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【全文掲載】「サイドに開き過ぎるな」とは? ドルトムントに学ぶ「正しいミスの生かし方」(1)

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※本稿は、『サッカーはミスが9割』(著者・北健一郎、ガイドワークス刊/サッカー小僧新書EX001)第3章 ドルトムントの育成に学ぶ「正しいミスの生かし方」を全文転載したものです。※


■ドイツNo.1を誇る育成力

 2009年、興味深いレポートがドイツサッカー協会の指導者向け会報誌に発表された。
 
『So Tickt die U19 von Borussia Dortmund!(ドルトムントU-19はこう稼働する!)』

 このタイトルがつけられたレポートは当時U-19の監督を務めていたペーター・ヒュバラ氏が、チームが採用しているプレーモデルや、実際に行っているトレーニングを図解付きで詳しく記述したものだ。
 
 ドルトムントの育成機関はブンデスリーガの中でもナンバーワンと言われている。トップチームにはロイス、シャヒン、グロスクロイツ、シュメルツァーの4人がプレーしているし、昨シーズンまで10番を背負ったゲッツェ(現・バイエルン)もアカデミーの卒業生だ。
 
 U-19の"総合プロデューサー"は2008年にトップチームの監督に就任したクロップだ。クロップは自身のサッカー哲学を具現化するにはトップチームだけでなく、下部組織からみっちりと鍛えていくことが必要だと考えたのだ。
 
 実際にドルトムントU-19はトップチームと同じコンセプト、同じシステムでプレーしている。ヒュバラ氏のレポートにも、ところどころトップチームのサッカーに通じる要素を見つけることができる。U-19に関するものとはいえ、ドルトムントの哲学を知る上でこれほど有益な情報もなかなかないだろう。
 
 突出したタレントがいるわけではないのに、2012-13シーズンのチャンピオンズリーグではスーパースター軍団のレアル・マドリードを打ち破り、欧州2位にまで上りつめたドルトムント。世界中からドルトムントの攻撃的なスタイルや攻守の切り替えのスピードに賞賛が集まるが、当然ながらそこには日々の練習の積み重ねがある。

 世界のサッカー界を震撼させるドルトムントスタイルは、果たしてどのように作り上げられたのか――。


■ゴールへの最短距離が最も速い道

 ドルトムントの育成哲学は明快だ。最終目的であるゴールに向かってどれだけ最短距離で行けるか。
 
「ゴールへの最短距離が最も速い道」という見出しとともに冒頭で紹介されているのが、ゴールへの意識付けだ。以下は、ヒュバラ氏のレポートからの引用である。

「我々のコンセプトは"ゴールへの最短距離"と置き換えることもできる。人によっては"縦方向のサッカー"と呼ぶ」

 ドルトムントのサッカーの代名詞ともいえるのが、ゴール方向に矢印を描くように選手が並ぶ独特のシステム、通称"細長い4-3-3"だ。ヒュバラ氏は"細長い4-3-3"を運用するうえでのポイントを解説している。

「ゴールへの最短距離に向かっていくには、なるべく敵陣深くでボールを受ける状況を作り出さなければいけない。したがって、3トップの両サイドの選手は典型的なウイングのポジションとは異なり、基本的に"半分のスペース"でプレーする」

 サッカーのピッチの横幅は約68メートル。通常、サイド攻撃を担うウイングの選手はなるべくサイドライン際でボールを受けることを求められる。しかし、ドルトムントの場合、ウイングは攻撃時にサイドから中に絞らなければならない。

 ヒュバラ氏が"半分のスペース"と表現したのは、およそペナルティエリアの幅のこと。レポートに掲載された4-3-3のシステムを見ると、ウイングがかなり中寄りにいることがわかる。

 ドルトムントのサッカーを実践するうえで、ウイングのポジショニングは重要な要素の一つだ。最短距離でゴールに向かっていくのに、ウイングがサイドライン際にいたら攻撃に人数をかけることができない。
 
 バルセロナではウイングの選手は「スパイクを白くしろ」と教育される。スパイクを白くするというのは比喩表現で、これはサイドラインの白線を踏むぐらいワイドなポジションをとれということだ。

 バルセロナのようなポゼッションサッカーでは、できるだけピッチを横に広く使ってパスコースを作り出すことが重視される。しかし、ドルトムントではボールを保持することよりも、ゴールに向かうことが優先される。次に、中盤の選手のポジショニングで重要なことがレポートには書かれていた。

「中盤の選手は縦に段差をつけるようなポジションをとらなければならない。ピッチを横に5分割し、それぞれのゾーンにパスコースを作るために」

 この言葉を理解するには少々解説が必要だろう。ドルトムントではピッチを大きく5つのゾーンに分けている。自陣ゴールラインからペナルティエリアまでが「ゾーン1」、ペナルティエリアからセンターサークル手前までを「ゾーン2」、ピッチの中央を「ゾーン3」、そして敵陣ゴールラインに向かっていくにつれ「ゾーン4」、「ゾーン5」といった具合に。
 
 そして、ドルトムントでは中盤の選手たちが同じゾーン内でパス交換をすることを基本的に禁止している。同じゾーン内で横パスをつないでもゴールへの距離は縮まらない。そのため、「ゾーン3」に中盤の選手がいれば、他の中盤の選手は「ゾーン4」へと上がって縦方向へのパスコースを作り出す。
 
「また、ウイングと同様に、サイドバックもサイドライン一杯に張るのではなく、数メートル中に絞ったポジションをとる」

 サッカーの試合を見ていると、マイボールになったときにサイドバックの選手がスーッとサイドに広がっていくシーンをよく見かけるだろう。相手のいないスペースでサイドバックがボールをもらうのは、サッカーでは当たり前のシーンだが、ドルトムントでは「サイドに開き過ぎるな」と教えている。
 
 サイドに開くことによってパスコースはできるかもしれないが、セーフティな横パスはゴールに向かう時間を遅らせるだけ。ドルトムントのサッカー哲学の根幹にあるのは、あくまでもゴールまでの最短距離を目指すこと。そのことはポジショニングから徹底されている。

<(2)へ続く>

北健一郎(きた・けんいちろう)
1982年7月6日生まれ、北海道旭川市出身。日本ジャーナリスト専門学校卒業後、放送作家事務所を経てフリーライターに。2005年から2009年まで『ストライカーDX』編集部に在籍し、2009年3月より独立。現在はサッカー、フットサルを中心に活動中。主な著書に「なぜボランチはムダなパスを出すのか?」「サッカーはミスが9割」(ガイドワークス)などがある。