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攻守の舵取り役、稲本潤一が語る「コーチング論」とは?

 先日参加したリフレッシュ講習会でのこと。参加者を子どもたちに見立て、指導を行う指導実践中にGKのポジションに入りました。他の参加者が同じようにGKに入った際に、それは見事なコーチングをしていた一方で、自分がGKに入った時に、何をどうコーチングしていいのかわかりませんでした。

 普段のJリーグでの試合や練習を取材していても、選手たちは普通にコーチングしているように見えます。そういう姿を見ているため、いざ自分がプレーする際にもなんとなくコーチングできる気でいたのですが、実際はそう甘くありませんでした。

 では、プロの選手たちはピッチ上でどのようなコーチングを行っているのでしょう。今回は「選手間のコーチング」について考えてみたいと思います。

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Photo:FC Suðuroy - B36 Tórshavn - Result 2-1 - Vodafonedeildin August 2010 / Eileen Sandá

■ピッチにおける稲本潤一のコーチング

 いつも取材している川崎フロンターレでは何人かの選手が的確なコーチングを行っています。その筆頭が、稲本潤一選手です。シンプルな言葉と的確な表現で指示を出し、周りの選手もその言葉を信頼しています。イングランド、トルコ、ドイツ、フランスなど豊富な海外経験を持ち、チームでもボランチやセンターバックなど攻守における要職をこなすことの多い稲本選手に、コーチングについて話を聞きました。

――コーチングする際に何に気をつけて見ていますか?

「まずはバランスですね。自分のところから見た味方のバランスです。もちろん、背後は見えなくなるのでボランチに入った時は自分の前のところの距離感に気をつけています」

――バランスと距離感を良くするにはどうすればいいのでしょうか?

「まずはそれぞれのポジションに帰れば、それが一番良いバランスになります。(いわゆるブロックを作った状態になると)相手は嫌だと思います。ただし攻撃から守備への切り替えの際には均等な配置にはならないかもしれません。ただそれでも同じ距離感で並んでいれば、簡単には崩されないと思います。当たり前ですが、スペースがなくなるので」

 稲本選手にコーチングについて質問した際に、真っ先に帰ってきたのが守備の局面に関するものでした。相手がボールを持ち主導権を握っている状況で、どのように対応するのかが大事なポイントとなるからです。

 ここで稲本選手が口にしているのは、"守備における準備についてのコーチング"になります。準備があるということは、"目の前の相手に対しどう対応すべきかのコーチング"もあります。例えば、ボールを持つ相手選手との1対1の局面になっている味方選手に対して、取りに行くべきか、それとも遅らせるのか、どういう指示を出すべきかという問題があります。

――相手の攻撃を遅らせる、取りに行く判断はどうしているのですか?

「例えば長い横パスが出た時は、できれば行ってもらいたいと思っています。そういう場面は行けるチャンスだと思いますし、寄せるだけの時間がありますからね。縦パスの場合はその状況によって違います。相手チームが縦パスを織り交ぜた速攻を仕掛けて来る場合は、みんなを一度下げさせたりします」

――相手の攻撃のスピードによっては、無理をさせない必要もあると。

「そうですね。相手がすごくいいつなぎを見せた時。例えばワンタッチ、ツータッチで出して動いてという形でつながれている時は、取りに行っても交わされてしまいます。そういう時は一度ポジションを下げてもいいと思います。もちろん全員が動ける時ならガンガン行けばいいんですが、それは90分は無理だと思っています。だからこそ、距離感を気にしながらポジションを戻し、そこからどちらかのサイドを切って、片方のサイドに追い込んでいきます」

 もちろん稲本選手は攻撃の局面でも前の選手に対してコーチングしています。例えばある日の練習中に、サイドバックの選手がボールを持った際、同サイドのハーフに入った選手に対して「中に絞れ!」というコーチングを出した事がありました。これは中に絞らせることでダイアゴナルの関係を築きチームにとって効果的なパスコースを増やすことを意図したものです。

 中に絞るよう直接指示を受けた選手にとっては攻撃の準備のためのコーチングであり、ボールを保持するサイドバックの選手にとっては、サイドハーフの選手が動くことで、目の前の状況を打開するための間接的なコーチングになっていることがわかります。

 攻守の局面でどのようなコーチングをするべきかは、突き詰めて言うと、サッカーにおける基本的なセオリーをどれだけ身に付けているのか。そして状況判断し、必要な情報を自ら口にする言語技術が重要です。もちろん、チームにとっての守備戦術との兼ね合いという側面もあると思います。

 指導者は、常に選手たちにプレーの判断を問いかけ、サッカーに対する理解とプレーイメージの引き出しを増やすような働きかけを続けていく必要があるでしょう。

 最後に、稲本選手がコーチングに使う言葉で気を付けていることを聞いてみました。

――コーチングの際に使う言葉で意識していることはありますか?

「マイナスな事はあまり言わないでおこうということは意識しています。もちろん明らかなミスの時は言いますが、それ以外のところでの、例えばチャレンジしたところのミスに対しては、責めるのではなく、すぐに切り替えるように言っています」

 常に勝利と厳しさを求められるプロの世界においても、稲本選手はネガティブな言葉は使わないよう心がけているそうです。その心がけは、選手を指導する立場のみなさんにとっても、そして選手にとっても、とても参考になるのではないでしょうか。


江藤高志(えとう・たかし)
1972年12月生まれ。大分県中津市出身。99年にコパ・アメリカ観戦を機にライター業に転身し、04年シーズンから川崎の取材を継続。取材に活かすべく2007年にJFA公認C級ライセンスを取得する。近著として、川崎U12を率いダノンカップ4連覇など成績を残した髙﨑康嗣元監督の「『自ら考える』子どもの育て方」の構成を担当した。