09.16.2014
アジアサッカーを開拓! カンボジアフットボールアカデミーとは?
「こちらに来てから感じるのは、日本人の指導者が、日本人の想像する以上にカンボジアの人たちに必要とされているということなんです」
サカイクに掲載された『カンボジアにサッカーを! 日本人コーチの挑戦』でカンボジアサッカーの現状と、子どもたちの指導に当たる様子を伝えてくれた壱岐友輔さん。壱岐さんは日本サッカー協会のアジア貢献事業の一環としてベガルタ仙台に籍を置いたまま、今年2月からカンボジアサッカーの育成に携わっていますが、現地で日本人に対する期待をひしひしと感じる毎日だといいます。(取材・文/杜乃伍真)
■カンボジアはJリーグ開幕以前の日本
「ここでは日常的にストリートサッカーをしている子どもや大人たちもたくさんいて、サッカーが大好きな人たちがとても多いと感じます。週末になるとテレビ放映でプレミアリーグやJリーグの試合もやっています。でも、トップチームのカンボジアリーグの現状はといえば、スタジアムは家族や仕事仲間が集まる程度で閑古鳥が鳴いているような状態。そのような状況なのだから、育成となるとまったく手付かずの状態でした。だから僕が育成面において提案するもの、たとえば、日本にあるトレセン制度にものにすごく興味を抱いてくれて、すぐに取り入れてくれる姿勢があります。何か新しいことをやろうとしたときに、カンボジアのサッカー協会、そしてJAICA(国際協力機構)などからサポートもあるから話も早いんです」そもそも壱岐さんの取り組みの先にあるものは、2023年にカンボジアで開催されるSea Games(東南アジア競技大会)に出場するサッカー・カンボジア代表の強化を図ること。そのための育成年代でのプロジェクトです。
ですから、カンボジアサッカー協会としては、なんとしてもこのプロジェクトを成功させなければならないという背景もあり、それがカンボジアのサッカー関係者が日本人に学びたいという強い気持ちに繋がっているのだろうと壱岐さんはいいます。
それは、ちょうどJリーグが開幕する直前の日本と同じような状況なのかもしれません。神様ジーコが鹿島アントラーズの前身である住友金属のグラウンドに来て、サッカーの指導を始めた。にわかには信じられないような光景が目の前にある。何かが始まることだけは感覚としてわかる。だから何かに着手しないといけないのだけれど、何から手をつけていいのかわからない、という状況。
「日本人はここでどんな仕事をしてくれるのかを彼らは見ているのですから、信頼を勝ち取るためにも良い仕事をしなければいけない。とはいえ、僕ら教える側の指導者の立場としては、やはり『郷に入れば郷に従え』がとても大切ですから、カンボジアの事情にどう合わせていくのか。そのうえで自分が持っているものをどうすれば伝えることができるのか、が大事になると思うんです。言葉もわからない、緊張感があるなかで仕事ができるのは指導者として間違いなく良い経験になっていると思います」
また、日本人の指導者だけではなく、現地に日本のアカデミーのチームが来てほしいと壱岐さんはいいます。
「日本の子どもたちにとって、自分を知るいい機会になると思います。日本にいるとどうしても日本での生活が当たり前に感じてしまうもの。でも、日本の常識は世界の非常識という言葉もあるように、グラウンド外ならば、たとえば信号無視や逆走もあるし、トイレは水洗だけではありません。多民族国家なので色々な言葉も飛び交っている。カンボジアに来てみれば、日本ではありえないような光景や出来事を感じられるだけでも視野が広がるし、大きな経験になると思うんです」
■カンボジアサッカーの開拓者として
8月にカンボジアで開催されたヤマハチャレンジカップに参加した日本のU14岐阜県選抜はこんな経験をしたといいます。「やはり一目置かれた存在だったんですよ。彼らが一番魅力的なサッカーをしていたのも事実です。カンボジアでは守備は守備、攻撃は攻撃という分業制というのが現状のレベルなんです。そういう子どもたちからすれば、日本のチームはまさにブラジル代表が来たかのような感覚で一つひとつのプレーに見入ってくれる。そんな注目される状況下でプレーができる日本の子どもたちには、ほどよい緊張感もあるし、間違いなく貴重な経験になるのではないでしょうか」
カンボジアのサッカーはようやく始まったばかりという状況ですが、その開拓者として現場に従事できる喜びは当然あります。現在、唯一の日本人として現場を切り盛りする壱岐さんとしても「ひとりでも多くの日本人の指導者が来てもらえると心強いですね」といいます。
今後の活動としては、カンボジアフットボールアカデミーでの中央開催のリーグ戦を行いつつ、その日の午後には、集まった子どもたちから選抜してトレセン活動をスタートさせる予定。少しずつ育成環境の整備が進みつつあります。まだカンボジアのトップ選手は国内でプレーするのがやっとという状況ですが、いつか、かつての三浦知良さんや中田英寿さんのような世界に、とまではいかなくとも、隣国でプロリーグが盛んで日本のJ2クラブ並の給料がもらえるタイや、Jリーグの各クラブに飛び出して活躍する選手が出てくれば、カンボジア国内でのサッカーへの注目度はより高まるでしょう。
「子どもたちに『サッカーで活躍すると、たくさんお金がもらえたり、いい家が買えたりするんだよ』という話をすると目を輝かせながら聞いてくれるし、僕は意図的にそう仕向けています。だって20年前の日本も同じ状況だったのに、いまの子どもたちは欧州で活躍することを目標にしているんですから。現状のカンボジアではサッカーでお金を稼ぐのは難しいし、日々の生活で精一杯だから、ほとんどの子どもたちが夢を持てていません。だからこそ、カンボジアでのサッカーの価値を高めて子どもたちに夢を持たせてあげたいんです」
カンボジアのサッカーの現場で起きていることをより多くの人たちに知ってほしい――それが壱岐さんの切なる願いです。
【2023 プロジェクト】
2023年Sea Games(東南アジア競技大会)において優勝を目標に、FFCによる重要なプロジェクトの一環として昨年カンボジアフットボールアカデミーが設立。現在はFFC直下のエリートプログラムとしてカンボジア全土から選抜された14歳以下の子供達がアカデミーに所属し、FIFA予算のもと施設されたNational Football Center(天然芝コート4面&宿泊施設)で年間を通じて寝食をともにし目標に向けて活動中。アカデミー監督は壱岐友輔氏(べガルダ仙台)。
取材・文 杜乃伍真