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間違った練習からマイスターは生まれない! ドイツの冬季トレーニング事情を探る

 徐々に和らいできたとはいえ、日本ではまだまだ厳しい寒さが続いています。一方、やはり厳冬に見舞われるサッカー大国ドイツでは、冬季の間に様々な取り組みが行なわれているようです。現地・フライブルクに住むサッカー指導者である中野吉之伴(なかの・きちのすけ)さんに、この時期におけるドイツのトレーニング事情について解説をお願いしました。

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 4年ほど前、私は敬愛する指導者であるデットマール・クラマーさんをロングインタビューする幸運に恵まれたことがありました。どの言葉も印象に残っていますが、その中で「ドイツには『練習がマイスター(チャンピオン)を作り出す』という言葉がある。しかし間違った練習からマイスターは生まれないのだ。正しい練習とは何か。それは試合環境を体感できる練習だ」という話に深くうなずかされたのを覚えています。
 
 練習とは、ただやればいいというものではありません。チームの状況、練習環境、選手のレベル・やる気、指導者の成熟度など、それぞれの条件下における最適な練習を模索する必要があります。試合で活きる技術を身につけるためには、できる限り試合に近い状況を練習に持ち込めるかどうかが重要になります。

 では、練習はどのように行なわれるべきでしょうか。今回は一例として、僕が指導者として活動しているドイツの一般的な育成層における冬期トレーニング事情を挙げさせていただこうと思います。


■アマチュアでも移籍期間が存在する!
 現在FIFAランキング2位、昨シーズンはチャンピオンズリーグ決勝戦でバイエルン・ミュンヘン対ボルシア・ドルトムントという同国対決が実現されるなど躍進著しいドイツですが、町・村クラブレベルではどのような取り組みが行なわれているのでしょうか?

 まず、ドイツのシーズンを説明します。秋春制のドイツではリーグ戦はだいたい9月の半ばからスタート、そのための準備期間は8月の中旬・下旬から始まります。その後12月で一度冬休みに入り、3月から6月が後季にあたります。
 
 ドイツにおける冬期は前半戦を振り返り、チームを分析し、後半戦に向けて調整し直す時期に当たります。場合によっては、冬の移籍市場を利用して戦力補強に動きます。アマチュアクラブ、育成層であってもプロのように夏と冬に移籍期間が設けられ、出場機会を求める子どもたちから積極的な「自己アピールメール」をもらうことも珍しいことではありません。僕がヘッドコーチを務めるFCアウゲンU19も1人選手を補強しました。

 一般的な育成層ではリーグ再開までの期間、ずっと激しい練習をするわけではありません。長いシーズン、メリハリも大切なので、この時期はしっかりと休息を取ることも重要なポイントの1つに挙げられます。ドイツでは特に小さいころはサッカーだけではなく、家族や友達との時間や、他のスポーツや芸術・文化と触れ合う機会を持つことも大切だと考えられています。
 
 例えば僕が研修していたブンデスリーガクラブのSCフライブルク・ジュニアユースチームでは、夏季準備期間中は夜遅い時間帯の練習はせずに、練習後に友達とどこかに遊びにいけるよう配慮していました。そうした時間を過ごすことでより豊かな人間性を形成することができるでしょうし、それはサッカー選手としての成長にも非常にポジティブに働きます。

 またこの時期のドイツは雪に覆われるため、グラウンドで練習が出来ないことが多いです。体育館や室内サッカー場での練習に切り替えたいところですが、さすがに自前の体育館を持っているクラブは殆どありません。他スポーツクラブとの共存となるため、充分な練習時間を確保できず、「この時期は休息」と割りきらざるを得ない事情もあります。


■ドイツでも進む「スペイン化」
 さて降雪量が減る1月下旬から2月にかけて、ようやくグラウンドでの練習も再開されます。ドイツでも(ドイツだから?)「まずは体力づくりだ!スタミナがなければ何もできない!!」といって近くの森へ走りこみばかりをする"にわか"熱血指導者もまだまだ多いようですが、最近ではプロクラブだけではなく、いわゆる町・村クラブの育成層でも、"試合で生かせる技術力"を身に付けるべく、ボールを使った練習が多く行われるようになりました。

 「スペインサッカー化」は何も日本に限った話ではありません。ドイツでも、盛んにスペイン代表やバルセロナのサッカーが参考にされています。ドイツサッカー協会とドイツプロコーチ連盟との共催でA級・プロサッカーコーチライセンス保持者対象に行なわれる国際コーチ会議ではここ数年、いかにスペインサッカーに追いつくか、いかにパス・思考スピードを上げるのかが、大事なテーマの1つとして掲げられていました。

 そうした意識はトップレベルにだけ限った話ではなく、縦に速いだけの伝統的なドイツサッカーからよりマイボールを大事にしたポゼッションサッカーを目指すクラブが、底辺層の町・村クラブレベルにも登場してきています。

 求めるサッカーが変われば、必要な練習も変わってきます。例えばパス練習一つをとっても、ドイツサッカー協会による積極的な情報開示の効果もあり、ただ向かい合ってパスを蹴り合うだけの練習から、スペースの中で動きながら最適なタイミングとスピードでボールを呼び込むといった練習が増えてきました。
 
 また小学生年代ではドイツも日本のように、少人数制サッカーが導入されています。その利点は、選手それぞれの一試合あたりのボールタッチ機会が増え、アクションへの参加頻度が増し、各個人の技術・戦術レベルを高めることにあります。
 
 これはU16(中学生)、U19(高校生)世代にも求められるものです。ミニゲームを練習により多く取り込むことで、試合に必要なボールを貰うための動き出し、スペースに入り込むタイミング、スピード・方向・リズムの変化といった駆け引きなどを学ぶ機会を与えることができます。
 
 ゲーム形式の練習でもっとも重要なのは守備意識になります。妥協しない守備へのアプローチがある環境だからこそ、攻撃での要求も高まり、密度の濃い練習を可能にします。年代を問わず、ミニゲームの持つ利点を最大限生かしていくことで、クラマーさんが語る「試合環境を体感できる練習」を実現することができるのではないでしょうか。


中野吉之伴(なかの・きちのすけ)
秋田県出身。1977年7月27日生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA-Aレベル)。SCフライブルクU15チームでの研修を経て、元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU16監督、翌年にはU16/U18総監督を務める。2013/14シーズンはドイツU19・3部リーグ所属FCアウゲンでヘッドコーチ、練習全般の指揮を執る。底辺層に至るまで充実したドイツサッカー環境を、どう日本の現場に還元すべきかをテーマにしている。


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