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「選手に任せて好きにやらせる」「荷物整理をさせる」が本質ではない。ボトムアップ理論の正しい解釈とは?

過去にCOACH UNITED ACADEMYの動画セミナーに登場した畑喜美夫氏が『部活動サミット』に登壇した。これは静岡県の聖光学院高校ラグビー部が中心となって開催したイベントで、時短練習や選手の自主性に任せたチーム運営のもと、大会などで結果を出している指導者を招き、意見交換をするというイベントだ。(文・鈴木智之)

畑氏によるボトムアップ理論の
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「全部任せるから、好きにやりなさい」では動けない

畑氏が提唱する「ボトムアップ理論」は、サッカー界で広く知られるようになったが、競技の壁を超えて賛同する人たちが増えており、企業の人材育成や店舗研修などにも取り入れられている。

ボトムアップを一言で言うと「現場主導の組織運営」になる。従来のスポーツチームは、監督の指示に選手が従う「上意下達」だったが、ボトムアップは反対の「下意上達」である。トップダウンの場合は監督の言うことが絶対で、監督の考えが間違っていたとしても、それに従うしかない。結果として選手の力を存分に引き出すことができず、監督の器以上にチームは成長しないケースもある。

一方でボトムアップは「現場が主役。選手が観て、感じて、気づいて、実行することがポイント」(畑氏)であり、選手たちの自主性、主体性が求められる。

「自主自立の精神で、自分たちでチームを作る。自分たちで工夫してやるから楽しいし、もっとやろうという気持ちが芽生えてくる。うまくできないところを試行錯誤することで課題発見力が身につきます」

しかし、いきなり選手に「全部を任せるから、好きにやりなさい」と言っても、うまくいくはずがない。そこで畑氏は「最初はトップボトムアップというやり方をしています」と説明する。

「いきなりボトムアップで全部を任せてもできないので、指導者や先輩が手をとりながら始めて、徐々に離れていきます。そうすることで、後輩は先輩に言われなくても、いろいろなことができるようになっていきます」

チームの風土を改革するための「荷物整理」「あいさつ

チームの中で助け合い、観て学ぶ。これも社会に出て必要な要素だろう。多くの学校は1年生がグラウンド整備や荷物の準備などをする。しかし、畑氏が指導をしてきたチームで、それらを担当するのは3年生だ。

「1年、2年、3年生と、3年間のうち、どこかで1年間、準備などを担当するのであれば、3年生のときのほうが2年間観てからできるので、いろんなことができます。入部したばかりの1年生にあれしろ、これしろと言ってもできないし、やらされている感覚が強くなってしまいます」

ボトムアップのポイントは自主性、主体性だが、監督や先輩に言われたからやるのでは、主体的とは言えない。怒られるからやる、報酬を受けられるからやるのは「やらされる仕事」であり、外発的な動機づけにすぎない。「部活が楽しくてしょうがない」という自ら進んでやる「内発的動機づけ」(好き・楽しい・おもしろい・ワクワクする、よりよくなりたい・うまくなりたい)という気持ちにさせることがポイントなのだ。

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「個の力を伸ばすには、風土改革が必要です。人はその組織の規定や規約で動くのではなく、そこの風によって動きます。そのため、常に良い風を吹かせることが大切なのです。土が腐っていたら花は咲きません。荷物整理やあいさつなど、サッカーで言うピッチ外のところにエネルギーを注ぐことで、人間性が豊かになり、地上に芽吹く土台ができます。そうやって、勝ち負けよりも大切なものが見えてくれば、試合に出る、出ないに関わらず、チームの中で温度差がなくなっていきます」

選手が勝ち負け以外に「ワクワク」するようになる

選手に自主性を持たせるために、様々な取り組みをするボトムアップ指導の中で、重要な役割を担うのがミーティングだ。ミーティングでは、ファシリテーターと書記、フォロワーを決めて、選手同士で話し合いをさせる。試合のハーフタイムのミーティングでは、まず選手同士で考えさせて話し合いをし、最後の1分だけ監督が話す。これは全国大会でも同様だ。

さらに、自立型の組織を目指すため、『選手監督』を始め、戦術、フィジカル、メンタルなどのトレーニング担当から、ユニフォームやドリンクの準備、会場設営などの担当を選手に振り分ける。「全員リーダーで1人1役」という考え方だ。

畑氏は「グラウンド内外のすべきこと、すべてにリーダーがいるので、私の仕事はなにもないんですよ。試合会場にバスで引率し、グラウンドに送り出したら終わりです(笑)」と爽やかな笑顔を見せる。

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高校サッカーの全国大会に出るような強豪校にも、ボトムアップを取り入れるチームが増えてきている。畑氏が昨年まで率いていた安芸南高校は、その年の全国高校選手権でベスト4に進出した瀬戸内高校に広島県大会で惜しくも敗れたが、「県立のタレント力のないチームでも、全国から集めているチームに対等以上に戦える。これがボトムアップのおもしろいところです。時短や効率的な練習でどうやって選手を伸ばしていくか。その視点になると勝ち負けではなく、やっていること自体にワクワクしてくるんです」

畑氏は2019年7月末をもって、31年間勤めた教員を辞め、一般社団法人ボトムアップパーソンズ協会代表として、全国にボトムアップを普及させる活動に勤しんでいる。ボトムアップの輪が広がり、人材ならぬ人財が輩出されるのが楽しみだ。

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畑喜美夫(はた・きみお)/
1965年広島市生まれ、自ら考えて積極的に行動する力を引き出すボトムアップ理論を用い公立高校のサッカー部監督を歴任。2005年には、広島観音高校を全国高等学校サッカー選手権大会に導き、2006年には全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会で初の全国制覇を果たした。