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1時間10分で練習を切り上げたっていい。中西哲生が語るアーセン・ベンゲル

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 COACH UNITED編集部です。引き続き、中西哲生さんにお話を伺っています。今回は、中西さんに大きな影響を与えたアーセナルのアーセン・ベンゲル監督についてのお話です。前回のお話、および過去の中西さんのインタビュー記事は以下をご覧ください。

<<「軸足を使ってボールを運べ、身体から離すな」。中西哲生が語る長友佑都

<<「良いディフェンスは両利き」中西哲生×幸野健一(前編) 幸野健一のフットボール研鑽:第一回

<<変えられないものを変えようとするな!中西哲生×幸野健一(後編)幸野健一のフットボール研鑽:第二回 


■ティーチングプロもあって良いじゃないか
 ほとんどの方は、スポーツジャーナリストとしての僕しか知らないと思います。しかし実際は、現役のプロサッカー選手を教える、いわばティーチングプロとしての活動を行なっています。
 
 何が僕をこうさせたかというと、ゴルフでいうフォーム論ですね。これは、サッカーにも必要なことだと気づいたんです。ドリブルにしてもトラップにしてもキックにしても、「ゴルフにレッスンプロやティーチングプロがいるなら、サッカー選手にいたっておかしくないだろう?」ということです。
 
 「こうやって止めれば、良い止め方ができる」「こう蹴れば、良いボールが蹴れる」とか。7年前に既に、『新・キックバイブル―日本がワールドカップで優勝するために』といった本も出版していました。あの本を出す時点で、トラップやドリブルについての知見はある程度完成していたのです。ただ、自分が解説することの延長線上には究極の論理がないと、うまい解説ができないと考えていました。そこで、この7年間にそれを究極かつ実践するためのドリル作りに没頭したのです。
 
 そういう経緯から、「ティーチングプロもあって良いじゃないか」という感覚が生まれました。といっても、スペインの『サッカーサービス』社と僕がやっていることは似て非なるものです。『サッカーサービス』社は基本的にチーム戦術や、そのなかでの本人の役割がどれくらい実践できているかをフィードバックしているのだと思いますが、僕はフォームだけに特化してやっている。そこが、ちょっと違うところだなと思います。
 
 また、僕はグランパス時代にアーセン・ベンゲル監督の指導を受け、引退後もアーセナルの練習に参加した経験があります。技術的な部分でも、彼からは非常に大きな影響を受けています。
 
■「パスは現在でも過去でもなく、未来に向かって出せ」
 アーセン・ベンゲルとドラガン・ストイコビッチ、この2人と現役時代に同じ時間を共有できたことは奇跡ですね。自分がプロになったのが1992年、その翌年にJリーグが開幕して、引退した2年後の2002年にちょうどワールドカップがあって。そういうことがあって、世界的な選手も移籍してきたし、色々な考え方が日本に入ってきました。僕は、そういう恩恵を受けた人間です。それを少しずつ自分の中で消化・咀嚼して、うまく表現する。日本ナイズドされたものを表現していければいいな、というのが今の考えです。
 
 ベンゲルからは、多くの影響を受けました。彼のやり方には、日本が強くなるヒントがたくさんあります。長友佑都選手や大儀見優季選手に伝えていることにも、そういうエッセンスがたくさん入っています。僕はベンゲルが名古屋を率いていた時代、幸運にもいつもベンチにいたので(笑)、どういうプレーについて彼が何を言ったかを覚えているんです。試合中に英語で「今のプレーを見たか? あれはこういうことだぞ」と伝えてくれることもありました。
 
 そのときベンゲルが話した言葉が、フランス語でなく英語だったことも大きかったですね。表現がシンプルでわかりやすかった。直接、言語として理解していたことがすごく大きい。ベンゲルと直接会話することもありましたし、通訳の方が風邪を引いていた時は「今日はナカが通訳」といって、試合前のミーティングの通訳をしたこともあります。信頼を得ていたかはわかりませんが、彼が伝えたいことはほぼ理解していました。
 
 ベンゲルの言葉で印象的なのは、「パスは現在でも過去でもなく、未来に向かって出せ」という言葉です。この言葉がすべてですね。今でもそう思っています。それが一番大事ですし、そこにすべてが掛かっています。なかなか言えないですよね、前に出すことを「未来」と表現するなんて。すごく納得しました。
 
 こちらが尋ねたことに対して、すべて論理的に答えてくれたことも印象に残っています。決して、ぼかさないんです。すべてが論理として、きちっと返ってくる。練習の時もちゃんと説明してくれましたね。「走れ」ではなくて「走るのはイヤだろう、だけどこういう理由で走らなきゃいけない」と。
 
 例えばチームを3つに分けて、GKの組、CBとCFの組、MFとSBの組があったら、GKの組は一周80秒で、CBとCFの組は70秒で、MFとSBの組は60秒で走るとか。MFとSBは、一番多く走るポジションですからね。「仕方ないなあ」って感じで、納得感がありました(笑)。

■1時間10分ぐらいで「ハイ終わり!」
 ベンゲルの練習で一番驚いたのは、1時間10分ぐらいで「ハイ終わり!」って切り上げた日ですね。ビックリしました。でも内容を見ると、練習中、1人も待っている選手がいないんです。全員動いているんですよ、すごく効率的に。そういうオーガナイズがきっちりされていて、ストレスを感じませんでしたし、短い時間に集中して練習できていました。
 
 面白かったのは、ある夏の日のこと。練習が始まってすぐ、ある選手に「今日は帰れ」といって帰らせたんです。「今日は練習するな、明日来い」と。むろん、懲罰的な意味ではありません。コンディションを見て「疲れてるな」と判断したんです。まあ、選手はすごくビビってましたけどね、「どうすればいいの?」って(笑)。
 
 象徴的なことで覚えているのは、1995年のセカンドステージ第3節のこと。名古屋グランパスが史上初めて、Jリーグの首位に立ったんです。次の第4節がヴェルディ川崎(当時)戦だったんですが、ベンゲルは「疲れているから」という理由でストイコビッチを休ませたんです。首位決戦の試合で、一番大事な選手、スーパープレーヤーを休ませる。試合は結局敗れましたが、内容的には惜しい試合でした。
 
 そういうところでも、ベンゲルは常識に囚われないんですよ。僕も、今やってることは超・非常識だと思います(笑)。ただこれも、いつか常識に変わる日が来ると思っています。ベンゲルがやっていたことも、当時は「えっ!?」と思うことばかりでした。でも今考えると、すごく正しいことばかりでした。

<了>

<<「軸足を使ってボールを運べ、身体から離すな」。中西哲生が語る長友佑都 

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