10.05.2020
選手自らの成長を感じてもらうためのアプローチ方法/指導者が選手の自信を引き出すために必要な3つの秘訣
「サッカーコーチのコーチ」として、指導力を向上させたい意欲を持つコーチに対し、セミナーなどを通じてサポートしている倉本和昌氏。日本のグラスルーツからJクラブ、スペインでの経験を生かした指導に定評があり、豊富な知識に裏打ちされた理論が評判を呼んでいる。『サッカー指導者のためのオンラインセミナー「COACH UNITED ACADEMY」』動画後編では「選手自身へ成長を感じさせるアプローチ方法」について、理論と具体的な実践法を教えてもらった。(文・鈴木智之)
顕在意識と潜在意識の2つが合致すると良い結果につながる
選手はどんなときに自信を失うのだろう? わかりやすいのが、ミスをしたときだ。ミスをすると「やってしまった...」とネガティブな感情が沸いてくる。そのミスをコーチやチームメイトから指摘されると、さらに重く受け止め、思考も行動もネガティブなスパイラルに陥ってしまう。
そのネガティブスパイラルを打破するため、倉本氏が最初に解説するのが「インナーゲーム」という、テニスのコーチが考えた理論だ。たとえば、テニスのシングルスで、ネットを挟んで相手と向き合っているとき。戦っている相手は、対戦相手だと思う人が大半だろう。
しかし、インナーゲーム理論によると、相手と戦う前に「実は、自分と最初に戦っています」と倉本氏は言う。
「ミスをしたときに『俺、またミスしちゃったよ』と独り言を言うことがありますが、これは、もうひとりの自分が、自分に対して言っているわけです」
つまり、ミスをした自分とミスを指摘する自分の2人がいるという図式だ。インナーゲーム理論によると、2人の自分のうち、1人目(セルフ1)が顕在意識、2人目(セルフ2)が潜在意識と分けることができるという。
「ご存知の方もいるかもしれませんが、顕在意識は意識全体の1%ほどで、潜在意識は99%あると言われています。つまり、我々人間が意識的に考えていることは、全体のわずか1%。氷山の一角に過ぎないのです」
潜在意識を味方につけ、思考や行動に影響を与えることで、良い結果につながるというのは、成功哲学などで古くから言われていることだ。
「顕在意識が右に行きたい。でも潜在意識が左に行きたいと思っていたら、身体は左に向かいます。それは潜在意識の方が強いからです。このように、顕在意識と潜在意識が乖離しているとうまくいきません。一方で、その2つが合致すると行動しやすく、スムーズに行くことができます」
これを「テニスの試合中のミス」に当てはめて考えると、顕在意識はラケットを振りなが「またこんなミスをして」「だから俺はダメなんだ」と独り言を言うようなものである。誰しもやりがちな行動だが、これこそがミスを増やし、自信を低下させる思考・行動なのだという。
「潜在意識は、顕在意識が言ったことに反応します。『自分はなんてだめなんだ』と言うと、それに潜在意識が反応して、顕在意識が演じてしまうので『ダメな自分』は変わらないんです」
これは独り言に限らず、他人の言葉がけも同様だという。試合中、コーチによるダメ出しを聞き続けると、ダメな自分に意識が引っ張られて、さらにミスをしてしまう...。そのような経験をしたことのある選手は多いだろう。
「コーチが外からあれこれ言い過ぎると、セルフ1(顕在意識)の影響を受けてしまいます。対戦相手に勝つためには、まずセルフ1の影響を受けないようにすること。そして、セルフ2(潜在意識)の状態でプレーするようにならなければ、自分らしいプレーができないので、目の前の対戦相手に勝つことは難しくなります」
コンディションを良い方向に持っていくためには呼吸に意識を向ける
では、どうすればセルフ2の状態でプレーすることができるのだろうか? ポイントになるのが「呼吸」だ。呼吸に意識を向けることで、自律神経をコントロールすることができ、心身のコンディションを良い方向に持っていくことができるという。
「呼吸を浅くするか、深くするかは自分でコントロールすることができます。ミスをして、ネガティブな思考が浮かんだり、周囲からあれこれ言われたときは、深呼吸を3回してみましょう。そうすることでセルフ1(顕在意識)がおとなしくなり、セルフ2(潜在意識)に意識が向きやすくなります。試合中であれば、プレーが途切れたときなどに深呼吸をして、心臓の音が聞こえるぐらい意識を向けることで、体の状態を整え、気持ちをリセットすることができます」
深呼吸で意識を切り替える。これはひとつのルーティンとして覚えておくと良さそうだ。さらに動画では、潜在意識の重要性を深堀りしている。なかでも「独り言」は大きな影響を及ぼすといいう。
「たとえば、あなた指導がしている選手がミスをした時、あなたは心の中でなんと叫んでいますか?『この選手、またミスしたよ』というネガティブな独り言か、『ナイストライ、次もあるぞ』というポジティブな独り言の、どちらでしょうか?」
倉本氏によると「潜在意識レベルで、1日6万~7万回ほど、独り言を言っている」そうだ。膨大な数の独り言を言うときに、ポジティブな言葉を使っているか、ネガティブな言葉を使っているか。それによって、思考や行動に大きな変化が生まれるのは自明の理だ。
「自分に対して、良い言葉がけをしている人はうまくいきます。これはサッカーに限らず、ビジネスや日常生活も同じです」
動画では「良い独り言を言うためには、良い質問を用意しておくこと」と解決策を提案している。人間の脳は質問に質問を投げかけると、嫌でも考えてしまうという性質がある。そこで、良い質問を投げかけることで、良い答えを探るようになる。これは前編で紹介した「なんで?」ではなく「どうすればいい?」という質問に通じるものがある。
「良い質問を自分に投げかけると、脳は検索を続けます。ぜひ、そういう習慣をつけてほしいと思います」
動画では、「自分責め」を止めることの重要性にも言及。コーチも選手も、自分を責める言葉を使うのではなく、自分責めを止めて、良い習慣に変える方法や、労い=褒めるポイントを増やすこと、選手が成長感を感じるアプローチなど、成功する考え方を持つための、具体的な方法を紹介している。
これは、技術や戦術を習得するためのベースとなる「サッカーが上達する思考」について解説している、貴重な動画だ。コーチだけでなく、選手や保護者にとっても、大いに参考になるだろう。
【講師】倉本和昌/
サッカーコーチ専門コーチ。高校卒業後、スペインのバルセロナに留学。アスレチック・ビルバオにて育成の仕組みについて学び、スペイン公認上級ライセンスを日本人最年少で取得。帰国後は湘南ベルマーレ南足柄、大宮アルディージャのアカデミーでコーチを務め、2018年よりサッカー専門コーチとして独立。Jクラブ、大学、高校、町クラブ、幼児など様々なカテゴリーのコーチをサポートしている。
取材・文 鈴木智之