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「良いディフェンスは両利き」中西哲生×幸野健一(前編)

 COACH UNITED編集部です。今回から「幸野健一のフットボール研鑽(けんさん)」と題し、アーセナルサッカースクール市川代表・幸野健一氏による対談企画をスタートいたします。
 
 記念すべき第一回対談のお相手は、中西哲生さんです。ゴルフをプレーされる方なら、『ティーチングプロ』という言葉をご存知の方は多いでしょう。プロとしてプレーする力量を持ち、かつ、他のゴルファーに指導を行なうプロゴルファーのことです。しかし、サッカーにおいてそうした呼称は一般的ではないと思います。
 
 日本サッカー協会特任理事・TOKYO FM『クロノス』・テレ朝『GET SPORTS』など各方面で大活躍を続ける中西哲生さんは、そうしたティーチングプロとしての側面をお持ちで、数々の有名選手を現在進行形でレッスンしています。本日から2回に分け、その驚くべき知見の一端をお届けいたします。それでは、早速ご覧ください。

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■「良いディフェンスは両利き」とは?

幸野健一(以下、幸野) 中西さんは長友佑都選手や大儀見優季選手、FCバルセロナのカンテラにいる久保建英選手などに、技術面の指導をされています。息子の志有人(FC東京)もお世話になっていますが、中西さんの理論はこれからの日本サッカーに必要なものだと思います。今日は技術論を含めて、中西さんの考えを伺いたいのですが、改めてどのようなことを指導しているのでしょうか。

中西哲生(以下、中西) ゴルフのティーチングプロをイメージしてもらえると、わかりやすいかもしれません。ゴルフにはフォーム論がありますが、自分がゴルフをプレーするなかで「これはサッカーにも必要なものだ」と感じました。

 では実際にサッカーでどんなことを教えるのかというと、ボールの運び方や止め方、キックのフォームなどです。引退後ずっと映像を見て分析していましたし、キックフォームに関して言うと、中村俊輔選手と遠藤保仁選手と対話をするなかで理論的に後押しをしてもらった部分もあります。あとはやっぱり、名古屋グランパス時代に共に過ごしたベンゲルとピクシー(ストイコビッチ)からは、数え切れないぐらい多くのことを学びました。

幸野 ベンゲルやストイコビッチからはどのような影響を受けていたのですか?

中西 フォームのことはもちろん、彼らのサッカーに対する考え方には、日本サッカーがもっと強くなるためのヒントがたくさんありますし、いま僕が長友選手や大儀見選手に伝えていることにもそのエッセンスがたくさん入っています。ストイコビッチは自分にとっては、あのタイミングで一緒にいることができたこと自体が奇跡だと思っているので。本当に運が良かったと。僕はいつも怒られていましたから。「ナカ!イージー!」って(笑)

幸野 それはどういう意味ですか?

中西 「TPOをわきまえたプレーをしろ」ということです。彼に教わることで、このプレーはよくないんだ、これはいいんだということを肌で感じることができました。本当にたくさんのことを教わったのですが、ひとつ例を挙げると、左サイドバックで出場した時のボールの持ち方。これは長友選手にも伝えたことですが、左サイドにいる右利きのサイドバックは、自陣では右足でボールを持つことが多くなります。タッチライン際に立ち、右足でボールを持った状態で、相手に目の前に立たれると、縦と斜めにパスが出しにくくなります。そうなると、選択肢は横パスかバックパスしかない。

 ストイコビッチには「なぜ右足でボールを持つのか。右で持ったら前にパス出せないだろう」と言われました。そこで彼は「左足でボールを持って、肩を開け」と。肩を開いた状態でボールを持てば、相手の選手が目の前に立ったとしても、右斜め前方にパスを出す事ができますし、右斜め前に立たれた場合は、縦にパスが出せるわけです。必ず肩を開いて、相手に縦を意識させる。サッカーは『相手に縦を意識させて、斜めに進むスポーツ』なんです。それをストイコビッチは教えてくれました。

幸野 やはり縦が重要なんですね。

中西 そうです。仮に味方が縦のスペースにいなくても、左足のアウトサイドでボールを持ち出せば、相手は縦のコースを切ってきます。そうすれば、右斜め前方にパスが出せる。ストイコビッチは「ボールを持って、左足アウトサイドで持ちだして、肩を開いた状態でルックアップして、縦を見れば、前にいる相手は必ず縦のコースを切りに来るから」と教えてくれました。

幸野 相手からすると、パスの選択肢が複数あるように見えますね。つまり良いボールの持ち方をすれば、味方がいなくても、いるように錯覚させられる。

中西 はい。ストイコビッチから言われたことを思い出したので、それを長友選手に伝えました。「自陣タッチライン際では肩を開いて、左足でボールを持ったほうがいい」と。そうして縦のコースを意識すれば、もし味方がいなくても目線で相手をだますことができます。いま、長友選手は完璧にできています。

幸野 細かいことですが、ものすごく大事な技術ですよね。それを日本のトップレベルの選手ができていなかった。

中西 できていなかったというよりは、そういった身体の使い方を知らなかったんだと思います。ほかにも、守備のときは両利きじゃないといけない。ディフェンスの時に利き足(多くの場合、右足)しか出せない選手が多いんです。

――1対1のディフェンスをする時、ボールホルダーが右足で持っている場合でも、右利きの選手は右足を出してしまう。ただ、そうなるとボールから遠い方の足を出すことになるから、対応が遅くなってしまうということですね。

中西 守備の時は、ボールに対して最短距離でアプローチをしたほうがいいわけです。向かい合った状態で、相手が右足でボールを持っているのなら、自分は左足を出してボールを奪う。そこで右足を出すと対角線になるので、ボールまでの距離が遠くなります。

幸野 それは浸透していないですね。

中西 全然していないと思います。僕は、「良いディフェンスは両利き」だと思っています。これは10歳前後の、神経系の動きが確立される時期までに身につけておきたいプレーのひとつです。右足、左足の両方でボールを奪えるように。


■「軸足を抜く」とは?

幸野 中西さんの理論には「軸足抜き」がありますが、これはどういった技術ですか?

中西 ボールを、軸足を地面から離した状態で扱う技術です。ゴールデンエイジまでに身につけておきたいですね。たとえば、ボールを止める動き(トラップ)にしても、低年齢のうちから意識しておけば、自然と身につきます。ヨーロッパの選手を見ていると、ボールを止めるときに足を地面から離している選手が多い。

 そもそも、軸足が地面から離れた状態でボールをトラップしたほうが、ボールは止まりやすいんです。軸足を地面につけた状態でトラップをすると重力の影響を受け、足に当たったボールは反発しやすくなります。そこで、トラップをするときに軸足を抜く(少し地面から浮かす)と、ボールの勢いを吸収しやすくなるので、止めやすくなります。

幸野 細かいことですが、重要な身体の使い方ですね。

中西 また、トラップをするとき、ボールを身体から離れたところで触ろうとすると、コントロールが難しくなります。なるべく身体に近いところでボールに触ることが大切です。それと同時に、ボールの回転に合わせて足を出すことも重要です。ボールに対して足の角度が斜めになっていると、回転の影響を受けやすくなります。それを防ぐために、足の裏を地面と平行にした状態でボールに触る。そうすると、回転の影響を受けにくくなります。

 これはキックにも通じるところがあって、長友選手はクロスをあげるときに、足首の角度を調節して、ボールに当てる面を使い分けています。ボールに対して斜めに足をぶつけると、ボールが回転して最後に落ちる。そのため、ニアサイドへ落ちるボールを蹴る時は、ボールに対して足を斜めに当てています。ファーサイドまでボールを飛ばしたい時は、足の裏と地面を平行に近い形にして蹴っています。回転が真横になると、ボールがドロップしにくいんです。

幸野 私は中西さんのトレーニングを見たことがありますが、すべて実践できるところがすごいと思いました。

中西 選手に教えるために練習しました。実演して見せる必要がありましたから。44歳の僕にもできるんだから、現役バリバリの選手たちは、トライすれば必ずできるようになるはず。選手たちには「哲生さん、うまいっすね」と言われますが、現役時代にはそんなこと言われたことはなかったですから(笑)。

幸野 中西さんが教えている選手たちは、どのようにして取り組んでいるのですか?

中西 それぞれの技術に即したドリルトレーニングがあって、日本にいるときは一緒に練習したり、海外クラブに戻ったときは、それぞれが各自で練習をしています。長友選手はチームの練習の前後に取り組んでいて、自分を向上させようとする意識の高さはものすごいものがあります。大儀見選手も、かなりの頻度でトレーニングをしています。ドリルを繰り返すことで無意識化して、試合中、頭で考えなくても身体が勝手に動くようになるのが理想です。

 今年、神戸から札幌に移籍した都倉賢選手は、このトレーニングを「論理のブロックを積み重ねて、自分なりの造形物を作る作業ですね」と話していました。僕が彼らに伝えていることは、あくまで技術的なベースの部分であって、ブロックで何を作るかは自分次第。ドリブルもパスもトラップもシュートも、様々なフォームを伝えていますが、どうにでも組み合わせられるようになっています。

 トップレベルの選手は、うまくなるために貪欲に吸収しようとしますし、真面目にコツコツ、自分なりに考えながら取り組んでいきます。僕は日本がW杯で優勝する日が来ると本気で信じていますし、そのために、少しでも役に立つことができればと思っています。

幸野 私も、日本がW杯で優勝する日が来ることを信じて、育成年代を中心に活動しています。今後もお互い、色々なものを発信していくことができればと思っています。

>>変えられないものを変えようとするな!中西哲生×幸野健一(後編)幸野健一のフットボール研鑽:第二回 はこちら>>

●幸野健一(こうの・けんいち)
1961年9月25日生まれ。中大杉並高校、中央大学卒。10歳よりサッカーを始め、17歳のときにイングランドにサッカー留学。以後、東京都リーグなどで40年以上にわたり年間50試合、通算2000試合以上プレーし続けている。息子の志有人はFC東京所属。育成を中心にサッカーに関わる課題解決をはかるサッカー・コンサルタントとしての活動をしながら、2014年4月より千葉県市川市にてアーセナルサッカースクール市川を設立、代表に就任。