TOP > コラム > 國學院久我山高校の"三栖トレ" が目指すフィジカルトレーニングの本質

國學院久我山高校の"三栖トレ" が目指すフィジカルトレーニングの本質

文武両道を高いレベルで実践する國學院大學久我山高校は近年、東京都のみならず全国区の強豪校に成長している。今年度から総監督となった李済華(リ・ジェファ)氏が掲げる「美しく勝て」のモットーの下、判断力と技術力を高次元で融合させたサッカーに注目が集まることが多い國學院久我山だが、ここ数年の急成長は"三栖トレ"抜きには説明できない。今回は三栖氏が重視しているトレーニング計画の考え方や、選手が自ら考えて取り組めるようになるためのリテラシー指導について紹介する。(取材・文・撮影/小澤一郎)

20150430.JPG

<<國學院久我山高校の"三栖トレ"に学ぶフィジカルトレーニングのモデル

■「ゲームからの逆算」のサイクルを感じ、考えさせる

ここ数年、東京都内で突出した成績を残している國學院久我山高校に、5年前から導入された"三栖トレ"と呼ばれるフィジカルトレーニングは現在、日常に落とし込まれて運用されている。同校フィジカルコーチの三栖英揮氏は、フィジカルトレーニングを別枠で捉えたり、週の半ばに"フィジカルデー"を設定することなく、「朝練は不可」「練習時間は2時間未満」という制約の厳しい久我山高校サッカー部の練習環境に合わせてトレーニングシステムを確立している。

「練習時間が限られていることもあるのですが、その日の練習時間がすべてフィジカルトレーニングというよりは、基本的に毎日必ず何かのプログラムがあるという流れです。ウォーミングアップの15分くらいのときもありますし、一番ボリュームをとってもシーズン中は40分くらいです。シーズンオフで時間を取れる時期があれば1時間超行なうこともありますが、大体は短い時間でいろいろなプログラムを実施していく感じです」

三栖氏がコンパクトなトレーニングモデルにまとめている理由は、「ここは高校のサッカー部、サッカーチームであって、フィジカル部ではないから」。だからこそ、「フィジカルトレーニングありき」の考えやトレーニングは存在しない。「あくまでもサッカーの練習メニューや選手、チームの持っている身体レベルに対して足りないものを少しずつ足していくようにプログラムを作成しています。やることはたくさんありますが、できる限り時間は短く、5分で効果が出るのであれば5分で良くて、ボールトレーニングの邪魔をしないようにしています」と三栖氏は日常のトレーニングについて説明する。

いまや完全に國學院久我山に浸透した三栖トレが常に求めているのは「ゲームからの逆算」だ。「ゲームから逆算をしていつどんな負荷をかけるのか、ゲーム後にどうやって疲労を回復させていくのか、というサイクルをひたすら身体で感じながら考えさせることをやっています。『ゲームの何日前だからこういう負荷をかける』『ゲーム前日だからこういうトレーニングをする』といったものを3年間ひたすら繰り返しやっていく中で、入学時には何も考えていなかった選手も体感して考えられるようになり、取り組みの意識や精度が上がってきます。実際に長い日数を関わらせてもらっていることもありますが、単発で行なって『今日はフィジカルの日』とするよりは、サッカーのトレーニングの中にフィジカルトレーニングが当たり前に入り込んでいる環境を作りたかったので、そういう点ではチーム、指導者の理解もあって上手くできたと思います」と三栖氏は現状への手応えを語る。

三栖氏のトレーニング計画におけるわかりやすい例として、ゲームの前後2日間は高い負荷をかけないようにするという方針がある。トーナメント大会は負ければ次の試合はないが、今年度参戦するT1リーグも含め、2種の強豪チームにもなれば年度の始めで1年間のゲームプロットがある程度敷けるため、「高負荷のフィジカルトレーニングを実施するタイミングは自然に決まってきます」と三栖氏は話す。ただし、ここで難しくなるのは3年スパンで筋肉にかける負荷を段階的に上げる作業だ。

「マッスルコンディショニングで難しい点は、他の組織に比べて筋の代謝はかなり早いという点です。そのため無計画に筋力トレーニングをやっても効果的ではありません。長期スパンで筋力のベースを上げながらコンディションをコントロールしようとすると、いつどれくらい負荷を落としているか、休息の設定もキーになります。筋力トレーニングはどんなトレーニングをしても筋線維は持久性の高い方へシフトします。計画的に休息をさせると、筋線維は逆に瞬発力の高い方へシフトすると考えられています。計画的に筋に負荷をかけて休息させる。年間を通して筋にかける負荷のアップダウンを上手くコントロールしていかなければ、筋のコンディションはコントロールできません。つまり、筋力トレーニングを無計画にただ何となく週1回入れておくだけでは、筋は何となく大きくなるかもしれませんが、発揮パワーの向上などは望めません。計画的に負荷を設定・調整することで長期スパンでは筋力が向上し、短期スパンでは筋のコンディションがコントロールされるのです。3年間こういったアップダウンを上手くかけていく中で身体を作っていかなくてはなりません」

■選手に必要な「トレーニングの感性」を磨く

周知の通り、こうしたトレーニング計画を専門知識のない指導者が立てることは不可能なのだが、日本の育成年代ではまだ指導者中心の無計画な走り込みや重いバーベルを上げさせる筋トレが存在するため、特に「休ませる」コントロールが総体的に不足している。その結果、選手の筋のコンディションはどんどん低下し、傷害発生のリスクも高まっているのが現状だ。傷害予防の点でも三栖氏のようなフィジカルコーチを3年スパンで継続的に取り入れるメリットは大きいと考えられるが、三栖氏はさらに先のテーマを持って國學院久我山に関わっている。

コンディションコントロールの次なるテーマが、「上のカテゴリー、ステージに行ったときに、自分でしっかりとトレーニングを理解して取り組めるようになるためのベース作り」だ。「成長期とは医学的には骨端線が残っている時期で、個人差がありますが、通常は男性で17~18歳くらいまでです。特にユース年代は発育・発達の最終段階と考えられ、速筋線維の発達にともない、体重に対する筋量が大きく増加する時期です。常に意識しているのは、大人の身体になる前の18歳でどういう状態に持っていくかがキーになるので、目先のことよりも筋をどのようなバランスで発達させていくかをポイントに置いて指導することですね」

もちろん、そのベース作りとは身体のみならず頭、リテラシーの要素も含まれている。三栖氏は「私のやっていることが必ずしも正しいわけではありません」とした上で、こう続ける。「高校を卒業して大学やプロに行くといろいろな専門家に出会います。そのときにトレーニングに対する感性や感覚みたいなものを持っていないと、どうしても目新しい◯◯理論に流れて駆け込み寺のようになってしまいます。フィジカルトレーニングとは本来そういうものではなく、調子の良し悪しで取り組むものでもなく、当たり前の準備として当たり前のように取り組むものです。選手にはその習慣を身につけて卒業してもらいたいと考えています。勝っても負けても、調子が良くても悪くても、同じモチベーションで淡々と取り組んでもらうことを目指しています」

フィジカルコーチの肩書を持ちながらも「自分としてはコーディネーターの要素が強いと思います」と説明する三栖氏は、「私たちはサポートする人間でしかないので、チームの指導者が考えていることを踏まえて、スポーツ医科学の観点から何がデメリットで何ができるのかを専門的な目で精査し、コミュニケーションをとって取り組むのみです」と仕事のスタンスを謙虚に語る。私自身も三栖トレに出会って以降、巷で溢れる○○理論、斬新に映るトレーニングメニューにまったく興味を持たなくなった。どちらが良い悪い、何が正しいか正しくないかではなく、結局のところ現場で継続的にサポートを続けるフィジカルコーチを取材し続ける方が、本当の成果や本物の知識・理論を理解できるのではないかと考えるようになったからだ。だからこそ、今後も継続的に三栖トレと國學院久我山を追いかけながら、淡々と彼らの取り組みや成果を伝えていきたい。

>>4月のCOACH UNITED ACADEMYは「"間違えない"ためのフィジカル特集」 入会はコチラ<<

三栖英揮(みす・ひでき)
1978年8月生まれ。(株)M's AT project代表取締役。箕山クリニックサポートスタッフ。2003年日本工学院八王子専門学校健康スポーツ科学科卒業、日本体育協会公認アスレティックトレーナー、日本トレーニング指導協会認定トレーニング指導者。現職は國學院大學久我山高校サッカー部フィジカルコーチで、川崎市立橘高校サッカー部、ジェファフットボールクラブでも指導を行なっている。監修書籍として『サッカー専用ボディ強化計画』、『プロサッカー選手を目指すトレーニング戦略―育成年代に最適なフィジカルトレーニング』(共にスタジオ タック クリエイティブ)など。