02.13.2014
数的優位からスペース管理へ。ミシャ・サッカーに施した森保広島の戦術的修正
■似て非なる広島と浦和
2013年のJ1リーグは、サンフレッチェ広島の優勝で幕を閉じました。前年の初優勝に続いての二連覇を支えたのは、リーグ戦全34試合でわずか29失点という高い守備力。一方で、広島の前任者ミハイロ・ペトロヴィッチ監督(以下ミシャ監督)が率い、同じ戦術を用いるとされる浦和レッズの失点数は実に56。数的優位の形成に偏重した攻撃戦術が生み出す守備の問題、とりわけカウンターへの脆弱さが原因の一つです。ここで、疑問が生じます。同じような戦術を用いているのに、広島はなぜこれほど失点を抑えることができているのか?今回は、森保監督の戦術的な整備・修正の実相を検分し、彼のチームが、母体であるはずのミシャ監督のチームとほぼ真逆の志向に分離していることを明らかにしてみたいと思います。
■バランス回復の基準点。「シャドー」の役割
森保監督になってから、広島の守備にはバランスがもたらされました。カギになるのは、シャドーを担う選手の仕事。まずは浦和、広島両チームにおけるシャドー絡みの守備の局面、その典型的様相を比較してみましょう。【図1】敵陣内でボールを奪われた場合のサイドへの追い込み:浦和
【図】2は森保広島の典型的な均衡設計です。シャドー、CF、WBが連携した守備が整備されていて、ボールサイドのDMFが積極的に上がって守備に関与できます。ここを破られた場合、浦和の例では対応が曖昧になっているバイタルエリアや逆サイドのスペースをどう見るか、という点も予め考慮されています。
何に基盤を置いて試合を、プレーをデザインするか。ミシャ浦和と森保広島の根本的な志向の違いがここに現れています。
浦和では、シャドーはアタッカー。多くの時間帯で相手最終ラインをうかがうため、攻守の切替時、サイド守備への効率的・恒常的参加が困難です。最終局面での数的優位形成が非常に重要視されている関係上、これはおそらく許容されています。
対して森保広島では、シャドーはより多くの局面に関与できるポジショニング、タスクを求められています。シャドーというよりはインサイドハーフというべきでしょう。
この修正が、広島の中盤守備にバランスをもたらしています。守勢転移時に前線~HL間のエリアで守備に積極的に関与できるため、金床役(相手ボールの動きの頭を押える)となるDMFと連携しやすくなり、最悪でも相手の攻撃を遅らせる守備が多くの局面でできるようになっているのです。【図2】における均衡状態の形成は、この修正が大前提になっています。重要なのは、この仕事が復元的に成立すれば、中央や逆サイドのスペースにおいてチームとして見ておく距離的・時間的余裕をも生み出せるということです。
この修正の効果を示す例をもう一つ見てみます。以下の図は広島が中盤で攻撃の起点を作る重要なパターンですが......
【図4】:ここで相手のDMFが下がらず佐藤寿人についてきた場合
ここで佐藤寿人のマークを剥がせていない場合、縦パスをカットされ、カウンターをくらう危険が生じます。この時、シャドーのポジションを上げすぎず低めに取っておくことで、DMFと連携してカウンターに対応する頻度を上げています。
このような修正を通じ、広島は攻守の切替時の対応力を向上させ、カウンターの芽を摘んでいます。反面、最終局面でSB~CB間にスペースを得、CBを孤立させる攻撃を浦和ほどの頻度、密度で行うことは困難に。攻撃時の数的優位の形成よりも、中盤における攻守のバランスを重視しているといえます。
■押し込まれた広島は、最も危険な場所をどう見るか?
中盤で敵の攻撃を阻害できない場合の守備はどうでしょう。相手にボールを奪われ、サイドへの誘導・閉塞もできず、相手に前向きでボールを保持された場合、広島は自陣へ撤退して5バック化しブロックを固めます。この状況でも様々なケーススタディが落とし込まれており、以前よりも組織的・効率的に防御ができているのが森保広島の強みです。一例として、1-4-1-5の攻撃フォーメーションでの被カウンター時......HLよりも自陣寄りでボールを失い、DMF・インサイドハーフ連携の守備が機能せず、かつWBの戻りが間に合わない状態(5バックの移行が遅れている)で、サイドにボールを出された広島の一般的な対応を見てみます。
全体として森保監督の広島は、ボールを失ってからの経過時間とゴールまでの距離(地域、スペース)に応じて、ケーススタディが非常によくでき、共有されています。それで対応できない危険に対し、本来のタスクを捨ててでも対処できるのが森崎和幸ですが、このようなチームの危険を事前に察知できる選手を擁しているのも広島の強みでしょう。
■偏向からバランスへ。森保監督の驚くべき手腕
現在の広島では、サッカーにおいて危険な状況・危険なスペースはどこか、いつ、どう見ておくべきか意識が統一され、それが守備時のポジショニング、タスクに繰り返し可能なアクションとして反映されています。森保監督の手腕は驚くべきものです。スペースを放棄するリスクを負って数的優位の形成を求める戦術を基盤に、アイディアとしては真逆のアプローチ......数的優位の形成を重視せず、スペースを安定的に管理できるバランスを追究......でチームを仕立て、破綻をみるどころか明らかに良好な攻守のバランスを達成しています。しかも、ミシャ戦術の攻撃面の長所......DFラインからのビルドアップ、多彩なパスワーク、切れ味鋭いカウンター、攻撃の最終局面で発揮されるコンビネーションなどは維持しているのです。サッカーにおける数的相克だけでなく、フォーメーション・戦術・アイディアの相関関係についても、考えさせられる現象です。
勿論、広島は完成されたチームではありません。おそらくJリーグのチームいずれもが把握している、大きな弱点をいくつか抱えています。紙幅の関係上触れることはできせんでしたが、この興味深い発展過程を持つチームが、ますます危険となるであろう敵手にどう対応し、来季以降どのような変貌を遂げるか......森保監督のアイディア、手腕に期待したいと思います。
五百蔵容(いほろい・ただし)
株式会社セガにてゲームプランナー、シナリオライター、ディレクターを経て独立。現在、企画・シナリオ会社(有)スタジオモナド代表取締役社長。「物事の仕組み」を解きほぐし思考するゲームプランナー、シナリオライターの視点から、実際の試合や歴史的経緯の分析を通し「サッカーの仕組み」を考察していきたいと思います。
取材・文 五百蔵容