03.24.2014
フィジカルの個人差を無視した不合理性が多くの才能を潰している
2回に渡って掲載し、大きな反響を呼んだ「サッカーのピリオダイゼーション理論」。サッカーコーチの視点から、サッカーのコンディショニングを分析したレイモンド氏の手法は、多くの人に新たな価値観をもたらしたと言えるでしょう。今回の番外編は、コンディショニングの観点から見た、サッカー界の現状についてお伝えします。
■スピードや強度が上がれば、選手が耐えられる量、時間は減る
レイモンド氏は、サッカー界から若き才能が失われていることに、警鐘を鳴らします。
「多くの少年少女が、将来はプロのサッカー選手になりたいと夢を抱いています。しかし、コーチの間違った解釈で、夢を閉ざされるケースはとても多いのです。これは世界中で起きている、大きな問題です」
なぜ若き才能が潰されてしまうのか。その理由はトレーニングの量に関係があると、レイモンド氏は言います。
「ユースの選手がトップチームに上がると、どのような現象が起こると思いますか? それはプレー強度の増加です。ユースからトップヘ、レベルの高い環境に放り込まれることにより、時間とスペースが少ない中でトレーニングをする状況になります。つまり、ユースの時よりも、『強度が高い』状態でのトレーニングが続くのです。プレー強度は上がっているにも関わらず、トレーニングの量はユースの時と同じまま。ここに大きな問題があります」
ユースの選手がトップに上がった時、プレーの強度が急激に上がるにもかかわらず、いままでと同じ時間、トレーニングをさせられます。「それこそがケガの原因となり、多くの才能が潰れる要因のひとつ」だと、レイモンド氏は指摘します。
「もし、あなたがスポーツジムへ行き、ランニングマシーンを使って、時速10kmで30分間走るとします。走り終えたあと、疲れてヘトヘトになっているでしょう。次の日、時速20kmで30分間、走れると思いますか? 時速10kmでも疲れてヘトヘトになっていたのに、倍のスピードで同じ時間、走るなんてとても無理です。そのようなことが、サッカーの現場では平然と行われているのです」
ランニングマシーンであれば、数値で表示されるので、トレーニングの強度は誰にでもわかります。しかし、それがサッカーとなるとそうもいきません。ユースの練習とトップの練習は強度が大きく違うのに、同じサッカーとしてくくられ、トレーニングの強度と量の関係は忘れられてしまいます。
「スピードや強度が上がると、それに耐えられる量、時間は減ります。それは誰でも理解できることです。つまり、ユースの選手がトップに上がったときには、強度が上がっているので、量を減らして調整することが必要なのです。たとえばユースで週に5回トレーニングしていたのであれば、トップに上がって強度が上がったことから考えると、週に4回程度にするなど、回数を減らさないといけないことが、ランニングマシーンの例でわかってもらえると思います」
選手の身体が強度の高いトレーニングに順応するに連れて、練習の回数を1週間に4回から4.5回、5回と段階を踏んで上げていきます。そして、最終的にはトップチームのほかの選手と同じようにトレーニングするのが理想です。
■フィジカルの個人差を無視した不合理性が、選手をケガに導く
「トレーニングの強度が上がったら、その分、頻度(時間)は少なくする必要があります。ユースから上がってきた選手には、まずはトップチームの強度に慣れるための時間を与えることです。しかし、そのように段階的にトレーニングをしているチームはほとんどありません。トップに上がったばかりの選手であっても、『練習にすべて参加しなくてはいけない』という状況を作っています。だから疲労が溜り、パフォーマンスが下がり、ケガをしてしまうのです。なぜなら、突然高い負荷がかかる状況に追い込まれているからです」
フィジカル的に素質を持った選手は、突然、負荷が上がっても対応することができます。しかし、長い目で見ると疲労が溜り、それがケガなど痛みとなって出てくるケースが多いと言います。
「そこで監督は『よくがんばってトレーニングしたけども、残念ながらトップチームでできるクオリティを持っていなかった』と判断するのです。でもそれは、選手のクオリティうんぬんではなく、コーチがコンディショニングやフィジカルを正しく理解していないから起こったことであり、選手ではなく、コーチの責任によるところが大きいのです」
選手が成長過程にある育成年代においても、この指摘は重く受け止めるべきでしょう。選手のフィジカルのレベルには、個人差があります。それを考慮せず、強度が上がっても、全員が同じ頻度で同じ時間、トレーニングをする。その不合理性こそが、選手をケガへ導く可能性もあるのです。「選手をよくしたい」という一心でトレーニングを組み立てている指導者からすると、とても悲しい出来事です。
現時点で強度の高いトレーニングにすべて適応できなくても、時間をかけてフィジカルを高めていくことができれば、将来的にトップでプレーするクオリティを持った選手になれる可能性は十分にあります。とくに、成長にバラつきのある育成年代においては、選手の現状にあったトレーニングをすることに目を向ける指導者が増えることを、願わずにはいられません。
■指導者だけでなく保護者も覚えておくべきこと
また、保護者の観点からも、周りの選手と比較して「あの子はできているのに、なんでうちの子はできないの...」と、否定的になる必要はないのです。成長には個人差があるので、周りと比べてできた・できなかったではなく、「昨日と比べてできるようになったかどうか」という視点で見守ることが大切です。育成で重要なのは、周りと比較して、できないからといってむやみに焦らないこと。これは指導者だけでなく、保護者も覚えておきたいことだと言えるでしょう。
レイモンド・フェルハイエン(Raymond Verheijen)
1999年にオランダ代表スタッフに抜擢されて以来、ヒディンクや、ライカールト、アドフォカート、ファン・ハールなどの名監督とともに、オランダ代表、韓国代表、ロシア代表、FCバルセロナなど世界各国様々なチームでサッカーのピリオダイゼーションを実践してきた。サッカーに特化したピリオダイゼーションの分野における先駆者である。
取材協力/ワールドフットボールアカデミー・ジャパン
フース・ヒディンクがアンバサダーを務め、世界各地のコーチ、スタッフ、選手に対して、サッカーにかかわるあらゆる専門知識を育成、共有する機会を提供している。URL:http://www.worldfootballacademy.jp/
取材・文 鈴木智之 写真 サカイク編集部