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高校サッカー名門校・市船の分析力 後編

勝利が絶対命題とされる強豪校は、徹底して戦術を叩き込み、勝利への意識を植え付けさせる。これが一昔前の主たる指導法だった。現在は青森山田高校の黒田剛監督、市立船橋高校の朝岡隆蔵監督のように、『やりたいことをやらせ、やりたくないこともやらせる』という教えが、名将・知将と呼ばれる監督たちに共通する哲学となっている。千葉県・市立船橋高校は、この哲学を基に、伝統を受け継ぎつつも革新を遂げた注目すべきチームである(取材・文・写真/安藤隆人)

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■青森山田高校・黒田監督と共通する哲学

今年のチームを語る上で、まず昨年のチームについて触れておきたい。昨年はFW石田雅俊、CB磐瀬剛(ともに京都サンガF.C.)という攻守の柱がおり、彼らを基準に、より攻撃的な2バックシステムを採用していた。磐瀬と柴戸海(現・明治大)が2人で最終ラインをカバーし、その前にダブルボランチ、ワントップの後ろに3シャドーを並べ、さらに両ワイドにウィングバックを置くシステムは、全国でもトップレベルの攻撃力だった。堅守速攻が伝統だった市船にとって、このスタイルへの変更は革新と言えるものだった。

「去年のチームは後ろに重きを置くのではなくて、前に比重を置いた方が勝機が高いと判断しました。その代わりサイドアタックによる崩しにはこだわりましたね。そうるすとほとんどの相手がマンツーマンかリトリートをして、自分たちの良さを消そうとしてきます。実際にそうなったときにどう対応をするか、そこで何をすべきかを考えました。どんなチームが相手でも切り崩せるチームだったので、それを貫く代わりに、攻守の切り替えの速さは徹底してやりました。守備練習では相手の攻撃をディレイさせるなど、カウンター対策ばかりやりました。むやみに取りにいかず、全力で守備に戻る。自分たちがやりたいことをやるためには、まずは自分たちがやりたくないことを全力でやらないといけない。さらに相手をしっかりと見て、分析や判断をしながら、自分たちの形に持ち込んでいく。このことは常に言い続けました」(朝岡隆蔵監督)。

『やりたいことをやるには、やりたくないこともやらなければならない』。これは青森山田の黒田剛監督の哲学にも共通するものがある。相手の狙いや戦い方を分析した上で、どこでやりたくないことをして、どこでやりたいことをするかを判断する。これこそが、勝率を高める最良の手段となっているようだ。守備が手薄な2バックシステムに対し、相手は守備を固めながら当然のごとくカウンターを狙ってくる。『やりたくないこと=守備』をやることで、このような展開への対応力も身に付けた。あとは持ち味である攻撃力を発揮するだけ。この戦い方を貫いてきたからこそ、彼らはインターハイ制覇という結果を出せたのだろう。

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■豚肉、ジャガイモ、人参で何を作る?

『新しい風』を市船にもたらした朝岡監督。市船の新スタイルとしてこの『色』が継承されると思われたが、今年のチームには同じスタイルを踏襲しなかった。

「去年と今年は当然選手も変わる。選手だけでなく、スタッフにも『去年の残像を追うな』ということは伝えました。今年の選手たちが生きる場所をつくり、やりやすい組織をつくる。自分がスタイルにこだわってしまったら、市船の勝利にはつながらない。勝つためには、自分たちに合った方法を探していこうと話をしました」。

去年できたから、今年が出来るとは限らない。まずは新しい選手たちの実力を把握してから、何が長所で、何が短所かを分析し、新チームをつくっていく。

「今年はボールを保持する力がなかったので、守備から入ろうというコンセプトにしました」。

朝岡監督は3-4-3、4-1-4-1など試行錯誤を繰り返し、守備で相手の狙いを封じて素早いカウンターを仕掛けることを新チームのコンセプトとした。こうして昨年とはまったく異なるチームをつくり上げた。選手権こそ千葉県予選決勝でライバルの流通経済大柏に、2-3の敗戦を喫してしまったが、プレミアリーグイーストにおいて、高体連で最高順位となる4位になるなど、手腕の高さをしっかりと証明した。

「1年を通してチームのコンセプトというのは少しずつ変わっていきます。結局は相手と自分たちの力の対比の中で、どのようなゲームになっていくのかを考える。いくら守備を強化しても自分たちより弱い相手に対しては、こっちが主導権を握ることになる。そこでウチがほかの選択肢を持てないようでは困るので、自分たちでその都度しっかりと状況を分析して、判断をしていかないといけない。色んな情報を選手たちに与えて、ただ『自分たちで自由に判断をしなさい』と言っても、それはそれで難しい。そこで指導者はどう『拠り所』を与えるかが重要になってくるのだと思います」

指導者が答えを出してしまっては選手のためにならない。選手が答えを出すためのサポートくらいがちょうどいいようだ。

「相手のパワーバランスはどうなっていますか、どこからプレッシングを掛けてきますか、2トップですか1トップですか、3バックですか、4バックですかと問い掛けて、答えを出す材料を与えることが大事なんです。自分たちがマッチアップするべき相手、駆け引きをするべき相手を感じなさいというのをよく言います。よく例え話をするのが、『豚肉とジャガイモと人参を用意したら、何を作るんだ?』と聞くと、カレー、シチューなどが出てきますが、それは全部正解。材料を渡されて、そこから導かれる答えをチームとして打ち出しなさいと言います。そして、その答えは決して一つではありません」。

朝岡監督を始め、選手、スタッフは常に自己分析をし、自問自答をしながら自分たちのスタイルを積み上げている。それはすべて「市船は勝たなければいけない使命を担っている」という伝統があるからこそ。ただ、ここで誤解してはいけないのは、決して単純な『勝利至上主義』に走っている訳ではないこと。目標を掲げ、それを実現させるためには自分たちが何をすべきかを逆算し、真摯に取り組む。それこそが選手たちの成長を促し、ひいては勝利へとつながるのである。

「『勝利を追求することが、育成を妨げる』とか言われますが、僕は追求して良いと思っているんです。大事なのは方法論とか、相手を尊重しつつその上で敵を分析して戦うこと。それらを踏まえて勝利を追及することはなんら否定されることではないと思います。現実的な比較評価の中で方法を見出し、勝利につなげることが分析で、その分析をした上で、やりたいことと出来ること、やりたいこととやらなければいけないことの分別を、どうやって付けていくかというのが大事なことであり、そのステージに選手たちをどのようにして導くかが大切になってくると、個人的には考えています」。

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