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テニス錦織、サッカー本田、好調の要因に迫る

技術があってもそれだけでは結果は出せない。技術、コンディションの良さ、そしてメンタルの充実さがあって、最高のパフォーマンスを出すことができる。ここでは今季活躍する2人の人物、テニスの錦織圭、サッカーの本田圭佑の好調の秘密に迫る。(文/一色伸裕 写真/Mutsu Kawamori

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■甘えた考えを叩き直す

テニスの錦織圭は全米オープンで準優勝、そして11月に行われたATPツアー・ファイナルでも好パフォーマンスを披露し、世界のベスト8しか出場できないハイレベルな大会で準決勝まで駒を進めた。2014年、目覚しい活躍を見せた同選手。その大躍進の陰に、マイケル・チャンというコーチの存在があった。 

昨年の5月にマドリードオープンを取材した際、錦織はこのようなことを言っていた。「最高の勝利の一つ。とても満足している。フェデラーは憧れの存在であり、そのような選手とプレーでき勝ててうれしい」と。シングルス3回戦で第2シードのロジャー・フェデラー(スイス・当時世界ランク2位)を破った直後のコメントだ。結果として準々決勝では世界ランク113位のパブロ・アンドゥハール(スペイン)に敗れ、8強入りはしたものの、憧れのフェデラーへの勝利に満足した表情を見せていた。

そこから約1年後の、同じマドリードオープン。錦織は準決勝で第10シードの世界ランク5位ダビド・フェレール(スペイン)を下し、ファイナルへ。決勝は負傷により途中棄権したが、迎えた9月の全米オープンでは快進撃を見せ、日本人初となる四大大会決勝の舞台へと上り詰めた。最後のところでマリン・チリッチ(クロアチア)に敗れたが、その奮闘にはテニスファンのみならず、日本の多くの人が拍手を送った。

この1年で何が変わったのか。その理由としてマイケル・チャン氏の指導が大きいと言われている。同氏は昨年末に錦織のコーチに就任すると、彼のメンタルの弱さを叩き直した。錦織の「フェデラーと当たるのはワクワクします」という過去のコメントに触れ、「コート外で尊敬するのはいい、だが、コートの中では『お前は邪魔な存在だ』ぐらいのつもりでいろ」と試合に臨む甘えた姿勢を叱咤し、練習への取り組み方についても「なんで1時間前に練習場にくるんだ。2時間前にきて、ストレッチの時間を倍にしろ」と強く諫言した。もちろん技術的な指導の賜物もあったわけだが、その後は練習や試合に臨む姿勢も様変わりし、全米オープンでは「この大会では負ける気がしない」と、それまでの錦織からは想像もつかないような強気な言葉も出るようになっていた。

技術やフィジカルトレーニング、コンディションの調整法などをチャンコーチに教わった錦織だが、もとより技術の高さには定評があっただけに、感情をコントロールする術を学んだことも結果へとつながったと言えるのだろう。錦織自身も「休むときは休んで体調管理はできている。練習で自分を追い込むことで、試合を楽に戦えている。いまは勇気を持って戦うことができている」と自信をつけた様子だった。

■環境の変化、心身の疲労がパフォーマンスへ悪影響

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サッカーでメンタルの強さを持って結果を出している選手と言えば、日本代表MF本田圭佑がいる。

昨季途中、ロシアのCSKAモスクワからイタリアの名門ACミランへと移籍した本田だったが、周囲の期待とは裏腹に不振にあえぐ時期を過ごした。結果が出せず、自身のパフォーマンスに納得いかなかったこともあり、CSKAモスクワ時代と違って試合後のミックスゾーンでコメントを発することは皆無。5月にシーズンを振り返ったとき、「プレーにしても、ピッチ外にしても、僕自身の思い描いていたものと違っていた」と本音を吐露したことも。一方で、芯の強さを持つ選手らしく「時間が経てば状況も変わる。そうなれば、自分の良さも出てくるだろうし、そういう状況でプレーできれば、ミランのファンを満足させることができると思う」と気持ちを切り替え、ポジティブな姿勢を見せていた。

イタリアでの慣れない生活と、慣れないサッカースタイルで疲弊した本田は、6月のW杯でも初戦コートジボワール戦でこそ得点し結果を出したが、彼本来のパフォーマンスからは程遠いプレー内容に終始。大黒柱の不調も影響し、日本は予選グループで姿を消すこととなり、同大会の日本の敗退をもって、本田の2013-2014シーズンが終わった。

オフシーズンでゆっくりと静養を取ると、迎えた新シーズン、本田は見違えるように復活を遂げ、リーグ戦開幕7試合で6得点と好調なスタートを見せた。今では地元メディアへの対応もイタリア語でやり取りするようになっており、イタリアでの生活に慣れたことで心身ともに充実した状態で試合に臨めていることが起因している様子。新監督フィリッポ・インザーギの信頼も厚く、同監督の期待に応えるように結果を出している状況だ。

元よりメンタルの強さを備えているが、周囲の雑音を嫌い、高評価を得られればそれを糧にしてさらに力を発揮するタイプ。インザーギ新監督が「彼は模範的なプロフェッショナル。ホンダは過小評価されていた。いまでは誰もが彼の実力に気づいている」(2試合連続ゴールを決めた第2節パルマ戦後)と好評したが、その言葉のあとも本田は得点を重ね続けた。ここ数試合はゴールは生まれていないが、今季のチームにおいて欠かせない存在となったことは言うまでもない。

錦織、本田の例からも分かるように、選手のパフォーマンスの良し悪しには技術、フィジカルのほかにメンタルの面が大きな影響を及ぼす。錦織はその温厚な性格に、チャンコーチによって闘争心を植え付けてもらい、本田は新しい環境に慣れることで心身を整え、新監督の高評価を得ることで自信をつけ、持ち味をさらに発揮していった。指導者は技術の指導だけでなく、選手それぞれの性格を認識し、選手に合った環境を整えてあげ、選手たちの心身の成長、レベルアップを促す大事な役割を担っていると言えるのかもしれない。