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フィジカルも"目に見える"時代が来た/adidas「フィジカルデータ」セミナーレポート

4月2日、神奈川県横浜市のマリノスタウンで『adidas UEFA Young Champions 2015 関東大会』が開催された。同大会は14歳以上、16歳以下で構成されたチームによる5対5のミニゲーム形式。関東大会と関西大会の優秀選手6名が「adidas UEFA Young Champions 2015日本代表」に選出され、世界大会ではドイツ、アメリカ、ブラジルの選抜チームと世界一の称号をかけて争うことになる。当日は大会に先立ち、主催するadidas社から各出場チームの指導者に向けて『フィジカルデータ』に関するセミナーが行われた。講師は「adidas micoach」などを担当する山下崇氏。今回は、山下氏が2014年ブラジルW杯のフィジカルデータから読み解く、世界トップレベルの現状を紹介する。(取材・文/鈴木智之 写真提供/アディダスジャパン)

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■いまだ主観に頼りがちな指導者の「フィジカル観」

FIFAワールドカップ2014ブラジル大会での特徴として、上位に進出したチームに共通していたのが、「攻守の切り替えの速さ」だという。優勝したドイツを始め、死のグループを通過したコスタリカ、開催国ブラジルをPK戦まで追い詰めたチリといった、フィジカルフィットネスに長けた国の躍進は記憶に新しい。

大会のハイライトとして、印象的な場面がある。それが、オランダ代表のロッベンがスペイン戦で決めたゴールだ。ロッベンは圧倒的なスピードを活かしてDFとGKを抜き去り、ゴールを決めた。このときのロッベンの時速は37キロで、これはFIFA主催大会の最高速度だった。まさに、ロッベンの類まれなフィジカルフィットネスが生んだゴールである。

「走るスピード」「走る距離」「高強度のスプリントの回数」は、トップレベルのサッカーを制する上で欠かせないものになりつつある。たとえば、今季の欧州チャンピオンズリーグのドルトムント対アーセナル。2-0でドルトムントが勝利したこの試合、両チームの合計走行距離を比べると、11キロもの差があった。これはおよそ選手ひとりぶんである。ドルトムントの走力が、アーセナルを圧倒したゆえの勝利だった。

山下氏は言う。「スポーツで大切なのは戦術、技術、精神力、フィジカルです。私はいろいろなチームの監督さんと話をさせていただくのですが、一番気にされるのは戦術、技術なんですね。精神力、フィジカルについては、まだまだ主観に基づいたものが多いというのが現状です。そこで我々が目指すのは、数値化しにくいフィジカルを"見える化"すること。そうすることで監督さんや選手たちをサポートしたいと考えています」

目に見えないフィジカルデータを"見える化"する。そのためのツールが『micoach』だ。現在、サッカーで使用されているmicoachにはプロ仕様の「マイコーチ・エリート」と、一般向けの「マイコーチ・スピードセル」の2つがある。「マイコーチ・エリート」では選手のインナーシャツに「プレイヤーセル」というデータ測定デバイスを装着。これにGPSや心拍センサー、加速センサーが内蔵されており、心拍数、加減速、スピード、走行距離、位置情報などをトラッキングすることができる。計測したデータを「ベースステーション」に送れば、データを解析してiPadなどでリアルタイムに見ることができるのだ。

プロ仕様の「マイコーチ・エリート」はACミランやバイエルン・ミュンヘン、レアル・マドリーのトップとユースや、アメリカ・メジャーリーグサッカーの全チーム、アルゼンチン代表やドイツ代表など、トップレベルのチームが活用している。日本では横浜F・マリノスが使用しており、フィジカルコーチが毎日、選手のデータを監督に報告しているという。

■データがトレーニングの価値を「質」に転化する

もうひとつ、一般向けに発売されているのが「マイコーチ・スピードセル」だ。これは小型の計測デバイスを専用スパイクに装着するタイプのもので、試合後、スピードセルをPCやスマートフォン、タブレットとアプリを経由して同期し、その場でデータを確認することができる。「スピードセルでは、走行距離や最高時速、高強度のダッシュの割合、ダッシュの回数など、さまざまなデータを測ることができます」(山下氏)

これを育成年代で活用しているのが、横浜F・マリノスユースだ。チームを率いる松橋力蔵監督は"走りの量"だけでなく"走りの質"を重視し、micoachで取得したデータと実際の試合映像を照らしあわせて、選手個々にフィードバックをしている。松橋監督は「チームとして目指すサッカーがあって、そのためにハードワークする。ハードワークは手段であって目的ではありません」と話し、ただ量を走ればいいのではなく、チームのコンセプトを実行するために"最適な走り"ができているかを、各種データを通じて分析しているという。

adidasではボールにセンサーを搭載した『スマートボール』もリリースしている。これはスマートフォンなどのアプリを通じて、ボールのどの部分を蹴ったか、回転数、スピード、方向などを測定できる"夢のボール"だ。アプリにはプロの選手が蹴ったデータが入っているので、自分のキックと比べて違いを見比べることもできる。

今後、日本サッカーが一層レベルアップしていくためには、トレーニングの質の向上が不可欠だといえる。そのためのツールとして、トレーニングの状況やプレー内容をデータで客観的に確認できるデバイスの需要は、ますます高まっていくことが予想される。特に育成年代では、いまだ量をこなすトレーニングが主流だ。あらためてトレーニングの質に目を向けていく意味でも、これらのデバイスが重要な役割を担うことになるだろう。