でボールを支配し、5枚の連動で4バックのどこかに意図的にギャップを作り、フィニッシュのためのスペースを得るのが狙いです。
フォーメーションは1-4-1-5。その基本的な動き、狙いは以下図の通り。
図1の仕組みで生じるスペースを相手が埋め、最終局面での数的優位が作れない場合、以下図2のように増援が繰り出されます。
重要なのは、図1の動きです。得点に直結する、中央のCBに対して数的優位を作るための仕掛けが、ミシャサッカーでは復元的に準備されているのがわかります。
次に、名古屋の浦和対策について見ていきます。4バックのゾーンディフェンスを崩すことを目的に構成されているミシャサッカーの基本構造を、名古屋はその4バックゾーンにわずかな調整を施すだけで破壊しました。
この試合、上述図1の基本構造に対し、名古屋が採用した戦術的処置は以下の通りです。
DMFとSHはDFラインと距離を保ち、SB~CB間スペースへの人・ボールを抑制する位置に。同時に、そこをケアするタスクからCBを解放します。結果、CBを数的劣位にさらそうとする浦和の狙いを事前に封じることが可能になります。
ミシャサッカーのアタックにおいて、SB~CB間のスペースは生命線。これを自チームのWBによって操作できるということが、この戦術におけるフィニッシュワークの前提になっています。名古屋の分析担当は、「このスペースをいかに殺すかがカギだ。ただ単に、浦和にとってデッドスペースにしてしまえばいいのだ」と見抜いたに違いありません。
すると、防御に余裕が生まれます。カバーの選手が間に合うため、人をはがせば即ライン裏という状況ではなくなった浦和側が手数、時間をかけねばならなくなるのです。そうなると、ミスやボールカットを狙える機会が増えます。また、最終ラインを直接敵にさらすより前方......ペナルティエリアからより遠い場所でプレーが展開するため安全性も増し、より敵陣に近い位置、視野でカウンターへ移行できます。防御に深みも得られるのです。
この名古屋の差配では、図2におけるSBの増援とWBを組み合わせたコンビネーションに対しても守備者の数をそろえることができています。実際の試合では、名古屋はこの防御から効果的なカウンターを構成し、先制点を奪い、試合の主導権を手にしました。
■数的優位アタックを逆手に取った名古屋のカウンター構成
浦和はSBをWBのサポートに上げた場合、後方では人に付き、カバーが残る形をとります。
相手が使えるスペースを制限するのではなく3:2の数的優位を保つ形を取るのは、残された人数でカバーするスペースが大きすぎるため、人を直接見た方が現実的という理由からです。これは被カウンター時、浦和陣に危険なまでのスペースが残ることを意味します。実際、このシーンでは逆サイドのスペースをSB(森脇)が一人で見なければならない状態になっています。しかも森脇は2トップの一枚も見なければならず、ここを使われた場合は対応できない可能性の高い状況といえます。
名古屋は、浦和の攻撃を規制しつつ、同時に暴露されるこのスペースを効果的に突くカウンターを準備してきていました。最終的に名古屋は2-0で勝利。攻守において浦和対策を徹底、ゲームを戦術的に支配したのです。
■サッカーにおける数的相克をどう捉えるか?
浦和の攻撃に対し、通常の4バック・ゾーンディフェンスのやり方を調整するだけで対応しきったこの試合は、数的優位のロジックによって主要な攻撃を行なうことの問題点を垣間見せてくれます。
サッカーは広大なスペースに対し、人数を拡散的に配置するボールゲームです。どこかで人数をかければどこかで人数が足りなくなる。これは数的劣位に陥るということだけを意味しません。相手の意図と準備によっては、守備者のいない広大なスペースを相手の自由に明け渡すのと同義となります。
攻撃的なサッカーを行なうには、リスクを取ることが確かに必要です。けれども、そのようなスペースを敵手に委ねることが、魅力的なサッカーを実装する上で本当に必要不可欠なリスクなのか。他のやり方、考え方で躍動的な攻撃サッカーを作り上げることはできないか――。
攻守で数的優位を形成するということは、よく論じられます。戦術というものが、相手との差し合いを制して勝利を導くための術だとするならば、数的優位や同数、劣位など試合の展開上立ち現れる数的な相克は、それ自体が目的とされるのでなく、状況・戦術の要求に応じ、試合やピッチに現れる他の諸要素と結合した形で認識、追求されるべきではないかと思われます。その統合的な方法論をどう手にしていくか......サッカーを考える上で、そういう視点に今後意味が出てくるかもしれないと考えつつ、ひとまずこの稿を閉じたいと思います。
五百蔵容(いほろい・ただし)
株式会社セガにてゲームプランナー、シナリオライター、ディレクターを経て独立。現在、企画・シナリオ会社(有)スタジオモナド代表取締役社長。「物事の仕組み」を解きほぐし思考するゲームプランナー、シナリオライターの視点から、実際の試合や歴史的経緯の分析を通し「サッカーの仕組み」を考察していきたいと思います。