03.07.2014
プレーする喜びを、多くの人に。アーセナルスクール市川の挑戦
千葉県市川市で新たなチャレンジを始めたスクールがある。それがアーセナルサッカースクール市川だ。
2014年現在、日本には海外の有名クラブが主宰するスクールが数多く存在するが、アーセナル市川の特色というべき点が2つある。「フルピッチの自前のグラウンドを所有していること」「クラブチーム登録をすること」である。公共施設の建設や管理、運営などを民間の資金で行うPFI(Private Finance Initiative)という手法を使い、市川市から遊休地を有償で借り上げグラウンド工事に着手。4月のオープン時には、クラブハウスも完成予定となっている。
アーセナルサッカースクール市川代表の幸野健一社長は「サッカーを文化として根付かせるためにも、多くの人にサッカーをプレーする喜びを知ってもらいたい。そのためにはグラウンドを作り、子どもからお年寄りまで、サッカーを楽しめる環境を作りたかった」と語る。
ゼネラル・マネージャー(GM)には、かつて清水エスパルスでスカウトとして活躍した、興津大三氏を招聘。GMはクラブ運営のほかに、現場で日々、適切な指導が行われているかをチェックするのも重要な仕事のひとつ。ヨーロッパの強豪国では育成年代のクラブにGMがいるケースは多いが、日本ではまだ少数派だ。クラブ運営と指導のクオリティ、選手や保護者との意思疎通の面でも、GMの果たす役割は重要なものになるだろう。
日本のメインコーチとして、白羽の矢が立った人物が2人いる。ロビー・セルファイスコーチと権東勇介コーチだ。ロビーコーチは、かつてヴィッセル神戸や大宮アルディージャの育成コーチを歴任。権東コーチはJリーガーを経て、街クラブやFC東京の普及部など、草の根から日本サッカーを支えてきた。
今回はアーセナルサッカースクール市川のメインコーチであるロビーコーチと権東コーチに、アーセナルが目指す道、「Arsenal Way」について話を聞いた。
―アーセナルのサッカースタイルはどのようなものだと考えていますか?
権東 攻撃に関しては、自分たちで主導権を握って攻めていく「アクションサッカー」だと思います。ボールを奪ったときに、攻撃に出て行く人数が多いですよね。ボール保持者に対するサポートも厚く、前を向いている選手がボールホルダーをどんどん追い越していきます。ゴール前ではワンタッチプレーが多く、選手が連動することでプレーの選択肢を増やしています。判断スピード、パススピード、味方を追い越すスピードが速いので、見ていてワクワクしますよね。
ロビー イングランドにはロングボールを主体とするクラブが多いですが、アーセナルは他のヨーロッパの国の影響が大きく出ているサッカーだと思います。ベンゲル監督はインテリジェンスがあり、サッカーについてよく考えています。選手たちはとても賢くプレーし、高い技術をベースにパスをつないで攻めていくスタイルです。
―将来的には日本の子どもの中から、トップチームに選手を輩出することを目標としていると思いますが、アーセナルの選手に求められる選手像は、どのようなものだと考えていますか?
権東 土台にあるのは技術です。テクニックが高いとプレーの選択肢をたくさん持つことができます。プレーの判断という意味では賢さも必要ですし、フィジカル的にタフなリーグなので、多くの運動量も求められます。当然、むやみやたらに走ればいいというわけではなく、ボールを持っていないときに、いつ・どこに動くのかも重要になると思います。
ロビー 高い技術と判断力、フィジカルがあるのは当然で、ヨーロッパで活躍するためには、日本でサッカーをしているのとは違うメンタリティが必要になります。たとえば日本の子どもたちは、コーチに言われたことはしっかりやります。それは日本人の良い部分です。しかし、そのメンタリティはサッカーのプレーに限って言うと、裏目に出ることがあります。
私は5年前に日本に来て、ヴィッセル神戸と大宮アルディージャのアカデミーで指導をしてきました。日本の選手とヨーロッパの選手の違いは、個人的に興味を持っているトピックでもあります。日本の子どもたちは、コーチに言われたことだけをするのではなく、自分で判断できるように、自分でサッカーについて考えるようになってほしいと思います。同時に、このスクールでは責任や判断、自主性の部分も高めていきたいと思っています。
権東 そのためには、子どもたちが自分から「やってみよう!」と思うような練習であったり、コーチの声掛けなどの雰囲気作りも大切になるのではないかと思います。子どもが勇気を持ってチャレンジしたプレーに対しては、見逃さずに声をかけてあげたいですし、どう変化していくかを常に見てあげたい。
私はFC東京の普及部にいたときに、幼稚園の子供たちとサッカーをすることもあったのですが、難しいことにチャレンジすることの楽しさや、自分から取組むことの楽しさも伝えたいと思ってやっていました。僕自身、プロとしてサッカーをしてきましたが、プロになりたいと思う子どもたちに必要な心の部分も大事にしたいと思っています。
ロビー 日本には「お互いを尊敬しましょう」という、すばらしい文化があります。でも、サッカーの試合のときは、相手を尊敬しすぎてもいけません。たとえば守備の場面。試合中はある程度、体と体が接触する場面もあります。ファウルは良くないけど、本当にボールを奪いたければ、接触するのもしかたがない。それがサッカーです。
日本の選手のプレーを見ると、「絶対にボールを奪ってやる!」という気迫の面から見ると、物足りなく映ることがあります。日本の選手はボールポゼッションが上手ですが、守備の寄せが緩いがゆえにパスが回る面もあると思います。そこは変えていきたい部分です。
日本のサッカーをより良いものにしたい、子どもたちを成長させたいという強い気持ちを胸に、熱く語る両コーチ。次回は「日本の子どもの特徴と指導イメージ」をテーマにお届けする。
鈴木智之(すずき・ともゆき)
スポーツライター。『サッカークリニック』『サカイク』『COACH UNITED』などに選手育成・指導法の記事を寄稿。著書多数。最新刊は『ゲキサカ』で好評連載中の『青春サッカー小説 蹴夢 KERU-YUME』(講談社)。「読めばサッカーがうまくなる」をモットーに、練習の大切さ、うまくなるために必要な情報を小説の中で表現した意欲作。TwitterID:suzukikaku
取材協力/アーセナルサッカースクール市川
http://www.arsenalsoccerschool-ichikawa.com/home.html
取材・文 鈴木智之 写真 鈴木智之