07.09.2014
なぜドイツは勝負強いのか? UEFA A級ライセンス保持者が語るドイツ育成の秘密(前編)
過去3度のW杯優勝、4度の準優勝の成績を残し、ゲリー・リネカーをして「最後に勝つのはいつもドイツだ」と言わしめるドイツ。ブンデスリーガも好調で、ワールドカップベスト8に残ったチームの中で、もっとも多くの選手を輩出したリーグでもある。では、なぜドイツはこれほどまでに勝負強いのだろうか。UEFA A級/ドイツA級ライセンス保持者の三枝寛和氏に話を聞いた。
鈴木智之(取材・文)
■日本とドイツの差は、真剣勝負の回数の差
三枝氏が感じたドイツの育成のポイント、それは3つに分けられる。1つ目が満員のスタジアムでの勝利や敗北の経験、2つ目が毎週末行われるリーグ戦、そして3つ目が選手のスカウティングだ。三枝氏は語る。「ブンデスリーガでは毎週末、満員に近い状態でリーグ戦が行われています。大人から子どもまで、昇格・降格争いを通じて贔屓チームの結果に一喜一憂し、勝てばすべてを得て、負ければ多くを失う経験を、毎シーズン味わっています。また、サッカーにかかわる人だけでなく、他のスポーツ経験者も日常的にその経験をしています。そのため、勝負に対するこだわりは尋常ではありません。日本とドイツとでは、"勝敗の価値"が異なると感じました。勝利の喜び、敗北の喪失感、優勝の歓喜、降格で失うものの大きさを知っているがゆえに、勝つことの重要性と価値が高く、必然と競い合う気持ちが強い状態で試合に臨んでいます。メンタル面と"本気の試合"を生み出す環境が、ドイツが勝負強い要因ではないでしょうか」
週末のリーグ戦は、プロ選手だけではない。育成年代から導入され、真剣勝負が繰り広げられている。ホーム&アウェイ方式のため、最初の試合で負けたとしても次の試合に挽回のチャンスがある。一度負けた相手にどのような対策をし、力が上の相手にどう立ち向かうか――。そこで問われるのが指導者の手腕だ。
「ホーム&アウェイのリーグ戦をすることは、選手だけでなく指導者のレベルアップにもなります。たとえば、アウェイで0対3で負けた相手に、ホームで1対0で勝ったとします。これは初戦で対戦した後、選手や指導者が差を埋めるために分析しトレーニングに落とし込み、努力をした証拠です。また初戦で勝ったチームは、次の対戦ではどうやって勝ちに行くかを考えます。一回しか対戦しなければ負けて忘れてしまうこともありますが、もう一度試合をするとわかっていれば、対戦相手がどんな選手だったか、次の対策も考えて準備するようになり、分析する目も養われます。指導者だけでなく、選手もこの経験を小さい頃から繰り返すことで成長していきます。この集大成が、ドイツ代表の試合巧者ぶりにつながっていると感じています」
サッカーがうまくなるために必要なのが、真剣勝負を繰り返すこと。そして、試合のたびに何ができて、何ができなかったのかを分析し、向上するためにどうすればいいかを考え、トレーニングすることである。そのためには、毎週、真剣勝負が行われるリーグ戦(公式戦)が重要になる。
「ドイツ時代に"1回の真剣勝負は30回の練習に匹敵する"という言葉を聞いたことがあります。ドイツでは毎年、昇格と降格をかけたリーグ戦が年間30試合近くあります。日本の高校の場合、インターハイや選手権の予選などトーナメントの初戦で敗退すると、年間に戦う公式戦は数試合という現状があります。ドイツの同年代の選手と比較すると、単純に1シーズンあたりに経験する公式戦の数で25試合以上の開きがあるのです。また、選手1人あたりで見ると25試合ですが、1チームに20人いるとすると、500試合の差になり、国単位で1年間に戦う公式戦の数を比較すると、ドイツと日本の総数は数万試合の差になるとも言えます。つまり日本とドイツにおいては、グラスルーツにおける本番の経験の量や質が圧倒的に違うのです」
■移籍は当たり前。試合に出て成長することを重視するドイツ
昇格、降格がある公式戦に限らず、トレーニングマッチであっても気を抜いたプレーが出にくい環境があるのが、ドイツを始めとするヨーロッパの多くの国と日本との違いだ。ドイツではブンデスリーガを頂点としたピラミッドが確立されていて、良いプレーをすれば認められ、よりレベルの高いチームへと移っていく現実がある。選手の移籍は日常のことで、ある種の紳士協定はあるが、選手自身もより上のレベルのチームへ行きたいと考え、小学生でもトライアウトを積極的に受けに行く。強いチームにいたとしても、試合に出られなければ、出られそうなチームに移籍する。選手の移籍が少年時代から当たり前のように行われ、多くの選手や保護者が『試合に出て成長すること』を重視している。それこそが、良い選手を生み出すポイントと言えるだろう。「私がドイツ時代に指導していたアマチュアチームの対戦相手に、飛び抜けて能力の高い選手がいました。私のチームの監督がレバークーゼンやFCケルンの育成のコーチ経験があったため、すぐに育成のプロの指導者に電話をして『いい選手がいるから見てみないか』と話している現場に出くわしました。彼らも選手のスカウト網を持っているので、『ああ、その選手は知っているよ』という反応でしたが、その選手は次のシーズンにレバークーゼンでプレーしていました。小学生年代にもスカウトが行き届いていて、良い選手がいたらすぐにスカウトをするというドイツのサッカー文化に驚きましたね」
ドイツでは、どこでサッカーしていても、多くの選手が真剣勝負を戦う仕組みがあり、良い選手にはより高いレベルのチームでプレーする道が開かれている。さらに、チームで試合に出られない選手であっても、移籍をして下部のリーグでプレーすることによって出場経験を積むことができ、そこからまた上のリーグを目指すことのできるチャンスがあることも見逃せない。
トライアウトを受けに来る選手がいるということは、チームを追われる選手も存在する。そのため、一つのプレー、一つの試合が競争の場であり、緊張感のある中で行われている。それは選手だけでなく、指導者も同じこと。良い指導をし、結果を残せばよりレベルの高いチームへとステップアップする仕組みがある。指導内容だけでなく、環境や制度も含めた"サッカー文化"の成熟こそが、ドイツが大国たるゆえんと言えるだろう。
<プロフィール>
三枝寛和。渋谷教育学園渋谷中学高等学校サッカー部顧問。大学卒業後、ケルンスポーツ大学で学ぶ。ドイツサッカー協会公認A級ライセンス、UEFA公認A級ライセンス保持。
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取材・文 取材・文=鈴木智之