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手札はすべてさらけ出したか...ファン・ハール戦術の奥行き

LS_CU04_580.jpg相手の弱点に自チームの長所をぶつける名将ファン・ハール

取材・文=五百蔵 容(シナリオライター)

オランダ0-0コスタリカ(PK 4-3)

今大会のオランダは決勝トーナメント一回戦までファン・ペルシとロッベンを2トップに配した3-5-2で臨んだ。チームを全体的に押し上げては中盤を圧縮してマンマーク気味に相手の自由を奪い、ボールを狩りとってこの強力な2トップへつなげる。引いては5バックを形成し、人数をかけた守備で攻撃を受け止める。そういった堅守から繰り出すロッベンのスピードを生かしたロングカウンターを中心に、カウンター主体の戦術をとりながらも相手を威圧するような守備を見せ、迫力のあるゲームを展開してきた。

非常に割り切った堅守速攻のプレーモデルだが、守備は若手に頼らざるを得ず、攻撃的な布陣で今大会を戦い抜くには経験と安定性に欠けるとみたファン・ハール監督の策がここまで当たってきた。オランダは自らのできることを組み合わせて弱点を補いつつ、ストロングポイントを相手の弱点に当ててベスト8まで勝ち上がってきた。

■割り切っているがゆえのオランダの弱点

だが、割り切っている分、明確な弱点を抱えている。一つは、主に攻撃面で戦術的な幅に乏しいこと。プレッシングからのショートカウンター、ロングカウンターなど縦に速い攻撃に特化しており、ゲームメイカーがスナイデルしかおらず、攻撃に変化をつけることが難しい。名将ファン・ハールはそこも織込み済か、縦に速い3-5-2からワイドな攻撃を活用できる4-3-3も状況に応じて併用してワイドカウンターを織り交ぜた。とはいえ、攻撃の選択肢の乏しさに変わりはない。サインプレーを用意するなど、攻撃の幅をもたせることに腐心している。

もう一つはDFラインがボールサイドへ寄せる傾向が強いため、ワイドに引かれると逆サイドで大きなスペースを与えてしまうことだ。このスペースに入ってくる選手にDFをつけると、DFラインにギャップを生み出してしまう。これは今大会のオランダの守り方に変わらぬ問題だった。準々決勝までは、チリ以外にワイドアタッカーを有効活用するチームがないため、あまり顕在化していないが、敵の出方次第では弱点を露呈することになる。

準々決勝のコスタリカ戦では、相手の特徴を踏まえたうえでこれらの弱点を考慮し、ファン・ハールはフォーメーションと戦術を採用した。それは、序盤で試合を決められるのではないかというほどの好パフォーマンスを引き出す妙手となった。

■相手の戦術に応じてファン・ハールが打った妙手

コスタリカはワイドアタッカーを前線に配した3-4-3(守備時には5-2-3に変化)でオランダ戦に挑んできた。ウイングバックはできるだけバックライン付近へポジションを下げさせ、5バックへの迅速な移行を意識してきた。とはいえ、コスタリカのウイングバックは豊富な運動量を持つがゆえに、アタッカーと連携してワイドに起点を作る要にもなれる。

前述の通り、ワイドを有効に使う攻撃はオランダの守備陣にとって大きな脅威となる。サイドに引っ張られたDFラインの大外にできるスペースを、逆サイドのワイドアタッカーに使われる危険があるからだ。この攻め筋を阻止することが、オランダにとっては急務だった。

コスタリカも守備面では、オランダと同じ問題を抱えていた。これまでの戦いを見る限り、ボールサイドに人をつけていく形でDFラインが動くため、大外にスペースを空けてしまう。さらに、同国の場合はスペースよりも人を見る意識がオランダより強いことから、ワイドに引っ張った動きに内側の動きを連動させることで、DFを釣ることができるのだ。ギャップを意図的に生み出すことができることがファン・ハールの狙いどころだった。

そこでコスタリカと同じくワイドアタッカーを配した3-4-3を選択し、これらのポイントを効果的に押さえることに成功する。まず、ロッベンなど質で上回るワイドアタッカーとウイングバックによるユニットを、同サイドの相手ユニットにぶつけ、先手を取る戦法で守備を押し下げた。コスタリカのカウンターは中央を経由することがほとんどないので、あらかじめサイドの攻撃を封じれば、結果的に起点を封じることと同じ。同時に、自分たちのDFラインの問題点を極小化したのだ。積極的なワイド攻撃でコスタリカの5バックを動かして大外のスペースを使い、ライン間を広げてギャップを突く戦略は多くのチャンスを生んだ。

ここで重要な役割を担ったのが数少ない司令塔であるスナイデルだ。狭いスペースやパスコースを巧みに使える彼が中央でボールに絡むこと、つまりはこの差配が効果絶大となった。コスタリカの布陣と同じく、中央が二枚のセントラルミッドフィルダーと薄くはなるが、そこを抜かれても3バックがしっかりと受けることができる。スタートからサイドは戦略的に押し込んでいるので守備の時間を作ることが計算に入っている。

敵の戦略の骨格を叩く方法がそのまま味方の問題点を隠すことにもなる、このファン・ハール戦術の妙手が勝敗を左右した。コスタリカからすれば、初手でいきなり王手をかけられたような状況だったに違いない。実際、オランダは試合の序盤はコスタリカの攻めを機能不全にしつつ主導権を握り、狙った形でいくつもの決定機を得ていた。

■追い込んだ者が逆に追い込まれる、策士の誤算

しかし、試合が進むにつれ、コスタリカはオランダの狙いに対応し始めた。5バックが引き気味の状況を維持し、オランダのワイドアタッカーにスペースを与える危険を減殺しつつ好機をうかがう、持久戦に移行したのだ。初手で王手をかけられても、王を取られさえしなければ負けはしない。

途端に、オランダは攻めあぐねるシーンが多くなった。ボールは持てるが、コスタリカの人の波を効果的に縫うパスワークが鳴りを潜める。縦への仕掛けに向いた人材はいるが、コンビネーションプレーに長けた選手は少ない。

ワイドの選手、特にロッベンはこんな状況でも個の力を発揮していたが、スペースを得れず、スピードアップができないため、局面の駆け引きでファウルを得ることはできても決定的な崩しをもたらすまでには至らなかった。セットプレーを得ても、コスタリカのGKナバスを中心としたペナルティエリア内の堅守には定評があり、オランダが準備しているセットプレーの手筋のほとんどを寸断していた。

さらに、この試合では最初からプレーモデルをワイド変換にしてしまっていた。それゆえに、これ以上の戦術的な変化をもたらす策は、オランダに残されていなかった。相手を詰みに追い込んだ、と思ったら持ちこたえられてしまい、逆に自らが手詰まりに追い込まれてしまったようなものだ。結局、オランダは最後まで状況を打開できぬまま、延長戦終了の笛を聞くことになった。

■オランダに「もうひとつの顔」はあるか?

戦術的に手詰まりに陥ってなお、戦略カード、つまりはPK専用のGKを残すにぬかりないファン・ハールの準備には感嘆させられる。だが、チームの戦術的な適応力は限界に近づいている。特に、カウンターの状況を作為できない場合、ワイドな攻撃への移行で試合を動かせない場合には打つ手がなくなっている。このチームは優勝の可能性を期待できるところまで歩を進めている。準決勝をものにし、さらにその先を臨むためには何かもう一つ、別の顔を持つことが必要だと感じる。

もし、そんな別の顔があれば、この「経験のない」「持たざる」チームが戴冠まで駆け上がるサプライズを我々は目にすることができるかもしれない。今大会、オランダ代表が見せてきた戦術の徹底、妙手の数々を思い起こせば期待が高まるばかりだが、全てはファン・ハールのみぞ知る、というところだ。