02.21.2014
ジュニア年代におけるコーチング理論を築いた人物、ホルスト・ヴァインとは?
中野吉之伴さんの記事にあるように、ドイツサッカーには停滞した時期があり、危機感を感じたドイツサッカー協会の内部では、「サッカーの原点に帰れ」という運動が起こりました。そのキーパーソンの一人として、ホルスト・ヴァインという人物がいます。
by stevendepolo
■旧西ドイツ代表のホッケー指導者
1941年に生まれたドイツ人のヴァイン氏は、元々は1970年代に旧西ドイツ代表のホッケーの指導者としてオリンピックでメダルを獲得するなど結果を出しました。その後、スペインのホッケー代表監督してスペインに渡り、バルセロナのINEFCなど体育大学の研究者および講師として活動。80年代にはそのメソッドをFCバルセロナに見出され、サッカーの分野に登用されました。現在は、カタルーニャ州の体育大学(INEFC)やアンダルシア州のサッカー専用の研究機関(CEDIFA)、ミュンヘン工科大学やミュンスター大学で教員をしています。科目の例として「集団プレーにおける方法と教授法」があります。
ヴァイン氏が育成機関のアドバイザーとして関わった組織は、スペインやオランダ、イングランドやドイツのサッカー連盟をはじめ、バルサ、インテルやビジャレアル、アーセナル、シャルケといったヨーロッパの強豪から、プーマス(メキシコ)、ウニバーシダード・カトリカ・デ・チリ(チリ)、ペニャロール(ウルグアイ)など中南米の名門クラブにまで及びます。
■サッカーに必要な脳内のシナプシスの繋がりを増やす
※シナプシス...シナプス。シグナル伝達などの神経活動に関わる接合部位とその構造のこと。
ヴァイン氏の教えの根幹は、"子どもの遊びである「ストリートサッカー」をトレーニングのなかに取り戻せ"ということです。興味深いのは、この考え方がドイツでは自国の停滞と他国の成功を見たあとで、逆輸入されたことです。灯台下暗しとはこのことで、氏の著作がスペイン語では2000年、英語では2004年、ドイツ語では2009年に出版されている、という順番を見るとおもしろいですね 。
サッカーやホッケーのようなオープンシステムのゲームにおける育成年代での「脳」の役割を、80年代から学術的に唱えていたのがヴァイン氏です。今ではおなじみになりつつあるプレーインテリジェンスや脳や視覚、神経系といった概念から、トレーニングにおけるゲームの重要性を強調した考え方も、この人のコンセプトが土台にあります。つまり、ゲームという「全体」を含んだ包括的な現象の中で、視覚や認知、判断および実行の技術を鍛えることを中心にしています。
脳や神経系、インテリジェンスといった概念を使いながらも、戦術的ピリオダイゼーションがプロも育成年代もカテゴリーを問わずに、いわゆるサッカーの質そのものを向上させることに特化しているのに対して、ヴァイン氏はより育成年代、子どもの成長に重点を置いているのが違いです。フットサル日本代表監督のミゲル・ロドリゴ氏がヴァイン氏に関して、「彼が世に発表しているものは、育成年代の指導に携わる人の必須科目とも言ってよいと思う」と発言していることからも、その影響力の大きさが分かります。
よく知られるFCバルセロナのトレーニングコンセプト「サッカーをすることによってしか、サッカーはうまくならない」は、ヴァイン氏の言葉を使えば「サッカーで必要な脳内のシナプシスの繋がりを増やすためには、サッカーを効果的にプレーさせるしかない」ということになります。サッカーにおける「脳を鍛える」とは、つまりサッカーにおける脳の使い方そのものを学ぶということであり、サッカーに必要な神経系をより多く繋ぐことを意味します。そして、効果的にプレーをさせるとは、適切なグラウンドの広さで適切な人数でサッカーをすることです。
■夢中になってボールを追いかけるか
またヴァイン氏は、脳の成長に合わせながら年齢に応じてゲームの複雑性を上げていくことを提唱しています。なぜなら、このシナプシスを繋ぐためには、子どもが「楽しい」と感じることで、その行為自体に集中する情動が重要な意味を持つからです。この部分が働かなければ、この神経系の繋がりはあまり活発になりません。以前、ライフキネティックの記事で「決定と実行にかかわるのは脳の感情を司る部分であり、この部分が働かないと経験として長期記憶にはストックされない」と書きましたが、細かく言うと、こういうことが背景にあります。
適切な年齢とゲーム形式の目安は次のようになります。
サッカーを始めたばかりの[5,6歳]の子には、ボールを使ったレクリエーション
[6-8歳]の第一段階には2対2で複数のゴールやラインゴール
[8-9歳]には複数のゴールを使った3対3やフットサル
[10-12歳]はフットサルと7対7
[13歳]は8対8
[14歳[から11対11
という具合です。
このように2年ごとに複雑性を上げていく方法は、とても理にかなっています。それは学校で学ぶカリキュラムが学年ごとに、数を学ぶころに始まり、足し算、引き算を学び、掛け算、割り算を学び、微分積分に至るまで段階的に発展していくのに似ています。1年目で基礎を学び、慣れてきたら応用を混ぜながら、徐々に段階を上げていくのです。プレーヤーがひとり増えるだけで、難易度が上がり頭にかかる負担もまったく変わるので、徐々にそれに適用できるようにしていきます。
ヴァイン氏は「子どもにはプレーすることや遊ぶことが、ご飯を食べたり、寝たりすることと同じように大事なこと」だと言います。子どもにとっては、サッカーは数ある遊びのなかのひとつであるということを受け止め、子どもの成長具合を見ながら、適切な難易度でそのゲームをプレーしながら学べるように設定できる能力こそが、ジュニア年代の指導者に求められているのだと思います。適切な難易度のゲームとは、選手が「楽しかった、またやりたい、もっとやりたい」と感じながら家に帰り、次のトレーニングにも同じ気持ちを持って挑んでくれるレベルのゲームのことです。
このサイトを読む多くのお父さんコーチと同じように、筆者である僕自身もこれといったライセンスを保持しているわけではありません。僕らにできるのは、選手の才能を潰さないことです。グラスルーツの指導者である僕らにできることは、選手にサッカーを思いっきり楽しんでもらうこと、そして、ずっとサッカーを好きでいてくれるベースを築くことだと信じています。
選手が喜んでトレーニングに来るか、夢中になってボールを追いかけるか、この2点だけはしっかりと気をつけてほしいな、と思います。技術や戦術といった細かい話はその後です。サッカーが好き、もっと楽しみたい、もっと上手くなりたい、という気持ちさえ芽生えれば、きっと自分で考えながら学ぶ選手になってくれます。それがヴァイン氏が広めた考えです。
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ホルスト・ヴァイン
オフィシャルサイト:(スペイン語)(英語)
鈴木達朗(すずき・たつろう)
宮城県出身、ベルリン在住のサッカーコーチ(男女U6~U18)。主にベルリン周辺の女子サッカー界で活動中。ベルリン自由大学院ドイツ文学修士課程卒。中学生からクラブチームで本格的にサッカーを始めるも、レベルの違いに早々に気づき、指導者の目線でプレーを続ける。学者になるつもりで渡ったドイツで、一緒にプレーしていたチームメイトに頼まれ、再び指導者としてサッカーの道に。特に実績は無いものの「子どもが楽しそうにプレーしている」ということで他クラブの保護者からも声をかけられ、足掛けで数チームを同時に教える。Web: http://www.tatsurosuzuki.com/
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取材・文 鈴木達朗 写真 stevendepolo・USAG-Humphreys