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ユース版FAカップを三度獲得。プロ意識を促すチェルシーの選手育成

アブラモビッチによるクラブ買収以降、チャンピオンズリーグを含むタイトルを次々と獲得するようになったチェルシーは、「金満クラブ」と揶揄されながらも、チェルシーはイングランド国内でアカデミーの評判を着実に高めつつあります。チェルシーアカデミーの運営目的は二つあります。毎年一人以上の選手をトップチームに昇格させること、それから他のどのクラブよりも多くのプロ選手を輩出することです。FAカップのユース版として知られる「FAユースカップ」では、2010年、2012年、2014年と三度に渡って優勝。目指す理想像は「世界最高の選手育成機関」だというチェルシーの、ユースチームの強さの秘訣に迫ってみましょう。

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取材・文/永田到

■成長の要素を5項目に分類

チェルシーのアカデミーが特徴的なのは、「選手成長の要素を細分化」しているところにあります。日本では心・技・体の三位一体で語られるメンタル面、テクニック面、フィジカル面の3項目に、戦術的要素にあたる攻撃面と守備面を加えた合計5項目に分類して選手の成長を見ています。この5項目は、選手による記入が義務付けられている日次の振り返りシートにも反映されており、成長過程が多角的に把握できるようになっています。

実際にどんな内容が書かれているのか、アカデミー生のベン・スミス君が書いた振り返りシートを見てみましょう。リバプールFCのユースチームとの練習試合が行われた日は、こんな内容になっています。

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◆試合概要
対戦相手:リバプールFCユースチーム
ポジション:攻撃的MF
出場時間:30分

◆振り返り
①メンタル面:
厳しい練習を一週間続けてきたことで、自信を持てるようになってきた。先週末、プライベートで不幸な出来事が起こってしまった。でもそれを発奮材料にして取り組んできた。今シーズンは僕にとって正念場だ。コンスタントに毎週試合出場できるようにしたい。

②テクニック面:
試合開始直後、味方選手に出した強めのパスには、スペースを大きく使えというメッセージを込めていたつもり。後になって試合を映像で振り返ってみると、空いたスペースに切り込む時、無駄な時間をかけてしまった。スペースを生み出すことはしっかり出来ていたから、シュートをもっと積極的に打っていくべきだったと思う。

③フィジカル面:自信を持てるようになったことが、対戦相手を前にしたボール保持の時に活かせていると思う。激しいぶつかり合いを始めから最後まで続けていたから、最後は疲労困憊になったが、それでも試合中は常にひたむきにプレーした。

④攻撃面:
ナンバー10の選手として、チームで果たすべき役割がようやく理解できるようになってきたと思う。それにチームメイトのジョーダンとのコンビネーションもやっとつかめてきた気がする。でも、サイドの選手と相手陣内に攻め込む時は、工夫なく内側に切り込むだけの単調なプレーに終わっていた。もっとクリエイティブな動きをして、相手に予想もつかないような動きを出来るようにしていこう。

⑤守備面:高い位置からプレスを仕掛けていったことで、リバプールのセンターバックをキーパーのすぐそばまで追い込めていたのはよかった。でも一度だけ、対戦相手のボールを奪い損ねた場面があった。今後は判断をとにかく素早くしていきたい。

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選手本人のこうした振り返りに加えて、良かった点と改善すべき点をコーチがシートに書き加えていきます。このスミス君に関しては、コーチから次のようなコメントが入りました。「いいボールの扱いが出来ていたね。フィジカル面に関しては、背番号6の相手選手を上回っていたよ。それからセカンドボールを意識したポジション取りと走り込みがしっかり出来ていた」「改善すべき点は、相手の中盤から最前線への飛び出しに、しっかりと注意して対処していくことだね」

要素を細分化して見ていくメリットは、課題をより明確化出来るということです。例えば「あのMFは最近テクニックが上達している」となっても、そのテクニックが攻撃に関わるだけのものであれば、「守備面のテクニックにはまだ成長が見られない」ということになるのです。

■目標はインタビュー形式で。選手の顔つきは、もはやプロそのもの

上記の振り返りシートに加えて、クラブハウスの面談室を活用したインタビュー撮影が定期的に実施されており、短期と長期の目標を、数分の持ち時間で宣言する機会がユース選手には設けられています。カメラを前にしたインタビューという、プロと同様の状況を体験することで、ユース選手はその自覚を飛躍的に高めます。語られる目標も、「今後半年で20試合に出場します」といったように、極めて具体的な内容となっています。憧れの有名選手を目指すというような、単純な思いつきを語るような場面は見られません。常に自分の現状を主体として、課題に対して具体的な取り組みについて言及されており、理路整然としています。

こうして、成長の要素を分類して選手と向き合い、プロを目指す意識を高める環境が整備されていることが、FAユースカップを3度獲得したチェルシーアカデミーの強さの秘訣なのです。