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「フットボールは呼吸の次に大切」幸野健一×ジョー・サットン(アーセナルFC)

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 COACH UNITED編集部です。日本サッカー協会特任理事・中西哲生さんを迎えた第一回第二回と大好評をいただきました、アーセナルサッカースクール市川代表・幸野健一氏による「幸野健一のフットボール研鑽」をお届けします。

 第三回となる今回は、本国・英国からアーセナルのテクニカル・ディレクターであるジョー・サットン氏を迎え、日本と英国におけるサッカー文化の違い、子どものキャラクターの違い、フットボールコーチの待遇の違いなど様々なジャンルについて話を伺いました。非常に興味深い話となっています、どうぞご覧ください(取材日:2014年3月29日 取材・文 鈴木智之)。

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幸野健一(以下、幸野) 今日はロンドンからお越し頂き、ありがとうございます。私はアーセナル・サッカースクール市川の代表として、4月にスクールを開校します。アーセナルのスタイルといえば、アーセン・ベンゲルが作り上げた、スピーディかつスキルフルなサッカーです。ジョーはテクニカル・ダイレクターとして、世界各国のアーセナル・サッカースクールで指導者講習を行っていますが、プレミアリーグの他のチーム、マンチェスター・ユナイテッドやチェルシー、リバプールなどと比べて、アーセナル・サッカースクールの特徴はどこにあると感じていますか?

ジョー 我々の特徴はコーチ・フィロソフィー(指導者哲学)にあります。個人の成長にフォーカスし、フットボールのスキルだけでなく、人間としての成長も期待しています。具体的には、『スポーツマンシップ』『相手をリスペクトする気持ち』『チームワーク』『オフ・ザ・ピッチにおける人間的な成長』などを伸ばすことを重視しています。加えて我々は『質の高いサッカーをすることが、クラブとしての価値を高める』という考え方を持っています。

幸野 そうした考えは、アーセン・ベンゲルのフィロソフィー(哲学)なのでしょうか?

ジョー 彼の考えは我々の価値観に大きな影響をもたらしています。もちろん、トップチームとサッカースクールのフットボールにおける哲学は異なりますが、スポーツマンシップや相手をリスペクトする気持ち、チームワークを重視する考え方は、トップチームからスクールまで同じだと思います。

幸野 アーセナルのスタイルといえば、パスをつないでボールを支配し、アイデアあふれる攻撃でゴールを目指す、美しいフットボールです。スクールでも、このスタイルを求めているのでしょうか?

ジョー その通りです。スクールとトップチームとではレベルが異なりますが、コーチに対して伝えている哲学は同じです。勇気を持ってプレーすること、賢く動き、ボールを自由に操ること、自分をしっかりと表現し、クリエイティブに振る舞うことなどを、コーチは選手たちに責任を持って伝えています。

 我々は、『フットボールの価値はパスゲームであり、ムービングである』という考えを持っています。このスクールで学ぶことで、選手が個人として自立し、ボールをより自在に扱えるようになり、パスを受けるための動きを絶やさず、その結果としてプレッシャーのかかる困難な状況でボールを受けても、自信を持ってプレーをすることができるようになると信じています。

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幸野 昨日、初めて日本の子どもに指導をされましたが、率直な感想を聞かせてください。

ジョー とても感銘を覚えました。同年代の他の日本人の子どもたちを見ていないので比較はできませんが、我々が見た24名の子どもたちはテクニックに優れ、集中力を保ち、素晴らしい態度でトレーニングに臨んでいました。

幸野 一方で、コーチが子どもたちに対して質問をしても、積極的に答えようとしなかった場面もありました。そのあたりについてはどうお考えですか?

ジョー 確かに、英国の子どもたちと比べて、おとなしい面もあるかと思います。おそらく、初めて外国人のコーチと接した子が多かったのではないでしょうか。英国の子どもたちは積極的に質問をしたり、コミュニケーションを取りにきます。ですが、日本の子どもたちにとって、外国人の指導を受ける機会は日常的なことではないので、別段ネガティブには捉えていません。

幸野 僕が35年前に英国のクリスタル・パレスにサッカー留学をした際、アシスタントコーチとして12歳ぐらいの子どもたちを指導しました。そこで、「今日はこういう練習をするよ」と伝えると、必ず2~3人が手を挙げて「今日の練習にはどういう意味があるんですか?」と質問してきました。僕は日本で長くコーチをしましたが、日本の子どもたちからは、一度もそうした質問を受けたことがありません。日本の子どもは、自分の頭で考えることより、コーチや先生など、周りに言われたことをやるほうが得意なのではないかと思います。しか、サッカーは自分の頭で考えること、自分を表現することが重要なスポーツです。

ジョー 私もそう思います。常に自分の頭で考えることは、全ての局面において必要なことです。試合中、自分はどのような状況にいるのか、いつ、どのようなプレーをすべきか、それらを向上させるために、選手は常に考え続けることをしなければなりません。英国ではフットボールは文化として根付き、理解されています。一方で、日本におけるフットボールのポジションはまだ小さいのでしょう。日本の中でフットボールの重要性がもっと上がれば、日本の子どもたちはもっとフットボールについて考えるようになるのではないでしょうか。

幸野 英国と日本の文化におけるフットボールの重要性の違いというお話が出ました。英国の中で、フットボールはどれほど大切なものなのでしょうか?

ジョー おそらく、呼吸の次に大切なものです(笑)。呼吸、フットボール、次に食事、睡眠の順番でしょうか。私は幼い頃から公園や自宅の庭、ストリート、スクール、ランチの後や放課後......、少しでも時間が空けばフットボールをしていました。「フットボールこそすべて」という価値観で育ちました。最近は、フットボールをプレーする子どもたちは少なくなっているのですが、それはテレビゲームの影響もあるのでしょう。ただ、そうはいっても、英国においてフットボールは非常に重要な位置を占めています。

幸野 外から見ていると、英国のコーチは周囲からリスペクトされる存在だと思います。日本ではまだコーチの社会的地位は低いのですが、「フットボールが全て」という国においてフットボールの仕事をするということは、相応の社会的な敬意を払われるのでしょうか?

ジョー 英国におけるフットボールコーチは、そこまで評価されていません。例えば学校の先生、音楽、水泳など、他のスポーツのコーチとは違う扱いを受けています。なぜなら、フットボールについては多くの人々がそれぞれの意見を持っているからです。逆に、日本のコーチたちは、ヨーロッパよりも評価されているのではないでしょうか? 他の国よりもよく勉強し、多くの経験を積んでいるように思います。

幸野 日本ではプロのクラブを除き、育成年代のコーチがコーチ業の収入だけで生活するのは難しい状況です。英国では、フットボールコーチとしての仕事だけで生活していけるのでしょうか?

ジョー 英国でも同じです。フルタイムで働けるジョブを得られる機会は限られており、収入に関しても他のコーチ・教職と違い、それだけで食べていくのは難しい状況です。プロフットボールクラブにおいてもパートタイムで働くコーチは多く、昼は学校で働き、夜にコーチを行なう人もいます。私はこの仕事を1年半やっていますが、それまではアーセナルのフランチャイズとして、オックスフォードでサッカースクールをやっていました。

幸野 ジョーの今の仕事は、世界中のアーセナル・サッカースクールを回り、選手や指導者のレベルを上げていくことだと思います。この仕事は楽しいですか?

ジョー 非常に光栄な仕事だと思っています。私自身、多くの地域を回り、世界中の情熱あふれるコーチと仕事をする機会を得ています。さらには、アーセナルを代表する人間として、世界中の子どもたちにアーセナルのスタイルを伝授する役割も担っています。多くのコーチが同じ哲学を共有してくれれば、我々の仕事は非常に大きな価値を持つといえるでしょう。

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<幸野健一のフットボール研鑽 第四回に続く>

●幸野健一(こうの・けんいち)
1961年9月25日生まれ。中大杉並高校、中央大学卒。10歳よりサッカーを始め、17歳のときにイングランドにサッカー留学。以後、東京都リーグなどで40年以上にわたり年間50試合、通算2000試合以上プレーし続けている。息子の志有人はFC東京所属。育成を中心にサッカーに関わる課題解決をはかるサッカー・コンサルタントとしての活動をしながら、2014年4月より千葉県市川市にてアーセナルサッカースクール市川を設立、代表に就任。