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ブラジル代表がチリ戦で見せたトーナメント仕様の戦い方とは?

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後半になっても落ちないチリのハイプレスに我慢強く対応したブラジル(写真/Getty Images)

取材・文/鈴木達朗

ブラジル 1-1(PK 3-2) チリ

PK戦の末、ブラジルが見事にベスト8進出を決めた。

この試合、ブラジルはこれまでと変わらず、1-4-2-3-1というシステムで試合に挑んだ。不調のMFパウリーニョがスタメンから外れ、MFフェルナンジーニョが先発したが、基本的なチーム構成に変わりはない。だが、チリ戦を注意深く観察すると、戦い方が決勝トーナメント仕様になっている。このチームとしての、また個人としての調整力の高さがサッカー王国の強さであり、うまさでもある。

それは「ボールを保持している場合」と「ボールを保持していない場合」とで総合的に見るとグループリーグから何を変えたのかが表面化してくる。

■ボールを保持している場合の戦い方

まず、グループリーグまでの「ボールを保持している場合」のブラジルはスタンダードなサッカーを展開している。重要な役割を担っているのは、1トップを務めるフレッジの後ろの3枚。オスカル、ネイマール、フッキが攻撃のスイッチを入れることにある。相手にとって厄介なのは、オスカルとネイマールがポジションチェンジをするだけで、攻撃のスタイルに変化をつけられることだ。

また、この国のお家芸とも呼べるサイド攻撃もサイドバックの質が高いため、バリエーションが豊富。相手が外のスペースを警戒すれば中盤に入ってボールを受け、中を固められれば外から突破やクロスと相手の対応次第でいくらでもやり方を変えられる。だから、ブラジルはどんな場合においても、ボールホルダーが相手DFを1人、2人と敵の守備をかいくぐって数的優位を作るので、チーム全体として無駄なリスクを追う必要がない。個人の能力が高いからアタッキングサードにおける戦術的な決めごとがあるように思えない。ボールの出し手と受け手のアイコンタクトでシュートに繋げている印象だ。当然、どの国も中央を固められると、なかなか守備は崩せない。そこで、今大会はセットプレーも強化を図った。

総合的に、ブラジルはボールを保持している時もリスクマネジメントを行いながらポジションのバランスを保ち、一方でチャンスと見るや、シュートシーンには3列目の選手がタイミングよく上がってくる。サッカースタイルとしては、実にオーソドックスな戦い方だ。だが、これは裏を返せば、まずは「失点0」ベースの安定した戦い方を選択している証でもある。

■ボールを保持していない場合の戦い方

では、「ボールを保持していない場合」を考えてみよう。グループリーグまでは、ファイナルサードのところで何か決まり事があるというよりは、カバーリングと受け渡しの基本を除けば、基本的に個々の1対1、2対2の関係で守っている。選手の中で「このスペースだけは攻略されてはいけない」「ボールを入れさせてはいけない」という共通認識があり、それを基に各選手がその時々の状況に反応している。ラインコントロールや中盤から前のパスコースの切り方、スペースの狭め方も、その場面で数的優位な状況を作るというよりは最終的には局面での1対1、2対2でその後に有利な状況になるようにチーム全体として仕向けている。そんな印象だ。だが、グループリーグのメキシコ戦では守備の穴もちらほらと見せていた。それは時折、ボランチのルイス・グスタボのカバーするスペースが大き過ぎるため、バイタルエリアへいいボールを入れられ、ファウルを重ねていた。

しかし、このチリ戦ではその「ボールを保持していない時」に起こる守備の穴を埋め、見事に調整していた。同点に追いつかれ、焦れ始めた時もサイドバックとボランチの2枚がポジションバランスをキープすることでその穴を作らず、しっかり修正していたのだ。この試合では、とにかく我慢しバランスをキープし続けることが勝負の分かれ目だった。グループリーグまでのようにセンターバックが釣り出され、ファウルで止めざるを得ないシーンはなかった。

チーム全体として穴を作らないよう徹底したブラジルの戦い方は決勝トーナメント仕様に様変わりしていた。勝利するには、チリのハイプレスを避けるためにどのような対策を練ってゲームプランを立てるのかがポイントだったが、リスクを避けてロングボールを1トップのフレッジに当てるサッカーでプレスを回避し、全体を通して極力自陣でのリスクを排除するため、簡単に前方にボールを入れ、キープ力のあるネイマールを使ったカウンターを仕掛けることをこの試合の戦術としていた。

均衡した展開を予想し、ブラジルはリスクマネジメントを考えたトレーニングを積んできたのがわかった。それが見事に実を結び、チリの高さという弱点、つまりサイドからのセットプレー、この試合ではコーナーキックで先制してみせた。リスクを極力避けながら、相手の苦手なプレーから点を取ったのは、まさにプラン通りだった。

だが、ブラジルにとって誤算だったのは、前半30分に自分たちのミスから対戦相手が望む形での失点を献上してしまったことと、チリのパフォーマンスが後半の半ばを過ぎても落ちなかったことだ。ベロ・オリゾンテの気温は25度、湿度45%と、チリにとっては好条件で試合が出来たのも最後まで持ちこたえられた要因だろう。

しかし、中南米の選手たち、特にブラジルの選手たちは、一本のパスを通すのにただのボールを蹴るわけではない。ボールを浮かせてみせたり、タイミングをわずかにずらすなど、狭いスペースでボールを通す技術、そして駆け引きという個人戦術の能力の高さが光る。チリの素晴らしい「人を捕まえるディフェンス」を崩しきれなかったとは言え、本来なら切ってあるコースにパスを通す技術、シュートに繋げる最後の部分の引き出しの多さは彼らを苦しめた。

ブラジルはチーム戦術という組織の部分は個々の能力に任せている部分が多い。この試合、ブラジルもチリも我慢比べとなるのが分かっていたかのように、「ロングボールの蹴り合いからの中盤での潰し合い」という両チームの戦略のせめぎ合いが面白かった。チリはブラジルを極力長い時間自分たちのゴールから離すためにロングボールを蹴り、ブラジルはチリのプレッシングを避けるためにリスクマネージメントの一環としてボールを前に送った。

チリの体力が落ちてくる時間を待ち続け、実際に延長に入り、チリの体力が限界に近づいていると感じると、一気に畳み掛けるように猛攻を仕掛けた。チリもゲームを読む力に関しては、さすがだった。とりわけ、前に向かうテンポの調整、チームがきつい時間帯はファウルをもらって休む時間を作るなどのリズムを作り直すという点については徹底され、日本も見習うべき。この試合に関しては、ブラジルがチリよりもチームの戦い方に合わせた個々の調整力が上回り、試合を優位に進めた。

結果的に、髪一重ではあったが、チリの体力が切れ始める時間帯まで待つ戦い方を選んだブラジルがPKの末に痺れるような我慢比べを制した。

鈴木達朗(すずき・たつろう)
宮城県出身、ベルリン在住のサッカーコーチ(男女U6~U18)。主にベルリン周辺の女子サッカー界で活動中。ベルリン自由大学院ドイツ文学修士課程卒。中学生からクラブチームで本格的にサッカーを始めるも、レベルの違いに早々に気づき、指導者の目線でプレーを続ける。学者になるつもりで渡ったドイツで、一緒にプレーしていたチームメイトに頼まれ、再び指導者としてサッカーの道に。特に実績は無いものの「子どもが楽しそうにプレーしている」ということで他クラブの保護者からも声をかけられ、足掛けで数チームを同時に教える。Web:http://www.tatsurosuzuki.com/