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高校サッカー名門校の始動「桐光学園」後編

高校選手権準優勝1回、ベスト4が1回、インターハイ準優勝1回を誇り、中村俊輔(現・横浜Fマリノス)を筆頭に多くのJリーガーを輩出している名門・桐光学園。今年度の選手権は神奈川県予選準々決勝で、全国大会ベスト4に食い込んだ日大藤沢に敗れ、悔し涙を飲んだ。新チームで巻き返しを図る桐光学園のリスタートをレポートする。(文・写真/安藤隆人)

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<<前編

■鈴木監督流チームビルディング術

今年のチームには軸となる選手がいる。MF小川航基とFWイサカ・ゼイン。共にプロのスカウトが注目する選手で、特に小川はチームの大黒柱ともいうべき存在だ。鈴木監督は迷うことなく彼をキャプテンに任命した。

「彼は1年生から試合に出ていましたが、昨年はケガをしてインターハイ予選に出られなかった。そこで『選手権に出て得点王になれ』と発破を掛けましたが、その目標も叶いませんでした。チームで一番悔しい思いをした選手だと思いますし、トップフォームに戻すことができればチームを牽引してくれると思います。正直、僕としてはFWの選手にキャプテンを任せるのはどうかなと思う部分もあったのですが、彼にはピッチ上だけでなく、ピッチ外の生活態度を見ていても人を惹き付ける力があったので決めました」。

人間性を重視してキャプテンを決め、チームの柱を作った。では次に、チームのベースをどのように築いていくのか。

「システムにこだわるのではなく、来年、再来年を見据えながら、我慢するべきところは我慢するなど、戦術と選手のバランスを見てアプローチします。昨年はどうしても下級生が多かったので、今年を見据えていた部分があったとはいえ本当にハードワークしないと勝てない現実があった。それが今年になってからは、もっとボールを握って自分たちの良さを打ち出すサッカーができそうな手応えを感じています」。

昨年はインターハイも選手権も出られず、プレミアリーグ昇格もできなかった。この悔しい1年間こそがチームの土台になる。その上で、いかに選手たちが昨年の教訓や経験を生かし、新チームでのプレーに落とし込めるか。ここが巻き返しの重要なポイントになる。

「昨年のチームからの課題で、ボールロストが多くそこから失点につながる場面が多々ありました。まずはそのリスクを軽減することができれば、うちの目指している状態に近づけるのではないかと感じています」。

今年のチーム作りのテーマとなるのが『熟成』だ。新チームの立ち上げは前述の通り、「ゼロからの基本」「規律の徹底」を重視しているが、今年のチームには経験という財産がある。初心を忘れないながらも、昨年からの積み上げを無駄にしないため、まず鈴木監督が着手しているのが『組み合わせ』である。

「組み合わせの部分は昨年、少し手を焼いた感がありましたので、チームを熟成させるためにディテールを重視してアプローチしています。細かくボールポゼッションを行ったり、ファーストタッチを厳しく追求したり、いつも以上に細部を意識している。練習試合でもボールの置き場所やボールを受ける前のポジションニング、パスの選択肢に着目しています」。

選手の組み合わせ、動きの組み合わせ――。まだ固定観念がないこの時期だからこそ、妥協せずに徹底してアプローチする。そんな強い意志が、鈴木監督の言葉からひしひしと伝わってきた。

■独自の「少数精鋭主義」を補強する競争原理

ここで余談だが、桐光学園が他の強豪校と異なる特徴を挙げたい。それは「部員数」だ。現在、新2・3年生を合わせて33名の部員がおり、春に入学予定の新入生が加わっても49名にしかならない。通常、全国の強豪校は100名近い部員を抱えるのが当たり前のようになっているが、桐光学園はその約半数という少なさだ。

こうした人数管理はJクラブユースで多く見られる。『少数精鋭』にして個々へのアプローチを強化するという考え方だ。だがこれには、高校3年間での競争を維持しづらいというデメリットがある。一方、部員が多ければそれだけ競争は激しく、レギュラー陣の責任感もぐっと増す。そのような環境が選手を技術・メンタルの両面で鍛え上げるといったメリットもある。だが、少数精鋭主義は入部までが競争で、入ってからの競争が緩くなってしまう危険性があるのだ。

「おっしゃる通り、それはうちの一番の課題だと感じています。『自分たちの世代になれば試合に出られるのではないか』という弱い気持ちを変えていくためには、1年生をすぐに試合で使ってみたり、レギュラーから外したりをしながら、グラウンドでいかに競争原理を働かせるかだと感じます。ですから、例えばインフルエンザによる休部には厳しく対処しないといけません。ケガにはやむ得ない部分もありますが、風邪は自己管理にかかっている。そうしたマイナスポイントのフィードバックも与えながら、厳しく管理していかないといけないなと考えています」。

前編の冒頭で触れたインフルエンザの大流行も、鈴木監督は競争条件の一つとした。インフルエンザで休んだ選手を、復帰後に一番下のチームからスタートさせたのだ。そうすることで危機感を煽りつつ、上のチームに上がった選手のモチベーションを上げ、思わぬ成長を引き出す結果につながった。

「もちろんそれだけでなく、体力測定でも順位をオープンにするなど、他の学校よりも工夫する必要があります。そこは本当に重視していますし、スタッフ全員でチーム全体を把握し、気付いたことは率直に伝えていこうと話しています。レギュラーに対しても『ダメなものはダメ』と言わないといけないので、そのときのアプローチに矛盾がないように気を付けています。例えば、小川が代表合宿(U-18日本代表ロシア遠征)から帰ってきた直後、ジャパンユーススーパーリーグの試合で使ったら端から見ても横柄なプレーをしたので、試合後に宿泊施設から自宅に帰しました。それは決してパフォーマンスではなく、公平な目で見た上での判断です。代表選手ですら帰されてしまうという刺激や緊張感を感じたと思いますので、そこをうまくモチベーションに変えて欲しいですね。選手の優先順位は2月いっぱいまで決めていませんし、彼らにもレギュラー安泰の選手はいないと伝えています。それを信じて選手たちがどこまで戦えるかが、チーム力を上げる土台作りのポイントになると思います」(鈴木監督)。

最後に改あらためて、新チーム立ち上げの難しさ、そして重要なポイントを挙げてもらった。

「まずはゼロからの作業をすること。練習メニュー一つ、フォーム一つにしても、うちの場合はそれが戦術構築につながっていますので、スタッフがそこでの課題を見過ごしたり、プレーする選手たちが妥協してしまうと、それがチームの仕上がりの甘さに直結してしまう。難しい部分ではありますが、全スタッフで連携してディテールまで厳しく見ています」。

新チームを立ち上げるそれぞれの思惑、コンセプト、アプローチが多種多様であるからこそ、毎年個性の異なる魅力的なチームが各地で誕生する。桐光学園もまた、個性的なチームで今年のユースシーンを盛り上げてくれるはずだ。

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