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スペイン指導者の視座から読み解くJFA「2015日本代表強化指針」後編

JFA技術委員会より発表された「2015 日本代表強化指針」を、グラスルーツの指導現場でどのように受け止めるべきか。後編では、引き続きスペインサッカー協会公認中級ライセンス(レベル2)を保有する尾崎剛士氏に、今回の強化指針の内容を見た率直な感想や、スペインの指導者がトレンドや情報に左右されない理由などについて詳しく聞いていく。(取材・文/小澤一郎 写真/Börkur Sigurbjörnsson

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■「2015日本代表強化指針」の率直な感想

JFAが発信した「2015日本代表強化指針」について霜田正浩技術委員長は、「サッカーの方法論はここには書いていなくて、ゴールに行くためにはポゼッション、サイドチェンジ、ドリブル突破、何でもいい」と説明した。JFAとしてもこうした発信を行なうことで、「ポゼッションからカウンターへ」というトレンドだけがひとり歩きする危険性があることは十分に理解している。霜田委員長はメディアブリーフィングにおいて、あくまでサッカーの本質をしっかりと見極めた上でゴールや勝利にこだわるサッカーを貫き、そのサッカーの中でいい選手の育成をしてもらいたいというJFAの意図を真摯に伝えようとしていた。

ただし、トレンドに左右されることの多い日本の現状に対する警戒や配慮が十分なされた上での指針作りと発表であったため、その中身はどうしても当たり障りのないものになってしまう。スペインで指導者として活動する尾崎剛士氏は、今回の強化指針の内容についての感想を次のように述べる。

「今回の資料を見て感じたのは、要するに『サッカーをやりましょう』と言っているに過ぎないということです。指針の中に挙がっている言葉や項目というのはサッカーの要素を列挙しているだけで、『サッカーをやりましょう』というふうにしか聞こえません。私には、何かを言っているようで何も言っていないようなものに映ります」

霜田技術委員長同様、尾崎氏も「サッカーというのはカウンターでも、ポゼッションでも、カテナチオでも、何でもいい」という認識を持つ。しかし、尾崎氏は指導者として自分のチームでやろうとするサッカーを選択する上で、必要になってくる「サッカーの原理原則をきっちり押さえること、勉強すること」の重要性を強調する。その勉強の場がコーチングスクールであり、スペインでは尾崎氏のように外国人であっても、言葉ができて学ぶ意思があればサッカーや指導を学ぶことができる。

もちろん、日本にも学ぶ場やコーチングライセンス自体は整備されているが、学びたい人間が学びたいタイミングで取得できるようなシステムにはなっていない。たとえば、尾崎氏は数年以内にスペイン最上位となるレベル3の受講を考えているが、日本で最高位のS級ライセンスを、選手・指導者としての実績が特段なくプロクラブにも所属していない人間が受講しようと思ったときに、簡単にそのプロセスをイメージできる環境になっているのかどうかは疑問だ。

尾崎氏は、「教育の場はすべての人に開かれるべきだと思いますし、育成年代をトレーニングするS級指導者が多く出て来ること、そういった指導の準備ができた指導者が育成年代に増えることが、日本サッカーの今後を支えるのではないでしょうか」という意見を述べる。

■指導者はまずサッカーを知らなければいけない

尾崎氏はスペインでコーチングスクールに通い、「サッカーの原理原則を押さえた上で、指導者としての武器を与えてもらった」と話す。サッカーの幅や戦術のバリエーションをレベル1・2の授業で網羅した上で、指導者として武器となりうるものを与えてもらい、毎日のトレーニングや毎週末のリーグ戦で磨いていく。教育を受ける機会と実践する場がバランス良く融合されているからこそ、スペインには協会の発信や指針を"待つ"という指導者の姿勢が存在せず、育成現場がトレンドの影響を受けることも少ないのだ。

それは一にも二にも、スペインの確固たる指導者養成システムの存在が大きい。尾崎氏は自身の反省もふまえ、日本の指導環境にあえて厳しい見解を述べる。

「私も日本にいるときはまったくサッカーを知らなかったんだなと感じます。学ぶ機会もなければ指導について議論する場もありませんでした。スペインでサッカーを学んで思うこと、今回のような強化指針を見て思うことは、日本の指導者はまずサッカーを知らなければいけないということです。ベースとしてサッカーの全体像を知った上で、どう味付けするかは指導者が選択すればいい。日本にはサッカーの原理原則、立ち返るべきスタートポジションがない印象で、そうなると困ったときや失敗したときに戻るところがありません。だから、結果として目立つもの、世界大会で勝った国のやり方をポンポン引っ張ってきて、それがダメだったら捨ててまたゼロからスタート...となっている気がします」

最後に尾崎氏には、一国のFA(サッカー協会)が協会指針のような形で大々的に発信をすることの是非について聞いた。「実際には不要と言いたいところですが...」と前置きをした尾崎氏は次のように続ける。

「こうしたことをやるのは、もう少し小さいレベルでいいのではないでしょうか。要するに地方の協会レベルです。本来はそれも要らないのでしょうが、日本はどうしても島国で海外の情報が入りにくい国ですから、世界のサッカーがどうなっているのかという情報を指針という形に加工して伝えていくことはありだと思います。ただし、重要なのは受け取り方で、指導者がチームや選手のレベルだったり、その地域のサッカーのレベルに合わせる必要があります。『JFAはこう考えます、こうやります』と言われたときに、何も知らない人だと手放しでそれだけが正解だと勘違いする危険性がありますから」

指導者として日本にいた頃とは「まったく異なる」と自ら断言するほど、スペインで指導者として大きく成長を続けている尾崎氏は、「日本の場合、サッカーも同質になりがちですが、スペインには多様性があります。『サッカーは何でもあり』というのが本質で実際にバリエーションも多いので、育成年代から各チーム全然違います」と話す。リーグ戦文化が本当の意味で整備されきっていない日本と、スペインのグラスルーツの視座を比較することへの賛否はあるかもしれない。だが私自身は、トレンドや情報に流されることなく腰を据えて目の前のチーム・選手の指導に取り組み、指導者としての成長を目指し、何より週末のリーグ戦での勝利に向けて日々戦っている「スペインの育成現場の現状」を知ることは、日本の指導者にとって適切な刺激になると考えている。

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尾崎剛士(おさき・つよし)
1983年4月3日生まれ。愛媛県出身。筑波大学蹴球部所属時代から少年サッカー指導者としての活動をスタート。選手を引退後は大学院に進学、その後大手企業に就職し、サッカーの現場から2年離れるも、2010年から町田高ヶ坂SCにて指導を再開。脱サラ後の2011年秋にバレンシアに渡り、地元の名門街クラブのひとつアルボラヤUDで第2監督として指導を始める。2014-2015シーズンはU-18の第2監督とU-10の監督を兼任した。スペインサッカー協会公認中級ライセンス(レベル2)保有。