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青森山田高校・黒田剛監督の哲学・前編『やりたくないことをやらせる』

東北の雄・青森山田高校。日本代表で主軸を担うMF柴崎岳(鹿島)をはじめ、幾人ものJリーガーを輩出している成長著しい学校だ。黒田剛監督は、『自分たちのサッカー』をさせないことで、チームを強豪へと押し上げた知将。その哲学を読み解く。(取材・文・写真/安藤隆人)

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■ やりたくないことをやらせる

青森山田高校。インターハイ優勝1回、選手権準優勝1回、ベスト4を2回経験し、ユース年代最高峰のリーグである、高円宮杯プレミアリーグで立ち上げから4年連続で参戦し、ハイレベルなJユースにも対等な戦いを見せる強豪である。今年は付属中学が全国中学校サッカー大会で初優勝を遂げるなど、中高ともに全国トップレベルと言える。
 
青森山田を全国屈指の強豪に仕立て上げた黒田剛監督は、試合を分析する力、選手たちのメンタルをコントロールする力に長けており、その知将から見出された選手の中には日本代表MF柴崎岳(鹿島)、橋本和(柏)、櫛引政敏(清水)などがいる。しっかりと育成し、確実に結果を出す。黒田監督はどのように試合を分析して普段の練習に落とし込み、優秀な選手を育てているのか。選手権青森県大会18連覇を達成した直後に聞いた。
 
「試合をやっている最中は勝利というものを目指してやっているので、勝利から逆算しての選手の動きだとか、パフォーマンスなどが期待どおりなのかを見ます。(攻撃での)得点、(守備での)失点は匂いがするものなので、失点などはそのような事故が起こる前に手を打たないといけない。当然、勝利から逆算した中で何をしなければならないかを公式戦ではやらないといけない。そして、試合が終わった後には、次の試合で起用する選手が、その中で何ができるかどうかのイメージをつくり上げることをやります」。

指向する戦術にこだわりすぎるのではなく、あくまで勝利を意識しながら、何が足りないのか、どの選手をどう起用すれば機能するのかを考える。そこには当然、相手の力量も計算に入れるという。

「自分たちよりも格上、同等、格下かどうかを見極めます。もちろん、ポゼッションで優位に立ちながら、試合のイニチアティブを取れることがいいには決まっているのですが、相手によってはそれができない場合がある。プレミアリーグなんかは良い例で、相手はそれなりに能力があって、チーム力があるので、自分たちのやりたいことをどこまでやって、やれないときはそれを制限して、やりたくないことをやっていくか。この部分の勝負になる」。

『やりたくないことをいかにやるか』。これは近年のサッカーの考えでは否定的に捉えがちである。なぜならば自分たちが志向するサッカーをどんな相手でもやり切ることを、確固たる理想として持つ傾向があるからだ。確かにこだわりを持つことは大事だし、ぶれずにやり切ることは大切だ。しかし、一つのことに縛られて柔軟性を失ってしまうことは、日本の育成に取って大きなマイナスである。AFC U-16 選手権やAFC U-19選手権でもそうだったが、思いどおりに行かなくなったとき、想定外の出来事が起きたときの対応力に乏しいと、勝負の世界では勝てない。黒田監督はここを強調する。

「やりたいことばかりやらせることは簡単です。でも、一番難しいのがやりたくないことをやらせること。具体的に言うと、今の子供たちがやりたくない、指導者がやらせたくないことというのは、『守ること』、『争うこと』です。これは肉体的にも、精神的にも凄くストレスが掛かかります。体力的には、走って戻らないといけないし、厳しく競らないといけないので。やっぱり人間はストレスが掛かることを嫌います。じゃあ、嫌いなことをどのようにやらせるか。自分が戻っておくことで、何かあったときに対応ができるというメリットを、ちゃんと意識してやれるか。『7割の確率で大丈夫だから、行かなくてもいいかな』と思う選手はダメだと思います。しんどくても保険に入っておくことは大事で 、そこをしっかりと判断できる選手が素晴らしいと思います」。

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■ 耐えるべきところは耐える

「自分たちのサッカーを貫きたい」「自分たちのサッカーをやるだけ」と、『自分たちのサッカー』という言葉が安易に使われている昨今、選手たちに『犠牲心』を植え付ける作業は困難を要する。だが、黒田監督は「そこは『教育』です」と口にする。

「自分たちのやりたいサッカーをやるということは、自分たちがやりたくないことをどれだけできるかというところの逆算になります。良い守備をしっかりとやって、相手に好きなことをさせない。相手だって、やりたいことは攻めることなので、やりたいことをさせないことが、自分たちのやりたいことにつながると感じています」。

印象的なシーンが今年のチームにあった。チームには力があり、ボールポゼッションもできるチームだったが、春先はプレミアリーグで負けが続き、結果を出せないでいた。負け試合の内容をすべて見ても、相手より劣っていた訳でもなく、試合を支配してさえいた。しかし、リードしたり、同点の状況で試合終盤までは持ち込むことができても、最後の数分で失点をし、勝ち点を落とす試合が多々あった。

「勝ちきれない、勝ち点を取りきれないのは、それは完全な『弱さ』。やりたいことができるから勝てるのではなく、耐えるべきところは耐える、攻めるべきところは攻めるという、勝負所で力を発揮できないから結果が出ない。真の強いチームはそこを見逃さず、必ず勝ちきる。それができていないのは、自分たちを自分たち自身で全く理解できていないからで、みんな『やれているつもり』でプレーをしている」と黒田監督は苦言を呈した。選手たちには「自分たちのサッカーを貫きたい」という欲求、姿勢しか見られなかっただけに、黒田監督はあるプレミアリーグの試合で、何も指示を出さずに選手たちを突き放し、自分たちのやりたいようにやらせた。結果は1?0でリードするも、終盤に2点を奪われての逆転負け。この敗戦が選手たちを目覚めさせた。(後半へ続く