08.21.2014
「W杯で優勝する国には、必ず良いGKがいる~ドイツでGK指導を学んだ日本人コーチが語る、世界基準のGK育成法」(前編)松本山雅FCアカデミーGKコーチ 川原元樹インタビュー
ドイツの優勝で幕を閉じたブラジルW杯は、GKの活躍が目立った大会でもあった。中でも"大会の主役"というべき活躍をしたのが、ドイツ代表のGKノイアーだ。MVP受賞は逃したが、「ノイアーこそがMVP」という声も根強い。かつてドイツのブンデスリーガでGKコーチとして経験を積み、現在は松本山雅FCアカデミーでGKコーチを務める川原元樹氏に、ブラジルW杯のGKについて振り返っていただくとともに、GKの育成について話を伺った。前編はブラジルW杯とノイアーについて、プロの視点で見た分析をお届けする。(取材・文・写真/鈴木智之)
――ブラジルW杯ではノイアー(ドイツ)を始め、オチョア(メキシコ)、ナバス(コスタリカ)、ハワード(アメリカ)など、多くのすばらしいGKがいました。ドイツでGKコーチとして活動されていた川原さんにとって、今大会のGKで印象に残っている選手は誰になりますか?
川原:一番はノイアーですね。現代のGKに必要とされている、すべての能力を兼ね備えた選手だと思います。元ドイツ代表GKのレーマンが言っていたのですが、「ノイアーは過去のドイツ代表GKの中でもっとも優れた選手だ」と。つまりシューマッハーやカーンといったGKと比較しても、ノイアーの方が上だと評価されているようです。
――ノイアーの優れている部分はどこですか?
川原:彼は弱点が見当たらないGKです。プレーの判断と決断、実行するときのパワー、ポジショニング、ゴールセービング、攻撃に転じるときの配球、足元の技術など、GKに必要な要素はたくさんあるのですが、ノイアーはすべてを高いレベルで行うことができます。身体能力が高いので、至近距離の反応はもちろん、プレーエリアがものすごく広いです。アルジェリア戦では、ペナルティエリアの外に出て、スライディングタックルでブロックする場面もありましたね。この試合、ノイアーはペナルティエリアの外で19回プレーしました。普通では考えられないですよね。
――フィールドプレイヤーとしての役割も果たしつつ、しっかりとゴールを守るという、近代GKのひとつのモデルになっていますよね。
川原:ノイアーのプレーはドイツ代表とバイエルンで採用している『ディフェンスラインを高く上げて、ボールをポゼッションする』という戦術があるからこそ、フィットしている部分もあると思います。バイエルンでグアルディオラのもとでプレーするようになってから、より高いポジションをとるようになりましたよね。実際に、グアルディオラはノイアーに『ゴールから離れて、高い位置でポジションをとるように』と言っています。昨シーズンのブンデスリーガで、ノイアーがどこの場所でプレーする機会が多かったかというデータがあるのですが、それによるとゴールから17mのところに立っているのがもっとも多いんですね。かなりゴールから離れた、高い位置でボールを受けて、ビルドアップに参加していることがわかります。
――チームが採用する戦術と、ノイアーの特徴が合っているわけですね。
川原:そう思います。逆に、引いて守るチームの場合、ノイアーのようにゴールを離れて、ビルドアップに参加する必要性はないわけです。たとえば、コスタリカのGKナバス。コスタリカは引いて守るチームなので、それほど前方へ出てプレーはしていません。ただ、彼は『ゴールディンフェンス』に関してはすばらしいプレーを連発していました。
――良いGKはゴール前にバリアを張ることができます。ノイアーはまさにそうでした。
川原:決勝のアルゼンチン戦がそうだったと思います。この試合、アルゼンチンの枠内シュートは2本だけでした。決勝戦で印象に残っているのが、ノイアーがペナルティエリアギリギリのラインで、イグアインと競り合いながらパンチングでクリアしたプレーです。まず状況を瞬時に把握する能力。そして判断し、プレーを実行すると決めたら100%の力で迷いなくプレーをする意志。GKに必要な判断力、決断力、実行力、強い気持ちなど、すべてが出たプレーだったと思います。
――今大会はノイアーを筆頭にコスタリカのナバス、アメリカのハワード、メキシコのオチョアなど良いGKがたくさんいたので、点は入らなくても内容の濃い試合が多かったです。
川原:メキシコがブラジルと引き分けたのは、オチョアのシュートストップがあったからだと思います。彼は世界のトップレベルのGKと比較すると、身体能力的にも体格的にも、恵まれているGKではありません。そこでどうやってゴールを守るかというと、なるべくゴールに近い位置に立って、シュートに対して反応する時間を稼いでから対応するんですね。ブラジル戦でも、至近距離のシュートを何本も止めていましたよね。身体能力やサイズがあると、ノイアーのように前に出てシュートをブロックするプレーもできますが、身体能力が劣るGKがゴールを守るには、プレーの予測に基づいて、正しいポジションをとってゴールを守ることが重要です。プレーによってはゴールライン上にポジションをとることもあるので、なんでもかんでも前に出てシュートを防ぐのが良いのではなく、GKの特徴によってプレースタイルは変わります。
――オランダのシレッセンについてはどのような印象を持っていますか?
川原:彼は非常に冷静なGKですよね。ビッグプレーを連発するタイプではないですが、足元のつなぎもできますし、ビルドアップにも参加できます。あまり目立たないですけど、良いGKですね。印象的だったのが、PK戦の場面。交代で出てきたクレルはシレッセンとは正反対のタイプですよね。PKを止めた後に激しく感情を出して、ジェスチャーをします。コーチ陣はPKに対する実績や性格も考えて、PK戦になったときにクレルを投入したんだと思います。
――W杯のような大舞台になると、GKが指示を出しても、味方には届きません。そのときは、どうやって味方とコミュニケーションをとっているのでしょうか?
川原:『身体から出る声』というのがあるんです。ドイツでもよく言うのですが、ジェスチャーやボディランゲージで伝わるものなんですね。GKはワンプレーごとに味方に何かを言っていますよね。シュートを打たれた場面であれば「もっと寄せろ!」など。今大会で上位に進出した国には、リーダーシップをとれて、技術的にも精神的にもレベルの高いGKがいましたよね。歴代のW杯優勝国には、その時代の良いGKがいるんです。2014年はノイアー、2010年はカシージャス、2006年はブッフォン、2002年はカーン(準優勝)、1998年はバルテズ...といったように。今回も、GKがチームに与える影響を再確認できたW杯だったと思います。
川原元樹(かわはら・もとき)
大学卒業後ドイツに渡り、ケルン体育大学に通いながら、GKとして6部リーグでプレー。指導者転向後は、GKコーチとして名高いトーマス・シュリーク氏のもと、アルミニア・ビーレフェルトで育成からトップまで指導を行う。ハノーファー96ではU17のGKコーチ、酒井宏樹の通訳としてトップチームに帯同。VFBシュツットガルト、バイヤー・レバークーゼン、TSGホッフェンハイム、シャルケなどの育成チームで研修を積んだ後、2013年より松本山雅FCアカデミーのGKコーチに就任。ケルン体育大学の卒論のテーマは「ブンデスリーガ・アカデミーのGK練習の考察」。
取材・文 鈴木智之 写真 鈴木智之