10.10.2014
「見て、自立を促す」 前橋育英・山田耕介監督の育成の哲学
ドイツでプレーする細貝萌や、元日本代表MF山口素弘(現・横浜FC監督)ら数多くの名選手を輩出してきている前橋育英校。サッカーファンなら誰もが知る名門だが、その練習法に特別なものはなかった。才能を育てる術。山田耕介監督の育成法に迫る。(文/安藤隆人 写真/Simon Gawn)
"上州のタイガーブラック集団"
この名を聞いてピンとくる人は高校サッカー通だ。これは群馬県の名門・前橋育英高校サッカー部の異名で、黄色と黒の縦縞の伝統あるユニフォームにちなんでこう呼ばれている。
全国制覇はインターハイの1回のみだが、前橋育英が凄いのは輩出したプロの数だ。引退している選手なども含めるとその数は100を超え、全国屈指のJリーガー育成校となっている。卒業生には山口素弘(横浜FC監督)、松田直樹(故人・松本山雅)というW杯戦士や、細貝萌(ヘルタ・ベルリン)のように欧州で活躍する選手もいる。ほかにも松下裕樹(横浜FC)、青木剛(鹿島)、青木拓矢(浦和)、田中亜土夢(新潟)、六平光成(清水)、皆川佑介(広島)といった各クラブの主軸級も多数いる。
では、なぜ前橋育英はここまで多くの人材を輩出できているのだろうか。
「練習は普通です。特別な何かをしている訳ではなく、いたってオーソドックスなもの。劇的に成長させるような『魔法のレシピ』なんて存在しませんよ」
こう語るのは、前橋育英サッカー部を率いて30年の名将・山田耕介監督。監督と筆者の付き合いは13年近くになり、前橋育英高校に足を運んだ回数も数え切れないほど。確かに目にしてきた練習はありふれたもので、何か特別なことをやっているわけでもなかった。ありがちなスパルタ教育で選手を鍛え上げるわけでもなく、怒鳴り散らすわけでもない。練習時間も2時間きっかりで非常にソフトな印象を受けるが、そうかと言って『優しい監督』というわけでもない。練習中の選手を見る目の鋭さは凄まじく、細貝も「あのオーラで見られたら、一瞬たりとも気が抜けない」と口にするほど。その鋭い眼光で、いい緊張感を練習にもたせている。
「選手たちの良いプレーを絶対に見逃さないようにしている。良いプレーというのは、うまいプレーだけでなく、『こういうタイプだと思っていたけど、実はこんなプレーもできるのか』と、選手たちが見せた変化や本質を見逃さないこと。それを見出してあげたら、あとはそれを意識して出せるようにアプローチしてあげることが大事」(山田監督)。
監督は『選手の特徴を見抜く目』に長けており、選手の長所と短所を見極めてからそれに即したアドバイスを送り、潜在能力を引き出している。
筆者にとって印象深いのは、細貝のケースだ。中学時代は多彩なパスとキープ力を駆使。端正な顔立ちもあってピッチ上では『王子様』的な存在で、年代別の日本代表においても華麗なプレーで中心的存在となっていた。しかし、山田監督の見立ては違った。「ハジメは自分がパスを出す人間だと思っていた。確かにパスはうまかった。でもよく見ると、ボールを奪うのが非常にうまかった。予測をして、先回りをして、寄せてボールを奪い切れる。この能力が凄く魅力的だった」と、彼の攻撃力ではなく、守備力に惚れ込んだ。
それまでトップ下に君臨していた細貝は、ボランチやサイドバックという守備のポジションで使われるようになる。「最初は不満そうでしたよ。嫌々やっているときもありましたけど、やっぱりボールを奪う能力は本当に素晴らしかったんです」(山田監督)。当の細貝は「本音を言えば攻撃的なポジションをやりたいですよ。でも、監督からそう言われるので。でも、最初は本当に嫌でしたけど、ボールを奪うことが徐々に楽しくなってきました」と、本人への取材時に語っていた。最初は自分の長所を長所だと思っていなかった。しかし、監督のアプローチで気づくことができ、それが徐々に自分のストロングポイントに変わっていった。
今の細貝を見ても『攻撃的な選手』、『華麗な選手』と思う人はまずいないだろう。対人に優れ、屈強なフィジカルと鋭い読みで攻撃の芽を摘み、攻撃の起点となるパスを出す。このスタイルでブンデスリーガの名門ヘルタ・ベルリンで不動の地位をつかみ、ザックジャパンでは最後のところでW杯招集メンバーから外れたものの、アギーレ新監督の下では定位置確保に向け順調なスタートを見せている。
細貝のほか、既述の山口、松下、松田、青木剛、青木拓、六平といった選手たちも、ボランチやCB。山田監督がその能力を見出して育てた選手たちだ。
「高校年代から自分を知ることは大事。自分を知らないまま先に行くのは、あまりにも危険すぎます。自分を知るということは、『自立』につながるのです。僕はこの年代を指導するにあたって一番大事なことは、『自立』だと思っています。選手たちが自分で気づき、学び、それを武器にしてピッチで表現する。『自立』していない選手は伸びないと思います」(山田監督)
自らを知ることで自分の武器、特徴を知る。それをいかにピッチ上で生かすか、組織で生かすかを考えトライすることにより、選手たちは自立して、成長をしていく。上州のタイガーブラック集団から巣立った選手たちは、自立をベースにプロの世界で躍動をしている。
『魔法のレシピ』は存在しない。重要なのは選手のプレーを見てあげること、自立を促すこと、そして周囲の環境。山田監督の哲学はそれを表している。
取材・文 安藤隆人 写真 Simon Gawn