11.15.2023
ボールを変えればサッカーが上手くなる? 指導者に話題の学習理論「エコロジカル・アプローチ」
「エコロジカル・アプローチ」をご存知でしょうか? これは欧米諸国で注目されている運動学習理論のことで、日本ではポルト大学でスポーツ指導を学んだ植田文也さんが紹介し、サッカーコーチの間で話題になっています。
エコロジカル・アプローチを簡単に説明すると「人間は周囲の環境に適応するシステムである」という観点から、様々な制約(グリッドサイズ、ボール、用具、人数、ルールなど)を巧みに操作することで、人間の適応行動としての運動学習を引き出すことや、新たなスキルが突如として現れる「相転移現象」を目的として行うトレーニング理論のことです。
サカイクでは「テクダマ」という不規則に跳ねるボールを開発・販売していますが、植田さんによると「エコロジカル・アプローチが提唱する『制約主導アプローチ』の観点からすると、技術の習得にとても効果的」であり、実際に指導しているチームやプロ選手への指導に導入しているとのことです。
そこで今回はエコロジカル・アプローチとテクダマの関連性について、植田さんにうかがいました。もっとサッカーがうまくなりたいと思うお子さん、どんな指導が効果的なのかを模索している指導者、保護者の方は、ぜひ参考にしてみてください!(取材・文 鈴木智之)
※この記事はサカイクからの転載記事です
ph.kugeyasugide
動作のバリエーションが上手さにつながる
植田さんは早稲田大学スポーツ科学研究科博士課程、ポルト大学スポーツ科学部修士課程にて、エコロジカル・アプローチに基づく、実践的なコーチングメソッドを学び、現在はFCガレオ玉島コーチ、南葛SCアカデミーでスキル習得アドバイザーを務めています。
そもそもなぜ、テクダマが技術の習得に有効なのか。植田さんは「エコロジカル・アプローチが提唱する、コーチが基づくべきプリンシプル(原理)の一つに『機能的なバリアビリティ』という概念があります」と前置きし、こう続けます。
「これは『機能的な動作のバリエーションを身につけましょう』という意味なのですが、サッカーでは状況に応じてボールタッチを変えるといった、自分の運動を調整する動作バリエーションが重要です。上手な選手ほど、動作の安定性だけでなく、動作の変動性、つまり変化させて微調整する能力が高いと言われています」
植田さんによると「動作のバリエーションはパフォーマンスに直結します」とのことで、動作のバリエーションを高めるためには、同じ動作の繰り返しでは不十分です。
トレーニングで重要なのは「繰り返しのない繰り返し」
いわゆる「型」を身につけるための、単調な反復トレーニングでは、機能的バリアビリティは高まりません。植田さんは言います。
「単調な反復ではなく、若干違う反復をさせたいわけです。それを『繰り返しのない繰り返し』と言うのですが、バリアビリティを加えた状態で反復動作をすることを考えると、テクダマのように、ランダムに跳ねるボールは非常に適しています」
植田さんによると、オランダの大学が「アスレチックスキルズモデル」という取り組みで、「アダプタボール」という、バウンドが変化するボールを開発するなど、バリアビリティを高めるトレーニングの有効性は知られているそうです。
機能的な動作のバリエーションが身に付く「テクダマ」
「僕が日本にアダプタボールのようなものはないかと探していたときに、テクダマに出会いました。自分でも使ってみて、指導に取り入れる中で、バリアビリティも高いですし、フィールドプレーヤーはもちろんのこと、ゴールキーパーのセービングの多様性、変動性を引き出すことができるところも気に入っています」
ボールの不規則な動きに反応することで、通常のボールを使うのとは違った刺激が脳や身体に入ることは、イメージしやすいのではないでしょうか。
それこそがエコロジカル・アプローチが提唱する制約主導アプローチであり、普段とは違う動きによって学習する「ディファレンシャル・ラーニング(エコロジカル・アプローチと類似したアプローチの一つ)」なのです。
ブラジルは環境そのものが「エコロジカル・アプローチ」
「ブラジルでは、ストリートサッカーからたくさんの選手が輩出されていますが、それもエコロジカル・アプローチを用いると説明しやすいです。デコボコな路上、変形したボール、ときにはストッキングを丸めてボール代わりにしたりと、子どもの頃からバリアビリティの高い環境でサッカーをしていることが、高い技術や身体操作能力の向上につながっていると考えられます」
ブラジルの女子サッカー界に、FIFA年間最優秀選手賞を6度受賞したマルタという選手がいますが、植田さんによると「彼女は子どもの頃、砂漠のような、ドリブルでボールを運ぶだけでもかなりのバリエーションが出るような場所でサッカーをしていた」そうで、「環境によって、動作の安定性や変動性を身につけたのではないでしょうか」と話します。
ブラジルには「タレントは4つのコートから生まれる」という言葉があります。4つのコートとは、芝、土、硬いコート(ストリートやフットサル)、そしてビーチ(砂浜)です。日本の場合、ストリートやビーチのような環境でサッカーをするのは難しいもの。
それらの代替という意味で、テクダマのようなボールを使ってトレーニングすることは、バリアビリティを高めるひとつの方法と言えるでしょう。
実際にテクダマを使用しているユーザーからは、技術習得だけでなく「知覚や判断にも良い影響が生まれた」という意見もあり、エコロジカル・アプローチ的な観点からすると、知覚・判断の向上、そして試合での技術発揮にも役立つと言えそうです。
次回の記事では、テクダマを個人トレーニングで使う際のポイントを、植田さんに解説していただきます。
<<植田文也さんによるエコロジカル・アプローチ解説記事>>
●ボールを変えればサッカーが上手くなる? 指導者に話題の学習理論「エコロジカル・アプローチ」>>
●単調なサッカーの自主練をもっと効果的にする方法とは?【エコロジカル・アプローチ:個人トレーニング編】>>
●「正しい技術、動作には個人差がある」 正解のない答えに指導者は選手をどう導く?【エコロジカル・アプローチ:チームトレーニング編】>>
<関連記事>
●センアーノ神戸が「テクダマ」を使ってみた!>>
●昌平高校サッカー部が「テクダマ」を使ってみた!>>
ph.kugeyasugide
植田 文也/
サッカーコーチ(FCガレオ玉島)、スキル習得アドバイザー(南葛SCアカデミー)、スポーツ科学博士。早稲田大学スポーツ科学研究科博士課程、ポルト大学スポーツ科学部修士課程にてエコロジカル・ダイナミクス・アプローチ、制約主導アプローチ、非線形ペダゴジー、ディファレンシャル・ラーニングなどの運動学習理論を学ぶ。
初の著書『エコロジカル・アプローチ 「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践』(ソル・メディア)は、サッカーに限らず、様々な競技の指導者から大きな話題となっている。